第28話 宅飲み


「せんぱーい!

 だからぁ~、本当に最悪だったんですぅ!」


 木葉が頬を赤らめているのは、照れてるとかじゃない。

 こいつは照れなんて無縁な性格だし。

 赤みは単純に、彼女の手に握られている酒が答えだ。


 木葉と情報交換を終えた。

 すると彼女は酒を注文し始めた。

 部屋に来たのは、デリバリーサービスとかじゃない黒服。

 それが大量の酒を抱えて現れた。

 聖典のパトロンである組織の下っ端職員らしい。


 このマンション自体が、その管理下にあるんだと。

 だから、変に怪しまれない様に『飲み会』という体にした方がいいというのが木葉の出した案だった。


「てか、盗聴とかされてないんだよな?」


 マンション自体が、その組織の所持物なら可能性のある話だ。


忍者わたしにそういうのは無意味ですよ。

 少なくとも、現代科学で私に探知されない方法で盗聴盗撮する方法は存在しません。

 特別なクラスの能力なら可能性はありますが、それほどの重要職クラスを私一人の為に使ったりはしませんよ」


「そういうもんか」


「そうです!

 っていうか飲んでますか先輩?

 怪しまれない為にも、もっと飲んでください!」


 そう言って、俺に缶を押し付けて来る木葉。

 こいつ、酔うとウザいタイプだ。


「っていうか、私の話聞いて下さい!」


「聞いてるって、何が最悪だったんだよ」


「暗部として育てられたって話はしたじゃないですかぁ?」


「あぁ、聞いた」


「人殺しとか平気でする組織だったから、私全然仕事できなくて毎日怒られてたんですよ。

 でも、聖典のメンバーに選ばれたから。

 魔物しか相手にしなくて良いって言われたし。

 自由もあって、喜んでたんです!」


「おぉ」


「でも!

 聖典は聖典で酷いんです!

 なんか自己中気質の人ばっかり集まって来て、協調性ないっていうかぁ」


 一言も喋らない系探索者の言う台詞じゃねぇけどな。


「だからテンションも上がんないし。

 結果もそんなに出てませんでしたし。

 この前の事件だって、結局私達が戦ったのは先輩の召喚獣だけでしたから」


「確かに、そういや人面の魔物はどうなったんだ?」


「あぁ、あれはダンジョンの崩壊と一緒に錬金術師の男が連れて行きました。

 消息不明です」


「そうなのか」


 木葉には既に夜宮さんの事は話してある。

 夜宮さんが、事件の発端ではない事。

 錬金術師に薬物を飲まされて魔物化した事もだ。


 逆に、木葉の事……聖典という組織の事も聞いた。


 その大本にあるのは宗教団体らしい。

 それに特定の名称は無く。

 様々な名前で世界中に存在していると。


 そして、その団体が保有する魔道具。

 その名称が『聖典』だ。


 聖典の効果は限定的な未来予知。

 使用者が最も特をする方法を教えてくれるらしい。

 ただ、その聖典を誰が開いても同じ文章が現れるようになったのだ。


 原因は、少し考えれば誰でも分かる単純な物だった。



 ――人類全体に危機が迫っている。



 それが、その宗教団体が出した結論だった。


 そして、未来予知の聖典の信者は世界中に居る。

 それは各国政界やマフィア、ヤクザの様な組織にもだ。

 まぁ、それも聖典の力で獲得した地位っぽいけど。


 チーム『聖典』のパトロンの強大さ。

 動いている金の量。人間の数。

 そりゃ、一夜にしてアイドルにもなる訳だ。


 要は火種さえあれば良くて、仰ぐ力は殆ど世界一だろうしな。


「じゃあ、あの錬金術師が世界の危機なのかもな」


「可能性はありますね。

 実際、ダンジョンを消失させて内部の魔物を一気に放出するという方法は、現状あの一度切りしか確認されていませんから」


 酔ってる会話と酔ってない会話の差激しくない?

 本当は酔って無いなこいつ。


「なんですか、その訝し気な目は」


「もしかして、顔赤くするスキルとか持ってる?」


「……いえ?」


 目が泳いでらっしゃる。

 本当に忍者ですかこの人。


「っていうか、先輩はどうする気なんですか?」


「ん、何が?」


「聖典のパトロン組織を潰すって……」


「潰すっつうか、お前等が自由になれる程度にボコる……?」


「いや、だからその方法は……」


「いや、簡単だろ」


「え?」


「だから、その聖典が間違ってるって証明するだけだ」


 未来予知の魔道具。

 そりゃ信者も増えるわ。

 けど、その効能が100%機能しているから信者が増えてるだけ。


「聖典ってのチームは、その世界の危機を破る為に魔道具に集められた勇者って訳だろ?」


「はい」


「だったら、それ以外の誰か。

 例えば俺なんかが、その世界の危機をどうにかしたらどうなる?」


「それは……聖典の魔道具としての性能に疑いがもたれるかと……」


「そういう事だ。

 そうすりゃ、幾つもの組織が合併してるパトロン様方は内部崩壊するんじゃないのか?」


 それが、俺の考えていた事。

 つまり、全ての中心はその魔道具だ。

 破壊するってのが手っ取り早いが、何処にあるかも不明なそれを壊すのは荷が重い。


 だが、予言内容は木葉にも伝わる筈。

 それを俺に流して貰って、予言内容を破綻させる。


「でも、それって先輩が私達より強いのが最低条件ですよ?」


「分かってるよ」


 だから、悪いがスルト達には無理をして貰う。


「あ、そうだ」


「はい?」


「Aランク以上のダンジョンで、過疎ってる場所を知らないか?」


「それは沢山ありますよ。

 Aランク以上に毎日入れるような高位の探索者は、日本には数十人しかいませんし」


「スルト達を鍛えるのに、良い場所は無いか探してるんだよ」


「だったら、凄く良い場所がありますよ」


「本当か?」


「はい。相手があの錬金術師なら、また人面魔獣や今度は知能のある合成獣キメラを使ってくる可能性があります。

 先輩の召喚獣は、魔物相手以上に人間相手の戦術を覚えるべきだと予想します」


「なるほど」


「なので、私達聖典が向かうダンジョンをお教えしましょう」


 大学で見せる様な悪い笑みを浮かべた木葉。

 絶対に、碌でもない事を考えている。


「そうすれば、先輩が私達より強いかどうか直ぐに分かる」


「……まぁ、確かにな」


「それに、ちょっと私も怒ってますし」


「え……?」


「どうして、先輩は人の気持ちも考えないで直ぐ身体が動いちゃうんですか?

 なんで、そんなに心配させるんですか。

 暗月の塔で先輩も近くに居たんですよね」


 そう言えば、木葉には独立行動の事は言ってなかったな。

 だから、俺も暗月の塔に居たと思ってるのか。


「そりゃ心配かけて悪かったな。

 でもあの時、俺は塔には居なかったんだ」


「え、どういうことですか?」


「俺は、ダンジョンの外からでも魔物を操れるんだよ」


「は? いえ、それは無理ですよ。

 ダンジョンの次元断層は、1000km程の距離に換算されます。

 召喚系の使役範囲は基本的に300m前後。

 それを越えても魔物を操るなんて……」


 そうだよな。

 ネットにもそう書いてた。

 でも、俺の独立行動はそれを超過する使役距離を持っているらしいのだ。


「でも、本当だしな……」


 そう言うと、木葉の肩から力が抜ける。

 空気が抜けるみたいな声が出た。


「はぁ~~~~

 私が、あの時どれだけ焦ったか分かってるんですか?」


「行動不能だったもんな」


「そうですよ!」


 そう言って、木葉は俺の肩を揺さぶる。


「エスラからは怒られるし。

 雷道から文句言われるし。

 天童先輩からは心配されるし。

 気兼ねなく破壊していいなら、先輩の召喚獣をサンドバック替わりにしてもいいですよね。

 私達だって、知性のある存在相手の戦術も欲しいですし」


「オーケー、決まりだな」


 あいつ等の練習相手。

 それに聖典以上の適任は居ない。


 スルト達には悪いが、ライオンの子供の30倍程度の試練は覚悟して貰おう。


「Aランクダンジョン【不死街】で待ってますよ」


「あぁ、予約しとくよ」


 話は纏まった。


 これでやっと、俺がするべき事が定まった。


 そんな感じだ。


「ほら、先輩も飲んでください!」


「分かった分かった。

 話すべき事も終わったしな」


 だからやっとだ。

 俺は笑みを浮かべて言う。


「覚悟しろよ木葉」


「なんか、不安になる表情なんですけど」


「俺、酒大好きだから。

 後、人生で一回も酔った事ねぇから」


「あの……」


「何?」


「お手柔らかにお願い……」


 俺は、にこやかに微笑む。


「無理」


 酒飲むの久々だ。

 探索者の仕事で時間が無かったからな。

 昨日は顔合わせを兼ねてだったから、酒は有ったけど流石に潰れる訳には行かなかったし。


 だが、飲めと言うなら、久しぶりに満足いくまで飲ませて貰おう。


「勿論、付き合ってくれるんだよな?

 木葉から言い出した事だもんな?」


「ご、ごめんなさ……」


 怯えた目で、俺を見る木葉。


「俺の注いだ酒が飲めないなんて、言わねぇよな?」


「うわぁぁあああああああああ!

 このアルハラ男ぉぉおおおお!」


 木葉は泣いた。


 酒、ウマ。


 昼から飲み始めたのに、気が付いた時には夜の10時を回っていた。

 木葉は既に潰れて、寝ていた。

 横にして、毛布を被せる。


 流石にこれで怪しまれる事は無いだろう。

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