第62話 記憶の書庫
天童雅は上手くやったのだろう。
あの時、彼女と我以外の全員が激高し反撃に沈んだ。
天童雅と我が動かなかった理由は単純だ。
――勝てないと知っていたから。
主の通う学び舎での作戦。
あの作戦は、我と天童雅とヴァイスで組んだ。
他の者は、主を含め勝つ方法を伝えられただけ。
だから、我と天童雅だけがヴァイスの本気を知っている。
それが復活したとすれば、現戦力ではどう足掻いても勝てはしない。
それが明瞭な事実だ。
それは、もしも、神谷昇がこの世界を破壊する方向や支配する方向にヴァイスの力を使ったとすれば、止める手立てが存在しないという事を示している。
「どの様な方法を使ったか知らぬが、上手くやった物だ」
あのような
呪怨黒化が発動する事も無いだろう。
そして、こちらも。
我が主の精神も安定している。
天童雅が、我に任せた仕事だ。
あの場で神谷昇を止められるのは、天童雅だけ。
逆に、主の精神を安定させる手段や方法は幾らでもある。
柊木葉でも、リンでも、エスラでも、雷道ですら、恐らく止められただろう。
所詮、主の暴走とは取り返しのつく物でしかないからだ。
故に、主は我の発破に容易く乗ってくれた。
……あのような戯言を信じてくれた。
あれは、明確な背反行為だ。
我は、主に故意に情報を秘匿し、騙し、誘導している。
それが、最も主にとって得だから。
そう、我が考えたから。
そこにヒントがあるのかもしれない。
と、最近考える様になった。
リンがそうしたように。
ヴァンがそうしたように。
主の願いの為に、主を裏切る。
これは、有り得ない事だ。
実際、ヴァイスにとっても予想外だったのだろう。
ヴァンがシャルロットを助けた時の驚き様は、主が救助された時以上の物だった。
ヴァイスと我等の違いはそこだ。
そして、これは我等の育成の方法に起因すると思われる。
神谷昇はヴァイスに命じた。
主は召喚獣に頼った。
それは、確かに我等の在り方を変えている。
「ヒントはやはり、ここにしか無いか」
主の記憶が貯蔵された書庫。
閲覧できるのは召喚獣のみ。
大量の本は、小説のように主の人生を綴っている。
例えば。
「2022年10月22日」
と、発音する事で書物は2、3冊程度に絞られる。
これには、主が憑依で見た暗月の迷宮での出来事や、スタンピードの事などが書かれている訳だ。
我は、これ等の文章を読み漁った。
殆ど、全冊を網羅する程に。
睡眠が不要で、1日が2、3冊程度に纏められているとは言っても、読み切るのに2ヵ月以上かかった。
そこまでして書物を網羅した理由。
それは、確かめたい事があったからだ。
この書庫の中央には、2つの台座がある。
片方には水晶が乗り、今の主が見ている光景が映し出される。
問題はもう片方。
鎖の巻かれた書物が一冊。
その鎖は我等にも解けず、召喚獣でも閲覧できない。
この中身が何なのか。
主が、我等にすら秘匿する情報。
気にならなかったと言えば嘘ではあるが、態々調べはしなかった。
だが、もうそれ位しか我等が飛躍的に強くなる方法は無い。
それを知る為に、我は主の記憶を読み漁っていた。
そして、その中身は、凡その見当がついた。
主の記憶の中から、ある人物に関する情報がごっそりと抜けていた。
それは、天童雅に唯一勝利した者。
高校時代の主と天童雅の先輩に当たる人物に関する全情報。
天童雅との会話から、朧げに推測する事しかできないが。
主の初恋の人物であるらしい。
それが、ごっそりと記憶の書庫から抜け落ちて、恐らくはこの鎖の巻き付いた書物の中に封印されている。
そしてもう一つ。
天童雅に別れを告げられた日の記憶。
主は、帰宅し自室で泣いた。
◆
その後、母親に探索者になる決意を報告をした。
この二行の間にも、記憶が消えた痕跡が存在した。
分かって居るのだ、答えは既に。
消えた情報は、状況的にその女の登場する場面のみ。
であれば必然的に、主は天童雅に別れを告げられた日に、その女と何らかのやり取りをしていた、という事になるのではないだろうか。
『スルト』
主の声が頭に響く。
それは召喚の呼び声。
当然に、我はその呼び声に応え姿を現す。
◆
「スルト」
そう、俺が呼ぶとそいつは直ぐに現れる。
「ここに」
そう言ってスルトは片膝をついた。
「1億と4000万。
稼いできたぞ」
俺は通帳をスルトに見せる。
てか、自慢する。
まじで、生涯収入額だろこれ。
命の危険がある分稼げる職業っつったって、二ヵ月弱でこんだけ稼げる奴中々いないぞ。
しかし、約束の日まで後一週間くらいしかないけど。
大丈夫なんだろうか。
ヴァンはずっと、エスラと戦ってる。
リンは雷道と。
木葉はルウの転移が見たいらしい。
アイは、天馬討伐という進化条件を達成。
後の蛇と猪の討伐は、いつの間にか達成してた。
人面魔物が、結構そういう要素入ってる奴いたしそれかな。
メデューサから、
俺自身のレベルも結構上がった。
何と、75である。
新たなスキルは獲得していないが、スキルレベルは上がった。
Bランクまで魔石召喚可能。
そして、契約数はいつの間にか10まで増えていた。
今契約してるのが夜宮さん入れて7体。
って事は、後3体まで契約できる訳だが。
「ファイに強請られてんだよ。
一応、ランクで見るとBなんだけどいいかな」
「えぇ、問題ないかと。
特別欲しいと思う能力もありませんので。
それと、ヴァンもシャルロットが一緒に居たいと強請って仕方がないとわめいていました」
「あぁ~、あのガキな~。
でも、あいつ強くないだろ」
「いえ、研究所にあった資料によるとAランク相当の能力を保有しているようです」
マジ?
あのガキがAランク!?
クソ強いじゃん。
「ただ、知能の有無によって高く見積もられているのだとは思いますが」
「なるほど、けどBまでしか魔石召喚でいない訳だし、それならシャルロットもありか……」
「でしたら、後1枠はシャルロットを守る事が目的のシャーロットで良いのでは?」
「あぁ……竜人3人か」
契約して置けば、死ぬ事は無くなる訳だし。
ファイとかは結構敵討ちみたいな雰囲気で、やる気満々だった。
だから、契約しとこうと思ってる訳だし。
シャルロットはヴァンと一緒に居れればなんでもいいっぽい。
随分気に入られた「きしさま」だことで。
シャーロット先生も、ヴァイスに弄ばれたって感覚が強くあるみたいで、戦いに参加しようとしてくれてる。
だったら、この3人で問題無さそうだな。
「けど、ヴァイスってどんだけ強いんだろうな。
正直、これで勝てそうなのか?
俺、さっぱり分かんないんだけど」
俺がそう言うと、スルトは話をバッサリ切る様に。
「主」
俺の目をジッと見つめる。
「我が召喚される直前。
と、こいつは俺に聞いて来た。
それは、俺が高校時代に好きだった先輩の名前。
先輩が高校を卒業してから一度も会ってない。
なのに……
誰にも言ってないのに……
誰にも、分かる筈ないのに……
「おい、スルト。
――なんで、お前がその事を知ってる?」
「やはり……」
なんでお前が、俺が誰とも付き合わなかった理由を。
……俺の生きる意味を知ってるんだよ?
《記憶の書庫》
神谷昇の召喚士としての力の一部、非召喚空間の一角。
そこには神谷昇の全ての記憶、体験が書籍として収納されている。
召喚獣は自由にそれを閲覧し、知識を得る事が可能である。
ただし、記録されている情報は、神谷昇の体験であり、感情や思考は記録されない。
ただ、事実のみが羅列された書籍である。
現在の神谷昇の体験を移す水晶が存在し、それに移された物から順に書籍として生成され始める。
更に、神谷昇によって決められた封印指定書が存在する。
これは、施錠されており、神谷昇本人のみ開く事が可能。
誰にも見せられない、秘密の記憶である。
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