第6話 名付け


 スルトにしか名前を付けていない事を思い出し、俺は他のメンバーにも名前を与える事にした。

 名前を付けたスルトだけが、喋っているのが気になったからだ。



 ゴブリンの『リン』。

 グールの『ルウ』。

 ビッグアイの『アイ』。

 ヴァンパイアバットの『ヴァン』。



 我ながらそのまんまだな。


 すると、彼等は一斉に俺に首を垂れる。

 スルトと同じだ。


「ご主人様、名前を頂きありがとうございます!

 あたし、とっても嬉しいです!」


 と、リン。やはり名前があると、声というか意志を獲得するらしい。

 それと、リンは声からして雌みたいだ。

 知らんかった。


「ルウ、良い名前であります。

 これからも力になりたく存じます」


 と、ルウ。

 何というか、軍人みたいな印象を受ける。

 ちょっと顔上げてくれない?

 脳髄が視えちゃってるからさ。


「私、主様の事、好き……

 フフフ……」


 アイがそう言った。

 なんか恐い。

 後お前どうやって喋ってんの?

 目玉と翼しか、部位無いのに。


「一層の忠誠を」


 ヴァンは何か騎士っぽい感じだ。

 人間だったら寡黙なイケメンなんだろうな。

 というのが、言葉遣いから伝わって来る。


「よろしく皆。

 拙い召喚士だけど、精一杯頑張る」


 家からね。


「「「「「御意」」」」」


 そう、彼等の声が揃う。


「あんまデカい声出すなって。

 お母さんビックリしちゃうでしょ」


 そう冗談めかして言う。

 母さんは俺のクラスの事を言ってるから問題ない。


「主よ、直ぐに自害を……」


「も、申し訳ありませんご主人様」


「主の母君を驚かせるとは、この私、一生の恥」


「ご、ごめんなさい。嫌いにならないで……」


「どうか、某に挽回のチャンスを……」


 なんて、全力で謝って来る。

 それが演技には思えない。

 本当に、人間の様な感情があるのだ。


「大丈夫、後で俺から謝っとくから。

 これからの働きに期待してるし」


 そう言ってリンを見る。


「それじゃあリン、進化をしようか」


「いいんですか?」


「勿論だ、強いに越した事ないだろ?」


「ありがとうございます!」


 進化条件が満たされていたので、種族進化を実行する。



 ――ゴブリン・シーフ。



 という種族名になった。

 知覚強化というスキルを覚えたらしい。

 悪鬼洞窟のゴブリンに紛れて不意打ちをしていたからだろうか。


 これで、俺の召喚獣は全てEランクとなった。

 それと【種族進化】のスキルにはもう一つ効果がある。

 その魔物の進化条件を見る事ができるという物だ。



 FランクがEランクに上がる条件。

 それは、魔物を30匹倒す事。

 これは、全ての魔物がそうらしい。


 だがEからDになるのに必要な条件は魔物毎に違う。



『スルト:Dランク魔物を3体討伐する』

『リン:不意打ちを100回成功させる』

『ルウ:死亡30回に相当するダメージを受ける』

『アイ:300種類の魔物を目撃する』

『ヴァン:30Lの血液を吸う』



 面倒なクエストだ。

 しかし、これは絶対に必要な事だろう。

 最低ランクであるFの魔石でも、数万円するのだ。

 Eランクは8万以上は確実。

 Dランクなんて20万近くするのだ。

 買うより、彼等を強くして取って来て貰った方が早い。


 それに、今の俺の魔石召喚のレベルでは、Eランクの魔物までしか召喚する事ができない。

 Dランク以上の召喚獣を手に入れるには、進化させるしかない訳だ。


「まずは金策だな」


 俺たちには致命的に足りない物がある。


 武装だ。

 今の召喚獣たちは裸一貫。

 それでも勝てているのは数の力と、相手がゴブリンってだけ。

 それに、そのゴブリン相手でも数時間も戦闘していれば普通に負ける。


 死ぬ前に送還しているが、前衛のリンやルウは何度かやられている。

 ずっと憑依で見てる訳じゃないからな。

 一匹死んだ感覚と同時に他の4匹を戻す感じ。


 とは言え、装備は高いのだ。

 魔石の値段から分かる通り探索者は羽振りがいい。

 それでも中堅程度までは、装備の購入やメンテにその殆どが使われる。

 だから、案外貧乏な探索者も多いらしい。


 ただ、召喚獣は全てEランクとなった。

 もう、Fランクのダンジョンに拘る必要は無いだろう。


「今日は、悪鬼洞窟のボスに挑んでみるか」


 ダンジョンにはボスや主、親玉なんて呼ばれる存在が居る。

 それを倒す事で、ダンジョンを破壊する事もできる様になるのだ。

 まぁ、悪鬼洞窟の様な公共ダンジョンを無断に破壊すると逮捕されるけど。


 でも、破壊せずにボスを倒すだけなら問題は無い。

 悪鬼洞窟のボスのランクはD。

 この5匹が、どこまで通用するか憑依で見てみるとしよう。



 ◆




 主は我等に期待して下さっている。

 それを我等は強く感じていた。


「はははははは!」


 猟奇的な笑い声を上げ、同族を殺すリンを眺めながら、我はそう考えている。


 理由は単純だ。


「これが、これが意識という物であるか……」


 いつも、受けるか突っ込むの二択しか無かったルウ。

 我の指示が無ければ、鈍間な行動しかできなかったルウが。

 今や、自分の意志でその剛腕剛脚を振るっている。

 殴り合いが、格闘に変わったと、本人が一番実感しているであろう。


「フフフフフフ、あぁ、楽しいわぁ」


 アイの光線がゴブリンを貫く。

 だが、凄まじいのは威力では無い。

 連射性能だ。


 知能が芽生えた事で、アイの『狙う』という動作の正確性と速度が上がっている。

 故に、今までの比では無い数のビームを正確に叩き込んでいる。

 視えた瞬間、頭を貫かれる。

 そんなゴブリンのどれだけ哀れな事か。


「ガブリ」


 ヴァンも、新しい戦法を覚えた。

 我では思いつかなかった発想。

 ダンジョン内の天井に張り付き、生物の完全な弱点である頭の上から攻撃している。

 そして、一度噛みつかれてしまえばそれを取り払う間も無く、ゴブリンは貧血で気絶していく。


 我が、彼等全員の動きの全てを指示せずとも、彼等自身が考えて行動している。


 何よりも……


「ナイスだよ、スルト!」


「やはり、完璧な指揮である」


「他の魔物は近づいて来てないよ。

 フフフ」


「流石はリーダーだな。

 しかし、その地位を某も狙っている事忘れるなよ」


 返答がある事が喜ばしいのだ。

 ただ、彼等に指示するだけでは無い。

 彼等からの返事、それは同時に報告だ。

 報告があるのと無いのでは、戦略の幅は大きく変わる。


 そして、言葉とは精神に影響を与える。

 言葉は場の空気を作り、やる気、覇気、負けん気、そんな心を増幅させる。


 勿論、それは悪い精神にも落とす事がある諸刃の剣だ。

 しかし、同じ主を仰ぎ、目的を完全に共有している我等。

 それが、ダンジョンという場所で仲違いする事は無いように思う。


 故に、変わった力はリンの進化だけでも、今の我等は昨日の我等の戦力とは大きく異なっている。


「皆、今日は主より特別な命が下った。

 遂にゴブリンの王を討ち取る時。

 皆で主に勝利を献上する事にしよう」


「いよいよだね」


「当然であるな」


「勝てるかな。フフ」


「必ず勝つのさ。

 それが、主の願いなのだからな」


 そう言って、我等はゴブリンの巣窟の最奥。

 数日前から見つけていたが、主より入る事を禁じられていた特別な部屋に足を踏み入れる。


 奥に視える一際大きなゴブリン。

 それが、我等の今日の獲物だ。


「行くぞ、皆の者」


 そう言って、我等は部屋へ足を踏み入れた。

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