第70話 時の魔術師


 スルトとヴァイスが激突した。


 そんな単純な事しか、俺には分からない。


 結構レベル高いのに。

 動体視力とかも別に普通だ。

 筋トレしろって事か……


 隕石みたいに落ちて来たスルトが、ヴァイスの放った巨大な球体を斬って。

 そのまま、激突。


 空間には、巻き上がった土埃が埋め尽くされている。

 所々、炎が地面を焙っている。

 所々、血の様な液体が地面を汚している。


「まぁでも、どっちにしてももう終わりか」


 もしスルトが負けてたら、俺は後悔する。

 やはり、契約は解除するべきでは無かったと。


 もし、スルトが勝ってたら、俺は喜ぶ。

 やはり、この選択は正解だったと。



 そんな思いで、一歩前に進んだ。


 土埃から、姿を現したのは……


「ハハッ……

 我等の勝ちだ……!

 そうだ! 我等は全てを捨てた!

 何も知らないお前達に負ける事等、ある訳がない」


 そう、勝鬨を上げたのはヴァイス。

 ヒビ割れたスルトの頭蓋が、俺の足元まで転がって来た。


 その中に、紫の光が見える。


 俺は、それに向かって話しかける。


「よくやったなスルト」


 膝を付き、裂けた頭蓋の中から魔石を取り出す。

 召喚獣でなくなったスルトには、当然魔石が存在する。


「アハハハハハハハハハハハハ!

 そうだ、そうだ、そうだ!

 我等こそが最強。我等こそが、最も正しい!

 我が主の人生は、間違ってなどいない!」


 迷いや罪悪感を消し飛ばす様に。

 ヴァイスはそう叫ぶ。

 スルトは死に、主人の寿命も削った。


 ならば、最強であるという証明だけが、この戦いの意味。

 そう、ヴァイスは思ったのだろう。



 でも、残念だがそれは違ぇ。



 高らかにそう叫ぶヴァイス。

 しかし身体はボロボロだ。

 ローブは破れ、杖は折れ。

 刀は刃こぼれして。


 魔力も限界は近そう。

 体力も残っている様には見えない。


 何より、ヴァイスの極大剣によって両足が切断されている。


 体力魔力共に限界。

 地面を這いながら、それでも拳を掲げる。


「悪いがヴァイス、某達はお前と違って独りではない」


 風が、吹いた。


「これが、スルトの最期の作戦に決まってるでしょ」


 ヴァンとリンは、既に翔け終わっている。


 黒刀を。

 紫雷を。


 ヴァイスの首へ密着させた。

 これで、俺たちの勝ちだ。

 もう、ヴァイスに抵抗の余地は無い。


 スルトは自分を犠牲にして、皆の勝利を手に入れた。


 それに、黙って従うしか無い位、自分たちは弱い。

 リンもヴァンもルウもアイもダリウスも。

 悔やんでいるのが、顔を見れば分かる。


「何故だ、貴様等はダリウスが相手をしていた筈……」


 驚く様に、ヴァイスはそう呟く。

 それを見て、リンが疑問符を浮かべて聞き返した。


「何言ってんの?

 あいつだって、あんたが操ってた死体じゃない」


 憎らし気にリンがヴァイスを睨んだ。


「……は?」


 本当に、意味が分からないと。

 そんな表情で、ヴァイスはリンを見た。


「どういう事だ……」


「あんたが自分で、魔法の生贄にしたんでしょ?」


「違う。ダリウスは、我と共に過去へ渡った唯一の……」


 わなわなと震える手を見ながら。

 折れた支配の魔杖に視線をくべて。


「違ぇよ、ヴァイス」


 向こうの俺が、ヴァイスの頭に手を置いてそう言った。


「ヴァン、リン、俺たちの負けだ。

 手を降ろしてくれ」


「あぁ」


「……ごしゅ、あ。

 分かったわよ」


 少し照れる様に、リンは未来の俺を見て雷を引っ込めた。


「俺はお前の記憶を見た。お前の記憶の書庫に入れたからな。

 俺が死んだ後、ダリウスは自我を取り戻さなかった。

 だから、お前はダリウスを殺した。

 ダリウスが、人を襲うのは嫌だったんだろ?」


「そ、そんな訳が……

 ではどうして、我等はそれを覚えてないのですか!?」


「耐えられなかったから、じゃねぇの?

 お前は優しい奴だし、仲間想いだからな」


「俺も、同意見だ。

 お前はきっと、悪い奴じゃないよ」


 そう、話へ割って入る。


 ヴァイスは、俺にとっては悪い奴だ。

 裏切られたし。

 片腕も持ってかれた。


 でも、雅の命を救って貰った。


 未来の俺も、救われてる。

 100点満点とは行かずとも、あの終わり方よりは幾らかマシ。

 そんな顔をしてる。

 俺の顔だし、何となく分かる。


「それでヴァイス、悪いが俺ももう時間らしい」


 魔王の身体が、透けていく。

 光が、彼の手足の先から身体を覆っていく。


「主……」


 ヴァイスの頬を涙が伝う。


「ごめんな。ヴァイス。

 もっと早く信じてやりたかった」


「違う。違うのです!

 貴方は我等の力を、強さを信じてくれていた!

 なのに、我等は……我等は最後に負けてしまった。

 裏切ったのは、我等の方です……」


「俺はずっと負けたかったんだよ。

 さっさと終わって欲しかった。

 なのに、お前が強すぎてなんでも勝っちまいやがるから……

 だから俺も、お前に期待し過ぎた。

 期待すんのと信じる事は、全然違ぇ事なのに。

 けど、そんな俺の無理難題にも応えてくれて、お前はこの時代まで来てくれた。


 ――ありがとう」


 貰う様に、未来の俺まで泣き出して。


「主よ、我等はこれからどうすれば良いのですか?

 教えてください。我等は、それが無ければ生きていけない」


「こんな事を願ったって、卑怯だろうけど。

 それでも俺も、これ以上の答えを持ち合わせてやれねぇんだ」


 魔王は言う。

 きっと、今まで一度も言わなかったであろう命令を。

 その命令は酷く優しく、酷く残酷に。


「自分で考えろ。

 ここから先はお前の人生だ」


「それは……あまりにも……」


 そう言いかけて、けれどヴァイスは口を紡ぐ。

 魔王の身体は、既に半分以上溶けていた。


 それを見れば、ヴァイスは言うしか無いだろう。

 どれだけ、自分が足りないと思っていても。


 脅迫と言っても間違いでは無い。

 そんな風に、ヴァイスは答えさせられる。



「御意」



「お前が俺の召喚獣で良かったよ」



 神谷昇は、笑みを浮かべながらそう言って。



 消えた。



「お疲れ様。ヴァイス」


 ヴァイスに向けてそう声を掛ける女がいた。


「天童雅……」


「あの人は人生に答えを出した。

 それは、酷く妥協的な物だったのかもしれないけれど、それでも満足してた。

 だから、次は貴方が決める番よ」


 雅はそう言って、ヴァイスへ近づいていく。


 でも、分からない事もある。

 結局、ヴァイスはどうやってこの時代に来たのだろう。

 ヴァイスがそんな力に覚醒しているのなら、もっとやり方がある筈だ。

 そもそも、今の負けだって取り消せばいい。

 というか、失敗自体無かった事にできる。


 何か、制限の様な物があるのか。


 もしくは、過去へ戻る力はヴァイスの力では無く。


 別の誰かの……



「――それは困っちゃうな。雅ちゃん」



 響くのは、この場にいる筈無い人間の声。

 迷宮の入り口から、その人の声は響いた。

 靴音がどんどん近づいて。

 近づくと、姿が鮮明になっていく。


 真っ白な髪。黒い瞳。

 小柄な体躯で、常に顔は微笑に染まる。

 年齢は俺よりも2つ上。

 俺が、5年くらい前に好きだった人。


 見た目はそんなに変わらない。

 最初から、この人は大人びていたから。


「椎名先輩?」


「久しぶりだね、昇君、雅ちゃん。

 そして、ヴァイス君」


椎名胡桃しいなくるみ……貴様には感謝している。

 我をこの時代に送ってくれた事」


 なんか今、衝撃的な事言ったような……

 この時代に送ってくれた?

 え、じゃあ椎名先輩って……


「そういう事だよ。

 私のクラスは【時空術士】って言って。

 基本能力は、タイムリープ」


 そう言って、5年前と変わらぬ表情で椎名先輩は微笑む。


 けれど、それなら確かに合点が行く。

 何度でもやり直せると言うのなら、雅にピアノで勝つ事も。

 人の心を読む事も容易い事なのかもしれない。


「彼をこの時代に連れて来たのは私。

 一時的に契約して、召喚獣として引っ張ってきたの。

 でも、過去に戻るとレベルも元に戻るから契約維持の魔力不足で解約。

 その間、ヴァイス君は自分の目的の為に過去の改変を始めた。

 私は、ヴァイス君と契約できるまでレベルアップを頑張ってた訳」


「それで、椎名さんがここに現れた理由は?」


 雅が、睨む様にそう質問する。


「分かってるクセに。

 ヴァイス君の力は、正直バグってる。

 彼一人で、世界征服できる。

 それくらいの力を持ってる」


「貴方はヴァイスを手に入れて、何をする気ですか?」


「……ひ・み・つ」


 人差し指を口に当てて、椎名先輩はそう言った。

 雅は、ウザそうにそれを見る。


「さて、ヴァイス君。

 今更、やっぱり約束は無かった事にとはならないよ?

 もしそんな事をするなら、今回の結果は全部無かった事にする。

 これは君への温情なんだよ。

 君の願いを先に聞いたのは、私がやり直せるから。

 君が先に私のお願いを聞いてくれる様に交渉する事だって、私にはできる」


「駄目よヴァイス。

 この人は、それをできない。

 この人が貴方を利用して何かを為しても、貴方を過去に戻せば未来がまた変わる。

 それじゃあ、この人の目的は永遠に達成できない。

 けど、貴方を過去に戻さないと貴方の怒りに触れる。

 だから、貴方の願いを先に聞くしか無かった」


「だとしても、私がヴァイス君と主人を助けて上げた事に変わりはないでしょ。

 まさか、恩を仇で返すつもり?」


「それを言えば、私が居たから昇は満足していった。

 恩を返すのなら、私の方でしょ?」


 そう言って、2人はヴァイスに詰め寄る。

 さっき、ヴァイスは自分で考える様にと、未来の俺に言われた。

 だからだろう。ヴァイスはきっと真剣に考えている。


 感謝と恩赦。

 迷惑と謝罪。

 きっと色々な感情が渦巻いている。


 でも、その感情を利用するのは……ちょっと違うんじゃないですかね。


「ヴァイス……別に選ばなくてもいいんだぞ?」


「昇?」


「昇君?」


「世の中、選ばない方が楽な事も色々ある」


 例えば、誰と付き合うか。とか。

 適当に流してた方が上手く行く。

 だって、それは契約するって事だ。

 付き合ってるからこう有れとか。

 付き合ってるから何を優先しろとか。


 そういう約束の事を、付き合うって表現してるだけだ。


 そして、ヴァイスが迫られてるコレも、多分契約の一つだ。


 俺は、スルト達と一緒に居て、そういう縛りは関係を成り立たせる為に必ずしも必要では無い事を知った。


「雅と一緒に居ても良いし。

 椎名先輩に協力してもいいし。

 別に、どっちにも協力しなくてもいい。

 他の誰かと協力してもいいし。

 そもそも誰も居ないところに雲隠れするとかでもいい。

 人間として生きてみるとか。

 世界平和に尽力するとか。

 逆に世界制服してみるとか。

 まぁ、なんでもいいんだよ」


 自分の行った行動に対して、世界が反応するだけ。

 だから重要なのは、自発的にやりたい事をやっているかどうか。


「そうだろ、2人とも。

 自分の都合に他人を巻き込むのは良く無い。

 ちゃんと説明して、話し合って、理解し合って、それで相手が良いって言ってからだろ。

 ちょっと、見てると強引すぎる」


「そうしなきゃいけない理由があるんだよ。

 君には一生分からない。

 君はただの第三者で、重要なのは君の召喚獣なんだ。

 君の役目は、名前を付けた瞬間に終わってる」


「じゃあなんで、俺に電話してくれたんすか?」


「……それは君に探索者を始めて貰う為だよ」


「ヴァイスはもう居るんだから、俺が探索者になる必要は無ぇだろ。

 ヴァイスだけが必要なら、俺が探索者になる必要は無い。

 ヴァイスの目的の為に必要なのは雅と未来の神谷昇で、俺は関係ない」


「始めはヴァイス君は、君に仕えても良いと思ってたから」


「だから、それが変でしょ。

 ヴァイスが俺の召喚獣になったら、椎名先輩の召喚獣にできないじゃ無いっすか。

 それにあんたが協力するのは、目的と真逆だ」


「何が言いたいの?」


「俺は自己中で、自分に期待したい年頃だから。

 だから、こう受け取ったっすよ。

 俺に、態々電話までして、頑張れって言ってくれたんじゃないんすか?」


「……なんで、私がそんな事しなきゃ行けないの」


「俺の事を、心配してくれたから……」


「高校の時の事、忘れたの?

 私、そんないい人じゃないよ」


「その時の記憶があったから、俺は雅にフラれても立ち直れたと思ってます」


「都合の良い解釈だね。

 私の行動が、全部君の為だって?」


 そう言って、椎名先輩はお腹を抱える。


「ははは……

 君、ほんとに変な子だよね」


「それは本当に、私もそう思います」


「正直、我等もです」


「あたしも」


「拙者も」


「某も」


「私も」


 おい!

 泣くぞ!


「けどまぁ、確かにそうだね。

 私は、やり直す事を前提に考えちゃう。

 結果を知ってる私には、人に任せるって発想は無かった。

 でも、この時間軸がどういう結果になるかは、もうやってみないと分からないか」


「私も、貴方の気持ちは叶ったんだって勝手に思ってた」


「いや、そもそも我等の身勝手な願いから始まった物だ」


 そんな、雅とヴァイスの様子を見て椎名先輩は頷いた。


「そっか。

 じゃあ、少しだけ見守ってるよ。

 もしかしたら、君達の未来が私の願いと重なるかもしれないし」


 そう言って、立ち去ろうとする背中に俺は声を掛けた。


「あ、先輩」


「何? もう私の用事は終わったよ」


「いや、なんで自分は無関係みたいな顔してんすか。

 普通に電話出て下さいね」


「なんで?」


「先輩にも手伝って貰うんで」


「うーん、雅ちゃんとか私の事嫌いでしょ?

 それに、私が連れて来たヴァイスが色々聖典の彼等とかにも迷惑かけたみたいだし、あんまり仲良くはできないんじゃないかな?」


「いや、俺は別に嫌いって程じゃないっすよ。

 いや、嫌いだったっすけど。色々あったんで」


 でも、大体雷道が悪いって納得した。

 だからメンタルは安定してる。


 それに、要するに誰かと付き合わなければ、こんな事にはならないと今は理解してる。


 俺を苦しめていたのは『付き合っている』という契約だった。

 例えば、別れた雅が誰と何をしていようと、正直どうでもいい。


 同じ失敗をしない様にできているなら。

 同じ悩みをいつまで引きずっても無意味だ。


「それに、先輩って多分何回も過去に戻ってるんですよね?」


「そうだよ。

 色々見て来て、私にとっては残念な未来しか無かったから。

 だから変えたいの」


「それ、内容によっては俺が手伝いますよ。

 俺とか、俺の大事な人が困らない内容なら。

 てか、ヴァイスが何をしたいか見つける為にも先輩の知識役立ちそうだし」


「でも君、何もできないじゃん」


「頼れる仲間がいるんで」


「……なるほどね。

 気が向いたら出て上げるよ」


 そう残して、先輩はダンジョンから出て行った。


「あ、そうだ」


 なんか、小走りで戻って来た。


「久しぶりに会ったし記念写真撮ろうよ」


 と、俺の肩に手を回してくる。

 もう片方の手にはスマホが握られ、カメラが起動していた。


「ちょ、先輩!?」


「いぇーい!」


 パシャリ。

 と無理矢理、写真を撮って。

 「じゃあ、後は頑張ってね」と残して出て行った。


「なんだったの……?」


「さぁ?」


 めっちゃブスに撮られた気がする。


「昇……」


「んー、あぁー」


「私、貴方に言わないといけない事が……」


 そう、悩まし気な顔というか。

 申し訳なさそうというか。

 謝りたそうというか。

 寂しそうに悲しそうに言う雅。


 思い詰めているのは明白だ。

 だから、聞いてやりたいんだけど。


「いや、それは後で聞くからさ。

 一旦、周り見ないか?」


 俺がそう言うと、雅も周囲を確認する。

 ヴァイスやリンたちも。


「……不味いわね」


「うん、マジ不味ぃ」


 戦闘終了時から、数十分程。

 壁から湧いたモンスターが、かなり溜まっている。

 しかも、CランクとかBランクっぽいのも見える。

 戦闘中はヴァイスのゾンビが殺してた。

 けどヴァイスはもう戦闘不能だ。


「よし! 逃げるぞお前等!」


 ヴァイスの足が千切れてるから、俺が担ぐ。

 エスラたち3人を、リンとヴァンとルウが抱える。



「走れぇぇええええええええ!!」



 と。

 俺たちは、クソダサい感じでダンジョンから逃走した。








《次回、最終回!》

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