最終話 未契約恋愛
あの戦いから、一月ほど時間が経過した。
まずはヴァイスについて。
ヴァイスは聖典グループの管理を継続している。
魔術に関する情報を集めながら、基本的には平和の為に尽力するつもりらしい。
元召喚獣の5体は探索者になった。
見た目は殆ど人間だし、アイの髪の毛とかもクラスの能力って事で言い訳できるレベルだ。
身元の発行はヴァイスに頼んだらしい。
あいつ、大臣とかにも知り合いが結構いるんだと。どんな魔物だ。
夜宮さんも俺の元を離れた。
夜宮さんは呪怨黒化とか関係なく、普通に契約を解除した。
そもそも、夜宮さんには名付けをしてないからな。
なんと起業したらしい。
探索者の武具を生産する仕事。
結構繁盛してるんだとか。
スルトは、魔石を使って再召喚した。
しかし、記憶を全て失っていた。
最初は、喋る事すらできない状態だった。
今は、記憶の書庫でスルトの記憶を取り戻してる最中。
リンたちと同じ様に大人になるまでは、召喚士と召喚獣という関係だ。
雅はヴァイスの相談役として就職した。
あいつは大学を辞めた。
だから、もう会う事も無く、連絡もあれ以来来ていない。
木葉は最近彼氏ができたらしい。
一週間くらい前に「先輩聞いて下さい! 私、彼氏できたんです!」という元気なメッセージが来た。
「良かったな。おめでとう」って返したら「ありがとうございます」って来て、それ以降は何の音さたもない。
シャーロット先生も臨時教授を終えた。
今はシャルロットとファイの面倒を見ているらしい。
聖典管理の研究所で、健康状態を確認しながら生活してるとか。
俺はその研究所の場所も電話番号も知らないから、向こうから何か無いと会いに行く事もできないけど。
俺は、普通の大学生に戻った。
スルトを使えば、まだ探索者として活動する事は可能だ。
でも、スルトに命令する気は全くない。
あいつが迷宮に行きたいならそうするが。
スルトは知識の収集の方が楽しい様だ。
椎名先輩は、電話したけど出なかった。
折り返しもねぇし。
リンたちも仕事が忙しいっぽい。
スマホも持ってるし、メッセージは来る。
けど、近況報告程度だ。
「なんつーか、暇だな……」
俺は普通の大学生に戻ったのだ。
大して金も無い。
大して力も無い。
変わった事と言えば、筋トレをするようになったことと、左利きになった事くらい。
左手しかないから。
嫌でも自覚する。
嫌でも思い出す。
椎名先輩に言われた「俺に才能は無い」って言葉。
本当に、その通りだ。
俺は1人じゃ何もできない。
人に頼る事しかできない。
「……まぁけど、そんなモンだよな」
自分の部屋のベッドで寝ころんで、天上にそう吐き捨てる。
当然、天上から何か言葉が返って来る事はない。
「でも、思い出してみると楽しかったよな。
召喚士になって、結構強くなって、お金も手に入って。
そりゃ、全部が俺の力じゃ無いけど。
そんな特別な奴らに混ざって、特別な経験をできた訳だし」
天才。英雄。魔王。
ほんと、俺とは縁遠い字面だよな。
これで、俺の物語は終わり。
俺が皆を頼る事で、皆は多分それを成し遂げる為に頑張って、ちょっとくらい強くなれた。
と、思う。
残った物が何も無くても、俺のやった事にはきっと意味があった筈だ。
別に悲しむ事じゃない。
寂しいって感じはちょっとする。
けど、それは多分部屋が静かってだけ。
そうに決まってる。
「寝るか」
大学から帰って来て1時間も経ってない。
まだ午後4時だ。
前までは、皆の探索の様子を見るとか、ダリウスに憑依してダンジョン探索をしてる時間帯。
でも、そんなやるべき事ももう無い。
課題とか自分でやんなきゃだけど、やる気がでない。
「寝よ」
俺は、少し大げさに布団を被った。
◆
――1週間後。
俺はカフェに呼び出されていた。
相手は椎名胡桃先輩。
今更折り返し電話がかかって来たと思ったら、呼び出された。
白髪の目立つ彼女は、店に入ると直ぐに見つかった。
手を上げる彼女は二人掛けの席に居て、俺は先輩の前に座る。
先輩は、ストローを咥えながら俺に微笑む。
「ね? 君は特別じゃ無かったでしょ?」
厭味ったらしく、先輩は言った。
俺は、メニュー表を見ながら聞く。
「先輩、それ何飲んでんすか?」
「ん? タピオカミルクティーのタピオカ抜き」
「ただのミルクティーじゃないっすか」
「ミルクティーより何か豪勢な気がしない?」
相変わらず訳分かんねぇなこの人。
「じゃあ、俺もミルクティーで」
店員さんに、そう注文する。
と、先輩は「タピオカミルクティーのタピオカ抜きなのに」と、訳の分からない事を言っている。
「別に、自分を特別だと思ってた訳じゃ無いっすよ」
あの日、雅にフラれて、先輩と電話で話した日から。
俺は、自分が特別じゃ無いと分かってる。
「そ、君がいなくても世界は回る。
雅ちゃんとかヴァイス君が、円満円滑に回して行く。
もし、世界の危機とかが有っても、君にもう出番は無い。
君の元召喚獣には、出番が来るかもしれないけどね」
「それを知ってるって事は、ヴァイスとの戦いを最初から見てたって事っすよね」
「そうだね。
正直、命名にあんな力がある事は知らなかった。
でも、別に君自身を特別にする力では無いよね。
どう足掻いても、特別なのは召喚獣なんだから」
確かに。
結果を見れば明白だ。
俺は全ての力を失った。
特別なのは、俺じゃ無くて俺以外の奴。
その先輩の言葉に間違いは無い。
「先輩は、結局ヴァイスの力で何がしたかったんすか?」
俺がそう聞くと、芝居がかった声色で彼女は話し始める。
「最初の最初、私には恋人が居ました。
でも、その恋人は死んでしまいました。
私は、恋人の事が大切で救いたかった。
でも、その人には特別な力があって、しかもその人は底抜けに優しくて、いつも戦いの渦中にいました。
何度も、何度でも、その人は死んでしまいました。
ヴァイス君が居れば、その人の助けになるかもしれない。
もしかしたら、その人が頑張る必要がないくらい。
つまり私は、その人を特別じゃない存在にしたかったのかもしれませんね?
その人が、私の恋人じゃ無くなったとしても」
先輩は空になったピッチャーを両手で持って、少しだけそれを傾けた。
すると、中の氷がことりと音を鳴らす。
「じゃあ、その人はまだ特別なんですか?」
「君は、自分の事を特別だと思いますか?」
「……」
「なんてね。冗談だよ」
「先輩……俺……」
「さて、君が変な事を言い始める前に、私の力について説明させて」
「……どうぞ」
「私のやり直しには使用制限があるんだ。
時を遡った年数分、寿命が減るの。
まぁ、肉体のじゃ無くて魂のだから300年分くらいある……あったんだけど……」
力を使えば使う程、その年数は縮んでいく。
なら、残りの時間は。
そう俺が考えたのと同時に、先輩は掌を見せて来る。
いや、掌というよりは五本の指を。
「後5年。
それが、私の残り
それに、私はこれでも結構ご高齢のお婆ちゃんなんだよ」
「なるほど。先輩の事情は分かりました。
だったら、俺もさっきの言葉の続きを言ってもいいですか?」
「えっ、えぇ?
だからね、私あと5年しか生きられないし、お婆ちゃんだよ?
そんな人と一緒に居たって……」
「でも、先輩がいないのは嫌ですよ俺。
あと、先輩顔可愛いから歳とかどうでもいいっす」
「それは普通に嬉しい。ありがと。
でもなんで居ないと嫌なの?
もう君と私は何の関係もないのに」
「なんでって、俺高校時代は結構先輩と仲良かったと思うんですけど」
「そうかもしれないけど、私は君の事を揶揄って結構酷い振り方したと思うんだよ」
それは、過去に戻った先輩が俺を気遣ってくれたからだ。
雅が死んで、自分の召喚獣に殺されたという事実を知っていたから。
だから、そうならない様に俺の精神力を鍛える工作をした。
序でに、振られた日に電話までくれて勇気づけてくれた。
全部、俺の力が暴走しない様に気遣ってくれたからだ。
だから、それは今となって考えれば嫌な事では無くて。
「俺、嫌な事の大きさじゃ無くて良い事の大きさで人との関係決めてるんだと思います」
「そう……なんだ……」
不思議そうに、先輩は俺を眺めている。
笑みが消えてる所を、再開して初めて見た。
「……じゃあもしかして、こんな私と付き合ってくれるの?」
頬を少し朱色に染めて。
照れる様に前髪を弄りながら。
上目遣いで、先輩は俺を見てそう言った。
俺は、その目を真っ直ぐ見て返答した。
「……え、いやなんで?」
「え?」
「あぁ、いや……先輩の寿命を増やす方法を考えようと思って。
丁度、そういう事を考えるのが得意な知り合いが何人か居るんで。
ダンジョンから出て来る魔道具とか、回復系クラスの探索者とか、あと魔術とか? 色々当たってくれると思うんで」
「……君さ、それ絶対仕返しでしょ」
ジト目の先輩に、俺は惚けて応える。
「なんの事っすかね?
けど、別に付き合うとかは置いといて。
一緒に遊ぶとか、仲良くしてくれると嬉しいですかね」
どうせ、最近は暇だし。
あ、けど来週はちょっと予定あるんだよな。
まぁ、それ以降なら予定入れられるだろ。
「はいはい。もうなんでもいいよ。
君、ムカつく感じにレベルアップしたんだね。
恥ずかしいなぁもう……」
そう言って、机に置かれたミルクティーにストローを指し始める先輩。
一応それ俺のだけどね。
別にいいけど。
「お婆さんなのに恥ずかしいとかあるんすね」
揶揄う様にそう言うと、先輩は「うるせ」と俺の顔を軽く小突いた。
「自分で言うのは良いけど、他の人にお婆ちゃん呼ばわりされるのは嫌」
「すいません。
てか先輩、電話番号じゃ無くてメッセージアプリのID教えてくださいよ」
「えぇ~、私そんなに安い女じゃ無いんだけど?」
「じゃあ、今日デートしてあげますから」
「なんで上からなの?」
「駄目っすか?」
「しょうがないから、楽しかったら交換して上げる」
「あざす」
結果的に、IDは手に入った。
◆
――次の日。
俺はまた同じカフェに居た。
けれど、相手は椎名先輩じゃない。
「久しぶり。雅」
「正直、貴方から呼ばれるとは思わなかった」
「そうか?
ていうか、何か飲み物頼もうぜ」
「貴方と同じでいいわよ」
「じゃあ、タピオカミルクティーのタピオカ抜きで」
「ただのミルクティーじゃない」
「だよな、俺もそう思う」
「……?」
少しだけ、無言の時間が続く。
でも、何も言う事が無いとか。
何を言っていいか分からない、とかじゃ無くて。
俺たちは、前からこんな感じだ。
飲み物が届くのを待って、雅がゆっくり口を開いた。
「それで、なんの用?」
「昨日椎名先輩と会ったんだけど」
「そう……」
「なんか、スキルの後遺症みたいなモンで寿命が後5年位しか残ってないんだと。
だから、何とかして欲しい」
「何とかって……寿命を延ばして欲しいって事?」
「あぁ、なんか先輩が言うには魂の寿命だとかなんとか」
「普通に伸ばすより難しいじゃない」
「え、無理か?」
「何とかするけど。
貴方の頼みなら」
「マジか! 流石、めっちゃ助かるよ!」
「……大げさ、声も大きいし」
居心地の悪そうに潜めていた眉が融けて、笑みが零れる。
ちょっと、緊張するような面持ちだったから良かった。
「……私も、貴方に言わないといけない事があったの」
「あぁ、それ何となく予想できるけど別に言わなくていいよ。
そもそも、お前が自分の人生をどう使っても自由だし。
別に聞いても、何も言い返す言葉はねぇからさ。
付き合ってる訳でも無いんだし」
「……でも」
「お前は真面目過ぎな気がする。
もうちょっと緩くてもいいんじゃないか?」
「下ネタ?」
「なんでやねん」
前はもっと清楚だったのに。
天才も成長するって事か。
成長……成長だよな……
「その、この後何か予定はあるかしら?」
「今日は別に無いけど。なんで?」
「いえ、明日は何かあるの?」
「あぁ、夕方木葉に呼び出されてんだよ」
「あの子、彼氏できたって言ってなかった?
随分仲良くしてるみたいだったけど」
そういや、雅と木葉って一応職場が同じなのか。
恋人の話する程度には仲良いんだ。
「別れたってさ。
なんか、相手の男が結婚するまでそういう事はしないっていうめちゃくちゃ真面目な人だったらしい」
「良い事じゃない。
私と違って清廉潔白って感じ」
そういう事を気にしてる時点で、お前も大概潔癖だよ。
とは、言わないでおく。
「まぁ、木葉は嫌だったんだろ。
結構愚痴られたよ」
「でも、それでなんで貴方と?」
「愚痴の続きだろ?
まぁ、呼び出されたのは居酒屋だけど」
「……」
ジッと、無言で雅が俺を目を見つめる。
「何……ですか……?」
「貴方、もしかして木葉ちゃんと何かあった?」
逃がす様に視線を雅の後ろに向け。
た頃に気が付いた。
やべ、バレた。
「もう分かったからいい。
ビルに貴方を呼んだ日ね」
「あ、いや俺ってホラ酔うと記憶飛ぶって言うか……」
「酔わないじゃない」
「……」
「別に、もう私とは関係ないけれど……
人の事言える身の上じゃないし。
他の日は? もう少し詳しく聞きたいって言うか、椎名さん本人と直接話しておきたいんだけど」
「再来週なら……」
おずおずとそう言うと、雅は不服そうに呟く。
「なんでそんなに予定が埋まってるのよ」
「明後日は、リンと買い物で。
明々後日はアイが美容室に一人で行けないって言うから付き添い。
木曜はルウと神社巡りだろ。
金曜はシャーロット先生とファイたちから研究所に呼ばれてて。
土曜は召喚獣たち全員揃ってスルトに紹介しないと。
日曜は、ヴァイスがチェス大会開くって言うから。
それは雅も来るんだろ?」
「行くけど、ゆっくり話してる時間は無さそうよね。
なら、月曜からは暇なのかしら、丁度祝日だし」
「ごめん、月曜はエスラから妹さんを紹介したいって、で午後はヴァンと剣術10本勝負するから、その審判で。
火曜は雷道に煽られて、あいつが行ってるジムで筋トレ勝負が。
で、水曜は夜宮さんから義椀の最終調整を……」
「もういい」
「いや、なんか皆急に余裕ができたらしくて……」
「まぁ、色々生活が安定し始める頃合いなんでしょうけど……
それなら、今日を頂戴」
「そりゃあ全然いいけど、集合18時だったからもう……」
「その……一応個室を予約してあるから……」
恥ずかしそうに、雅はそう言う。
なんか、こっちまで恥ずい。
「あぁ……じゃあ俺電話しないと」
「ご両親?」
「いや、キャンセルの電話」
「童貞だった癖に随分慣れたじゃない」
「そっちこそ、最初は照れまくってた癖に」
「……何か、貴方を見てると悩んでたのが馬鹿みたい」
「……? なんか悩んでたのか?」
「いいえ、付き合ってない方が案外楽なのかもしれない、って思っただけ」
「俺も最近そう思ってるよ。
スルト達と契約を解除してから、その契約があいつ等に何か耐えさせたりしてたんじゃ無いかって考える様になったんだ。
そりゃ、付き合うっていう言葉が安心を与えるってのはあるのかもしれないし、その関係を否定したい訳じゃ無いけど」
「けど?」
「そいつの人生は結局そいつの人生だから。
干渉は、お互い楽しめる程度に留めておくのが良いのかなって。
雅も、別に好きな様に彼氏作っていいからな。
俺も、今はそんな気無いけど、そういう気分になったら作るから」
「……えぇ、分かったわ。
それじゃあ、お会計しましょ」
「あぁ」
席を立つと、雅は自分の両腕を俺の左腕に絡ませる。
それされると、俺自分の財布出せないんだけど。
右手無いし。
「ねぇ。貴方の事、好きって言ってもいいと思う?」
「さぁ。好きにしたらいいじゃん。
でも俺は、お前の事好きだし好きって言いたいけどな」
「最低ね、他にも一杯女の子居る癖に」
「さて、何のことやら。
……でももしそうだとしたら、お前は嫌か?」
「嫌なんて言える立場じゃないの分かるでしょ。
私だって、最低なんだから」
「……別に分かんねぇけど。
俺は、お前が知らない奴から最低とか言われてたら普通にキレる自信がある。
そんぐらいお前の為なら、できる限り頑張ってやる」
「……恋人に言う台詞よ、それ」
「いいじゃん、俺彼女居ねぇし」
「そうね。それなら私も彼氏が居ない間は、貴方が好きよ」
END
《あとがき》
以上で、この物語は終わりとなります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次に書く話は、当たり前ですがこれ以上に面白いと思って頂ける物を作るつもりなので、良ければ作者フォロー等して頂いてお待ちいただければ幸いです。
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