第27話 スパイ
木葉に呼び出される理由。
心当たりは、まぁあるよな。
どうせ学校も無い。
スルト達を向かわせるダンジョンもまだ決まってない。
断る理由も無く、俺は木葉からのメッセージに了承を返す。
そして、やって来たのは高層ビルだった。
「すげぇ場違いだな……」
一部屋数十万くらいしそうなマンション。
しかも、10階の部屋が端から端まで木葉の苗字に。
柊の表札になってる。
流石に最高位探索者って訳だ。
111号室のチャイムを鳴らす。
それとメッセージアプリにも「着いた」と送る。
そうすると、マンションの玄関が開いた。
俺は、指定された部屋へ向かう。
部屋のチャイムを鳴らすと、やっと木葉の声が聞けた。
「おはようございます。先輩」
そう言いながら、扉が開かれる。
少しだけ、元気の無さそうな表情で木葉は立っていた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
言われるがまま、俺は中へ踏み入れる。
なんというか、生活感の無い部屋だ。
物は最小限で、きちんと整理整頓されている。
あるのは最低限の家具のみ。
机と、ソファと、テレビ。
まぁ、十部屋もあれば一つくらいこういう部屋もあるのか。
「まず、先輩に質問があります」
神妙な表情で、どこか俺を睨む様に。
俺に見せた事のない表情で、木葉は言う。
「貴方は……」
前から聞こえたその声が、一瞬で後ろからに変わる。
耳元で、囁くように。
「あの錬金術師と関わりがありますか?」
カチリと鉄の鳴る音が首元から聞こえる。
ナイフ、いやクナイだろうか。
それが、俺の後ろに一瞬で回り込んだ木葉の手に握られている。
「どうして、貴方があの場に居たんですか?」
「じゃあ、やっぱりお前はあの黒装束なのか」
「そうです。
でも、今は私の質問に答えて下さい」
震える声で、木葉は問う。
「関わりは無い。
あの迷宮で始めて見た。
あの迷宮に行ったのはニュースの中継でお前達が中へ入っていくのを見たからだ」
「つまり、天童先輩の為と?」
「あぁ、関わりのある奴が死ぬかもって状況を、黙って視てられなかった」
俺がそう言うと、木葉は溜息を一つ吐く。
しょうがないな、という風に。
「先輩は色々とマズい立場に居ます」
「どういう意味だ?」
「聖典の……私達の上役は、私達に英雄としての機能を期待しています。
その中で、私達は最強でなければならない。
でも、先輩の戦力は私達を追い詰める程と認識されています。
それに事件との関連性も疑われている。
それは命を狙われている、と同義です」
確かに。
あの事件の後、こいつ等の人気はうなぎ登りだ。
毎日、画面の中で一度は見る。
それは、彼等は人気と知名度で言えば、現状最高の探索者であると言う事だ。
このまま、実力でも最強になれば。
聖典というチームは、英雄と呼ばれるようになるのだろう。
「だから、俺は今殺されかけてんのか?」
「やけに落ち着いてますね」
「そりゃそうだろ。
だって、この部屋にはお前しかいない」
「私だけでは力不足だとでも?」
「お前以外の奴は、俺がスルト達の使役者だって知ってるのか?」
「…………いえ」
溜めに溜めて、木葉はそう言った。
木葉は俺の事を誰にも話してない。
それは、木葉がまだ俺を守ろうとしてくれている事の何よりの証拠だ。
刃物が、彼女の手から落下する。
「先輩、お願いがあります」
それが、木葉が俺に言いたかった事なのだろう。
「探索者を引退して下さい。
今ならまだ、風化させられる」
背中に、木葉の掌がペタリと触れる。
「私は先輩が死んだら、悲しいです……」
「お前は、いつも俺を否定するな」
「……嫌いになりましたか?」
雅は俺に期待してくれる。
木葉は俺を否定する。
だから木葉は俺の事を嫌い……なんて考える程ガキじゃない。
「いいや、お前は本当に俺を大切に思ってくれてんだなって思うよ」
危ない事をして欲しくない。
そういう気持ちは俺にも分かる。
俺が暗月の塔に向かったのも、そんな気持ちの一種だと思うから。
「……」
「でも、悪いな。
それはできない」
探索者をやる理由は、毎日増え続けている。
今辞めたら絶対に後悔する。
「先輩、私は逆らえないんです。
歯向かえないんです。
立ち向かう事なんてできないんです」
何に、という疑問は無かった。
木葉に命令できる存在を、俺は彼女の口からさっき聞いた。
上役と呼ばれる者が、関係するのだろう。
「このままだと私は……先輩を殺さなくちゃいけなくなるんです……」
ぽつりぽつりと、話され始める。
自分自身の……柊木葉という人間の、その生い立ちを。
「探索者育成機関・
ご存じですか?」
「あぁ、世界中にある探索者用の塾みたいなとこだろ?」
「はい。
62カ国に存在するSIDE=0。
しかし、そこには最高機密とされる裏のプロジェクトが存在します」
なんで、そんな事を今話始めるのだろうか。
そもそも……
「なんで、そんな事を木葉が知ってるんだ?」
「私が、そのカリキュラムの参加者だったからですよ。
暗部育成機関・
私は、そこの出身です」
ゼロはマルを表し。
エックスはバツを表すってか。
気持ちの悪いネーミングセンスだな。
「探索者の
そんな子供が集められ、英才教育を施される。
完成した私は、上司の命令にただ「はい」と口にする陰気で無口で機械の様な人間でした」
「だから?
俺を殺すって?」
俺は思う。
思い出す。
柊木葉という人間を。
俺の隣で笑顔浮かべていた居たこいつを。
俺と一緒に昼食を取っていた木葉を。
だから、自信を持って言ってやる。
「――やれるもんならやってみろ」
そう言った瞬間、俺の腕が締め上げられ、関節をキメられ地面に叩きつけられる。
「いっつッ……」
でも、俺はまだ生きている。
「お前は、大蟲森林で俺を助けてくれたじゃないか。
そういう気持ちが、自分の意志で動ける身体が、まだ全然残ってるって事……」
「私は!」
俺の言葉を遮る様に、彼女は吠える。
「私は、普通に生きたかった!
普通に学校に通って、普通に勉強をして、普通に友達と楽しく遊んで!
普通に、好きな人と家庭を持ちたかったんです……」
床に押さえつけられる俺の、視線の先に水滴が落ちる。
「そういう契約でした。
聖典として従事する限りは、仕事以外の時間を自由に使えるって。
やっと、幸せになれそうだったのに。
やっと、好きな人ができたのに。
先輩の傍に居れば、仕事の事なんて考えなくて済んだのに。
どうして、貴方がこっちに来るんですか……?」
「俺は、俺が何をしたいかで選んだだけだ。
それはお前だって同じだろ。
お前が生まれたその瞬間から、お前の人生はお前のしたい事の為にあるに決まってる。
上司とか上役とかSIDE=Ⅹとか、そんな事はどうでもいい」
俺を揶揄って手玉に取って来るお前が。
したり顔で笑ってるお前が、俺は好きだ。
だから……俺は問う。
「お前は! 柊木葉はどうしたいんだよ!?」
「――ッ!」
腕の拘束が外れる。
振り返って、木葉の顔を見る。
すると、いつもの余裕そうな笑みは欠片も無く。
木葉は、子供みたいに大泣きしていた。
「――私は、自由になりたい」
細い声で、彼女は言った。
だったら、やる事は決まってる。
「じゃあ潰せばいいんだろうが。
俺とお前で破綻させてやろう。
なぁ
俺の知り得た情報。
そして、木葉から得られる聖典の内部情報。
それがあれば、俺というイレギュラーがあれば、木葉の状況は良くなるかもしれない。
それに、俺の知らないところで木葉や雅が危険な目に遭うのは、もう懲り懲りだ。
「本気ですか先輩?
相手は政府も宗教団体も闇組織も絡んでる、世界最強の組織ですよ?」
「ダリウスが言ってたんだよ。
自分が最強の召喚獣になれば、そういう都合は関係ないんだって。
俺も、それはそう思う。
俺が最強の探索者になればいい。
だから、俺を支えて欲しい」
「
「え、何が?」
「……ばか」
そう言って、木葉は俺の背中を軽く殴った。
「分かりました」
「おう」
「私に、先輩だけの
涙を拭いながら、木葉は笑った。
「まぁ、そういう事になるな」
「知りませんよ?
私に騙されても」
「お前に騙されるなら諦めもつくさ」
俺を今も助けてくれてるお前を、俺は信じる。
そんな木葉が、俺を裏切るのなら、そうするだけの理由があったって事だ。
それなら、仕方ないと受け入れられる気がする。
「けどもし殺る時は、あんまり痛くない方法で頼むわ」
「男らしくないですよ」
「自覚してるから変えてる最中だって」
それが理由で、探索者になったんだから。
俺の言葉を聞くと、木葉は俺の手を引いてソファに誘導した。
抵抗する事も無く、俺は座る。
「それじゃあ教えてください、先輩の知ってる事。
私も、私の知ってる事を教えますから」
「あぁ、情報交換と行こうか」
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