第55話 吸血鬼
某はただ、眺めていただけだった。
龍翼を背負う女が、窓の外で白銀の聖騎士と戦い。
某には、龍の娘を守る任があり加勢はできず。
しかし、聖騎士の強さは圧倒的で。
女は捕らえられていた。
某はただ、それを階下の窓から眺めていた。
騎士が女を抱え、硝子の塔に帰還する。
そこが主君の居る部屋である事は、察しがついた。
主君の傍には、聖騎士と賢者が居て。
某に出番は無いと、気を抜いていた。
もしくは……
子守は全うしていると己の達成目標を下げていたのかもしれない。
たどたどしい音が聞こえた。
荒ぶる魔力を感じた。
何かあった事は、感じ取れた。
だがしかし。
「――どこ行くの、きしさま?」
某は一瞬躊躇った。
「少し待っていろ。
某は、直ぐに戻る」
そう言葉を置いて来るのに、掛かった時間は数秒。
置いては行けぬと、同情の様な何かに後ろ髪を引かれた。
けれど、その一瞬が送れを招く。
某が窓を開け、翼を広げ。
主君の居た部屋に向かった時には既に。
その場には悔やむ表情の騎士と女のみ。
某は所詮Dランク。
スルトやリンやルウとは違う。
未だ、到れぬ未熟者。
スルトなら魔力感知と制御、死体という手数によって、階下から援護できたのかもしれない。
リンなら、その高火力でもっと早く迎撃を始められたかもしれない。
ルウなら、進化して新たに獲得した強靭な肉体と、盾の転移でもっと早く助けにいけたのかもしれない。
アイなら、光線や捕縛の術を遠距離に放てた筈だ。某の様な移動時の変身の手間も無い。
「貴様が原因ではない」
「あんたに任せっきりにして悪かったわよ」
「取り戻せばいいだけの話である」
「私、おどおどしてるから……直ぐ動けただけで凄いよ……フフ」
主君の命により、召喚陣を描き他の4人を召喚した。
召喚された4人は既に主の記憶から状況を察していて。
まるで、某の心情を覗く様な言葉を掛けた。
主君:ヴァン、その子を守ってくれてありがとな。
主君から、そんな念話が届いた。
それが悔やみきれず。
それが耐えきれず。
某:次こそは必ず、全てを守ります。
主君:あぁ、お前ならできるよ。
主君:俺はお前に期待してる。
某:勿体なきお言葉。
それは祝福の様な言葉であり。
それは呪いの様な言葉だった。
だからこそ、我が意思は揺らぎを止めた。
「ヴァン、我は天童雅とヴァイスを交えて、敵を調べ策を講じる。
貴様はどうする?」
まるで、某に言えという様に。
本当に、全てを見透かす様に我等の指揮官は言う。
ならば、お前の指揮に導かれた上で、お前の思い描くその光景を越えて見せよう。
「スルト……教えてくれ。
あの男は、何処にいる」
「その目、我と対峙し至ったリンと同じに見える。
鬼気迫ると言った所か」
◆
スルトから聞いたその男の居場所。
このビルの地下にある施設。
トレーニングルーム等、腐る程存在するこの
重厚な扉に刻まれた部屋の名は。
――瞑想室。
「エスラ・デュラン・ルーク」
扉を開ける。
そこは洞窟の様だった。
ゴツゴツとした土と石が混ざった地面。
壁は特殊な金属で覆われ、何が合っても破壊できないような細工がされている。
そんな部屋で、一畳の畳の上で足を組む男が居た。
その男を某は睨む。
座禅を組み、蝋燭を前に目を瞑り。
物理的な距離以上の間を感じさせる。
そんな、男の瞑想は、幻想の様に言い難し。
「君は確か……」
「ヴァン。
それが、某の名だ」
「昇君の召喚獣だったね。
悪いけど、今、僕は想起している。
思い出し、後悔し、塗り潰して。
それは、過去を捨て未来を向くために」
「邪魔をする気は無い。
だが、お前を見たい。
某が見た、あらゆる剣技の中で。
最も冴えていたのは、やはり貴様なのだ」
「僕の剣は、誰かに真似される程安くない」
「真似などしようとは思わぬ。
ただ、某は某を見つけるために。
ただ、某の一つの太刀を得るために」
「それが分かるなら、僕は君を剣士であると認めよう。
その上で、君は僕よりも弱い」
分かって居る。
散々と自覚した。
何度貴様に負けた事か。
我等が束になった所で、この男は余裕の表情を崩さない。
この男が、余裕を無くすのは。
いつも他者の為だった。
「それでも……」
頼み込むつもりで来た。
だが、某の言葉を遮り、剣聖は言う。
遥か天上の思考回路で。
「そして、僕から君に一言言いたい事がある。
君が自分を見つける為に、必要なのは僕を見る事なのかい?
それとも、僕に負ける事?
僕に師事する事?
剣とは、敵に勝つために存在する武器の名だ」
某はそれを扱う剣士の端くれで。
其方は、それを極めた剣士なら。
いつもの銀鎧ではなく。
袴の様なその姿で、剣聖は名すら紡がず剣を抜く。
その剣に熱は無く。
その剣には穏やかで。
ただ、純白の美しさだけを感じる白刀。
「――掛かって来なよ」
その言葉に某は歓喜する。
腰の鞘に手を当て、抜刀し。
笑みすら浮かべて刃をチラつかせ。
「承知!」
某は、最強へ斬りかかった。
結果は分かり切っていた。
最初からこうなる事は知っていた。
それでも、そうならない為に十全に、完全に、最高に剣を振るった。
あらゆる手を尽くし。
あらゆる感情を肥しに変えて。
「それでもまだ」
「それでもまだ」
「「――
余裕の態度が鼻につく。
事実が確定された事に腹が立つ。
最低限のスキルのみで。
技量の差の見せつける様に。
某は負け続けた。
「僕が言うのも難だけど、剣の道は短くない。
僕だって、スキルが無ければ多くの剣豪に負けるだろう。
それでも僕は最強と名乗り、呼ばせる。
自分に、それだけの責務があると自覚するために」
背負う覚悟の量の違い。
目的を持って生きて来た年数の差。
願いの
「僕は君を褒めたりしないよ。
どれだけ努力してるとか、どれだけ立ち上がるとか。
そんな物は、勝てなければ意味が無い。
君を僕が褒めるのは、僕に君が勝った後だ。
剣っていうのは、そういう物なんだから」
そう言って、切り傷の溢れる身体で倒れた某を見下した。
ハッ。
ハハッ。
確かに、主君に褒められるのはこの上無く喜ばしい。
だが、だからこそ……
某は主君に喜んでもらう為に戦うのだ。
「何を当然の事を言っている……」
某は、スルトもリンもルウもアイも。
そして、貴様も全て超える。
後悔も失敗も、一度で十分!
「もう、君は立てないよ。
今日は終わりだ。
幸い、時間はあるらしいからまた相手位してあげる」
スルトから受け取った瓶。
数は10個。
某のポーションや聖なる力の効果は反転する。
某は、レッサーヴァンパイア。
低位と侮られる吸血鬼。
故に。
「血が滴ると言うだろう?」
某は瓶の中身を。
魔物の血を呑みほして立ち上がる。
「いいや、意味が分からないね」
「そうか、では覚えて置け」
何度も折られた刃を向ける。
影で補強し、最低限の長さを保ち。
刃の折れた数だけ、心身強化を主君へ誓い。
「構えろ。剣聖」
「剣士の覚悟に恥はかかせられない、か。
……だったら心行くまでやって上げるよ」
種族進化。
某はそれを願っていた。
そもそも、それが間違いなのだ。
今の
それが不可能と割り切って戦う限り、我に進化の兆しなど無い。
いいや、資格が無いのだ。
「なれば、貴様を越えて証明するまで。
進化等せずとも、某の力は主君を支えられるのだと!」
「悪くない目だ」
《D~C種族進化》
己がそれに足りうる器持っていると、強固に確信する事で、その魂の形状に身体の形状が追い付いていく。
驕りの強く、楽観的な者程進化は早く。
悲観的で、自信の無い者程進化は遠い。
だが、乗り越えた試練の多さだけ、確かにその身には力が宿る。
己の努力に満足した者と、足りぬと足掻き続けた者の、到達点は同じではないのだから。
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