第56話 魔術家
監禁3日目。
俺は、割と悠々自適と言える生活を送っていた。
目玉焼き、ウィンナー、味噌汁、白飯、サラダ。
割と普通の朝食が目の前に並んでいる。
そりゃ、豪華とは言えないかもしれないけど、俺今捕まってるのに。
「お味はどうですか?」
ファイが小首をかしげて聞いて来る。
その後ろには、全く同じ見た目の奴らも居る。
そして、同じ様な仕草でこっちを見る。
なんか圧迫感あるな。
「美味いよ」
そう言うと、綻ぶ様な笑顔を向けて来る。
彼女たちが料理を始めたのは3日前。
というか、俺が教えた。
でも、俺が知ってる料理の内容なんて適当な物ばかりな訳で。
朝食はこの程度が限界だ。
夕食になると、もう少し手の込んだ物に挑戦し始める。
この三日。
俺の身には特に変化は無い。
ファイたちと多少仲良くなった程度だ。
こいつ等の質問は何故か恋愛系に偏っている。
俺の実体験はかなり人気だったな。
人がフラれた話の何がそんなに面白いのか。
ただ、俺以外は結構進んでるみたいだ。
既に、雅たちは俺の監禁場所を特定してるし作戦も大方決まってる。
今日中には来るだろうって感じ。
それと、ヴァンが進化した。
レッサーヴァンパイアから【吸血剣鬼】へ。
憑依で覗くと大体エスラとバトル中だった。
確かに剣術の理解を深めるのに、持って来いの相手だよな。
これで、俺の召喚獣は。
Bランク1人、Cランク5人、Dランク1人となった。
アイは結構マイペースだし、遅れてるとかは気にして無さそう。
夜宮さんが一番高いんだよな。
一番弱いけど。
「そういや、結局あの研究者は何だったんだ?」
という質問もファイに聞いてみた。
帰って来た答えは。
「私達の製造者であり、マスターです。
私達もマスターの詳しい情報は共有されていません。
ただ、尊敬するべき天才である事に間違いは無いかと」
それは、親子とでもいうのだろうか。
いや、そうだとしても毒の類だ。
自分の娘を鞭で打つ様な人間なのだから。
聖典のビルを襲った
トゥニと自分を呼ぶ彼女は、今は元気そうだ。
ファイたちに手当されて、もう傷も消えている。
再生能力はかなり高そう。
「尊敬ね。
お前等はあいつが好きなのか?」
「……?
子供が親の命令に従うのは当然の事では?」
当たり前の様にファイはそう言う。
その瞳に迷いはない。
だから、困る。
「俺の荷物にスマホ入ってるだろ」
「えぇ」
「そこに、俺の両親とのやり取りがあるから見て良いぞ」
「この『父』『母』『家族グループ』という欄ですか?」
「そう」
「分かりました。見て見ます」
フォイにパスワードを教えてメッセージアプリを開かせる。
そうすると、他の奴らも集まって来て一緒に視始めた。
「因みに、他の奴とのやり取りはプライベートだからな」
「畏まりました」
ジー、という効果音が流れそうな程。
彼女たちは画面を凝視する。
――スッ。と、涙が零れた。
「これが、親子の会話なのですか……?」
「こんな事、言われた事もありません」
「命令されていない事に驚きました」
「意見を尊重されています」
「意思を読み取ろうとする試みが伺えます」
「自意識の発達を援助している様な気がします」
「――私達とは全く違う関係性です」
「それが普通って訳じゃねぇけどよ。
けど、俺の家は基本そんな感じだ」
「ですが、これは所詮一例です」
ポロポロと自分が涙を流している事に、気が付いているのだろうか。
ギュッと、スマホを握り込んで画面を見ている事に気が付いているだろうか。
何かを願う様に、両手を合わせている事に気が付いているだろうか。
「私達には適応されない。
そもそも、私達は人ですら無いのですから」
「そうか。
ただ俺は、お前等がどっちがいいかで決めるべきだと思うけどな」
「私達の意思……?」
「理想を選んで、それに近づく努力をする。
それが、生きるって事だと俺は思ってる」
「…………」
俺の意見に対して、彼女たちから返答は無い。
しかし、迷いの色は見て取れる。
自分の行いが自分の目的に沿っているか。
俺だって、良く悩む事だ。
まだ、子供の様な知識しかない彼女たちが答えを出すには、少し難しいテーマなのかもしれない。
ただの大学生。
探索者を目指し始めたのも最近。
そんな俺に言わせれば、早くから考えて置いて損の無い話だとは、勝手ながら思っている。
「今すぐ答えを出す必要は無いさ」
それに、多分そんな時間ももう無い。
そろそろ、始まる時間かな。
そう思っていた時、部屋の奥の扉が開く。
入って来たのは白衣の男。
それを見て、ファイたちは即座に動き始める。
男に道を開ける。
男はズカズカと俺が入ったガラスの牢の前まで来た。
「そういや、名前聞いてなかったな。
おっさん」
まぁ、雅たちが調べたから知ってるけど。
確か、鈴木登也……とかって。
「
今日はお前と少し会話でもしてやろうと思ってな。
さぞ、暇だった事だろうし」
「そうでも無いけどね。
後ろの奴らが相手してくれたし」
「見え透いた嘘を言うな。
こいつ等には、お前に構うなと命令している。
食事も与えるなとな。
どうだ、命乞いでもしてみる気になったか?」
俺は、龍宮登也と名乗った男の後ろ。
ファイに視線を向ける。
因みに、彼女たちの服装は全て同じだが、着こなし方が微妙に違うので、よく見れば誰が誰かは何となく分かる。
ファイが、俺を見て人差し指を縦に唇へ当てていた。
「生憎、お前に頼みは今の所ねぇよ。
それより珍しい苗字だな、初めて聞いたよ。
どういう漢字?」
「日本に存在する魔術師の家系の名だからな。
他には居ないだろう」
「魔術師……?
クラスの話か?」
「あぁ、貴様等は何も知らないよな」
喜々として、男は知識を披露してくれる。
誰かに自慢したくて仕方ないって感じ。
「魔術師はダンジョンが発生する前から存在していた。
日本にある、魔術師家の一つが龍宮家だ。
というかそうだな、お前はどうせ死ぬのだから教えてやる」
「何を?」
「ダンジョンの発生。
クラスという人類の異能獲得。
全ては、魔術師の仕組んだシナリオでしかない」
「妄想も大概にしてくんないかな、サイコ学者」
「妄想か。
ダンジョンにクラス……
ここは、そんな幻想が実物化した世界だ。
なのに、何故お前は魔術師を信じない」
普通なら笑って流す話だ。
でも、こいつは普通じゃない。
そもそも、俺の状況が普通じゃない。
いや、ダンジョンが生まれた数十年前から。
この現実は普通じゃない。
「……」
「僕も初めて知った時は驚いたさ。
だが、龍宮家は僕を養子に向かえて下さり、魔術に対する科学的なアプローチを任せてくれた。
研究成果を出せず、落ちぶれていた僕を拾ってくれたんだ。
あの錬金術師に出し抜かれた僕に期待して下さったんだ」
知るかよ。
不幸なら何しても許される訳じゃねぇ。
そもそも、不幸自慢したいなら他人を不幸にしてんじゃねぇ。
「結局お前は何がしてぇんだよ」
「龍宮家の悲願は一つだけ。
それは龍王の招来だ。
その為の術式。
その為の生贄。99の竜人の女。
やっと、全てが揃った」
そう言って、龍宮登也は踵を返す。
「着いてこい、生贄共。
もう、聖典を奪えなくとも問題ない。
龍王さえ居れば、それだけで地球の支配者は我々だ」
生贄……
あぁ、最悪に嫌な響きだ。
竜人の女が99人。
そんなの、思い当たるのはこいつ等しかいない。
命令に従って、男の後ろをファイたちが追従していく。
「待てよ!」
「ハハハッ。
お前は、龍王の最初の餌にでもしてやろう」
そう言って、男は去っていく。
「あぁ、そうだ」
去る途中に、残虐な目つきで俺を見る。
そして、カツカツと俺の前に立ち。
ガラスの横にあるパネルを操作する。
「餌は生きている必要は無いよな」
「ガッ……!」
首が絞まった。
酸素が頭に回らない。
血流が、上手く機能しない。
「ではな。
残念だよ。
龍宮の悲願を見せられなくて」
手を伸ばす俺に笑みを返し、そいつは扉の向こうに消えて行った。
あぁ、やばい。
マジで死ぬ。
どうせなら命乞いでもしとけば良かったかね。
いや、あいつに頭下げるなんで死んでも御免だ。
けど、俺にできる事なんて……
意識が明滅する。
朦朧する意識。
チカチカと光る景色。
けれど俺の耳は、閉じた扉が開く音を捕らえたきがした。
『だから、後悔するって言ったじゃない』
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