第5話 聖典の探索者


「なんで知ってるんだよ?」


 購買で昼飯を買って、中庭のベンチに腰掛ける。

 隣に座る木葉に、俺はそう問いかけた。


「そりゃあ、見れば分かりますよ」


「ん? どういう意味だ」


「いつも、彼女さんとべったりだったじゃないですか。

 それに、向こうは向こうで新しい彼氏さんとべったりですし」


「は? あいつ、この学校の生徒なのか?」


「え、知らないんですか?

 大学生探索者の中じゃ、期待の星なんて呼ばれてる人ですよ。

 雷堂シュレン。テレビとかにも出てるじゃないですか」


「全然知らん」


 そうか、そんなに有名な奴なのか。

 あの間男。

 そりゃ、あれだけ自信満々に俺の前に現れる訳だ。


「いいですよね。強くて、イケメンで、お金も持ってて」


「ムカつくけどな……」


「でも、別れたのは彼女さんの意思でしょう?

 相手の男を恨んだって、問題は解決しませんよ」


 酷く冷静な声でそう言う後輩。

 冷たく視えても、それは優しさなのだろうと何となく分かる。


「先輩も新しく彼女とか作ったらどうです?」


「そんな候補居る様に見えるか?」


「居ないんですか?」


「居ない。それに……」


 もう一度、俺が誰かと付き合ったとして。

 またあんな経験をするのは御免だ。

 最低限、自分が他者よりも優れていると自信を持って、次の彼女は相手をしてあげたい。


 他者より下であると、自分を卑下するような人間おれに誰かを付き合わせたくない。


「それに……?」


「今は、女に現を抜かしてる場合じゃないんだよ」


「そうですか。

 いえ、私は先輩の事を応援してますよ。

 頑張りたいだけ頑張って、もし耐えられなくなったら私が助けてあげましょう」


 そう言って、無い胸を張る木葉が面白くて俺は笑った。


「そうなったら、頼らせて貰うよ」


「はい!

 でも、先輩はきっと大丈夫ですよ」


「お前、案外良い奴なんだな」


 雅と一緒に居た頃は、木葉と話す回数は本当に少しだった。

 週に2,3回くらい?

 なんともない世間話をする程度。


 でも、こうやって改めて見ると思う。


 栗色の髪は、女の子らしく手入れされている。

 よく見れば指には薄いピンクのネイルが彩られている。

 会話していて嫌な気は全くしないし、性格はポジティブだ。

 顔も整っているし、胸は無いがボディラインは奇麗な物。

 大きな瞳は、真っ直ぐと俺を捕らえていて、ちゃんと見ているぞって感じが伝わる。


「木葉って、良い奴だよな」


「なんですかそれ、私はただ先輩が失恋して悲しんでるんじゃないかと、心配してるだけですよ」


「そういう所が、良い奴だと思うんだよ」


 俺がそう言うと、木葉は少し悩んで応える。


「……ありがとうございます、昇先輩」


 酷く自然な声色で彼女はそう言った。


 初めて、木葉に名前を呼ばれたという事に気が付いたのは、木葉が次の教室に向かった後だった。




 ◆




 聖典。

 それは、現在世間の興味を集める新進気鋭の探索者チームの名前だ。


 メンバーは4人。


 リーダーにして、探索者の中でも剣技に関して最強と呼ばれる男。

 『剣聖』エスラ・ディラン・ルーク。


 接近戦闘に関して、類稀なる才能を持つ巨漢。

 『魔纏士』雷道シュレン。


 あらゆる、呪い、毒、傷、全てを治癒する事ができる女性。

 『聖女』天童雅。


 そして、誰にも素顔を明かさず、誰にも名前を明かさない。

 黒装束を纏い、謎に包まれた性別すら不詳の『忍』。


 彼らはBランクダンジョンに挑んでいた。


「来てくれ、第一の聖剣:イグニ」


 銀色の鎧に身を包む、小柄な剣士が呟く。

 瞬間、彼の手に焔が灯る。


 焔が剣の形に収束し、辺りを照らす。

 広い鍾乳洞の様なその空間が露わになった。


 同時に、敵の巨体が露わになる。

 茶色の鱗を持つ蜥蜴の様なモンスター。

 しかし、普通のそれと大きく違うのは、それが翼を持って居る事だ。


 二対の翼。

 蜥蜴の頭と胴体、尾。

 それは正しく、龍と形容するべき存在。

 しかし、その手足は生物的ではない。

 指が根のように地面に突き刺さっている。

 まるで大地と融合しているような。


 樹龍ユグドラゴン。


 A-にランク付けされる強力な存在だ。


 しかし、その巨体に4人の探索者が怯む事は無い。


「炎拳雷脚」


 シュレンの手が赤く発熱し、足がスパークを帯びる。


「VvvvOOOOOOOOOOOO」


 同時に、唸る様に大木の龍は吠える。


 その鱗が伸縮し、木の枝にも見える何かが高速で伸びる。

 それは明確に探索者へ向かっていて、速度を考えれば、当たれば通常の人間なら弾ける程の威力がある。


 しかし、冷静に銀鎧の男は。

 エスラは、剣を薙ぐ。


 その瞬間、飛来した枝を爆炎が迎撃する。


 しかし、枝全てを撃ち払う事はできず、数本はまだ伸びて来る。

 けれど、そこは既に魔纏士の間合い。

 雷の宿った脚力で跳躍したシュレンが、炎の拳で枝を殴りつける。


「VvvvOOOOOOOOOOOO!」


 樹龍はそれを受け、怒りに任せて枝をその倍の数伸ばして来た。

 更に地面が盛り上がり、根が飛び出してくる。


「ライトヴェール」


 通りの良い女の声が響く。

 瞬間、エスラ、シュレン、そして声の主である天童雅の身体を球体の結界が包む。


「Vv」


 龍は今頃、気が付いた。



 ――1人、居ない。



 そう思った瞬間、目の前に黒い影が現れる。

 直ぐに枝を伸ばして迎撃するが、影が誰にも聞こえないような小さな声で呟く。


「分身の術」


 瞬間、影が数十に増殖した。


 それでも、龍のプライドは止まらない。

 羽虫風情、どれだけ足掻こうが王の前には無力であると。

 それを証明する為に、増えた全ての羽虫を潰す。


 けれど、それこそが忍の狙い。


「炎遁・幻花火まぼろしはなび


 分身の全てを枝が貫く。

 そして、貫かれた分身がオレンジに発光し、膨れ上がって爆裂する。


 それでも、弱っても、龍は龍。

 相性の悪い属性をモロに受けて、それでも吠え――


 ようと、足掻くその胴に一本の剣が突き刺さる。


 銀色の剣士が、いつの間にか樹龍の傍までやって来ていたのだ。


「さぁ爆ぜようか、イグニ」


 笑みを浮かべて、剣聖は呼ぶ。

 剣に宿る精霊の名を。


 瞬間、世界が光る。

 眩い程の爆発が、樹龍の体内を埋め尽くす。

 体内から、龍は燃やし尽くされた。


「助かったよ、天童さん」


 エスラが、気さくに声をかける。


「えぇ」


 しかし、天童雅は小さく頷くだけ。


「まだ慣れない?」


 彼女は、このチームに入ってまだ一月と経っていない。

 言わば、新人探索者である。

 そんな彼女が、高レベルのチームに属する理由は彼女が聖典と呼ばれる予言書に選ばれたからだ。


 エスラが心配そうに声をかけるが、雅は余り話す気は無さそうだ。


「確かに、君はこのチームに殆ど強制的に加入させられた。

 しかし、それは僕達の全員がそうだよ。

 どうか、納得してくれないか?」


「分かってるわ」


「それならいいんだけどね。

 何か困った事があるなら、いつでも言って欲しい。

 僕等は同じチームなんだから」


 その話に割って入る声がある。


「ま、俺は強制じゃねぇけどな。

 金も名声も人気も女も手に入る。

 こんな仕事なのに、なんでそんな浮かねぇ顔してんのか意味が分からねぇ」


「シュレン……」


 咎めるようにエスラが睨む、シュレンはそれを無視して話続ける。

 シュレンは、雅が何を悩んでいるのか知っているからだ。


「いいじゃねぇかよ。

 どうせ、こっちの世界にあんな一般人の居場所はねぇぜ。

 自分の女より弱ぇ男なんて、俺だったら自殺モンだ。

 だから俺が態々手伝ってやったんだろ?

 さっさと諦めさせた方が、あいつの為だって……」


 そこで言葉は止まる。

 殺気の籠った声が響くからだ。



「――黙れ」



 雅はシュレンを殺意の籠る様な瞳に睨む。


「なんだよ、俺とやるのか?

 回復職の分際で……」


 睨み合う男女の間に、剣が振り下ろされる。

 その一刀は風圧を巻き起こし、強制的に視線を剣士に向けた。


「2人とも、それまでだ。

 僕達は聖典によって選ばれた仲間だ。

 これ以上の不和は、僕が強制的に止めるよ」


「エスラ、言っとくが俺はお前も越えるつもりだぜ」


「それはいい。

 だが、今は僕の方が強い。

 それが事実だ」


 凛とした眼差して、エスラがシュレンを睨む。

 その凄みを前に、シュレンは舌打ちを残して引いた。


しのび、天童さんを少し離しておいてくれ」


 エスラの命令に、忍と呼ばれた黒装束は答えない。

 彼か彼女か、仲間ですら正体不明のそれが言葉を発する事は無い。

 常に、それは行動で解答するのだから。


 忍は一瞬で雅の傍へ近寄り、雅の手を引いて行った。


 そして、少し離れた場所で雅にだけ聴こえる声で、黒装束は呟いた。


『貴方が要らないなら、先輩は私が貰ってもいいですよね』


 その声を聴いて、雅は息を呑む。聞き馴染みのある声だったからだ。


「貴方……もしかして木葉ちゃんなの……?」


 雅の声に、忍は何も答えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る