第45話 その声が鳴り止まずとも、貴方の声があるのなら


 俺:ダリウス、少し任せてもいいか?

 ダリウス:当然です。あの強化が無ければこちらに勝ち目は無いでしょう。

 スルト:ダリウス、引き気味に戦え。

 スルト:あの龍と真面に相対する必要は無い。

 スルト:こちらの狙いは憶えているな?

 ダリウス:勿論です。

 スルト:ならばよい。



 そんな念話を聞きながら、俺は憑依のスキルを解除する。

 放送室にある、俺の肉体に意識が戻った訳だが……


「お前等、誰だ……?

 つーか、何やってんだ?」


 学校の生徒だ。

 5人程の人間が、放送室に来ていた。

 多分、体育場で魔物化が解けた奴ら。


「そっちこそ、あの女の演奏を放送するとか何考えてんだよ」


「そうだぜ! 俺たちの事、弄びやがって!」


 そう言って、折れた旗を叩きつける。

 それを中心に5人の生徒たちが、ハチマキや上着を床に叩きつけている。


 天童雅親衛隊サークルとか書いてる……グッズ?


「クソ女が!」


 それを踏みつけている。


「何やってんだ……」


「これ、視ろよ!」


 1人の生徒が俺にスマホの画面を差し出して来た。


 また、ニュース記事だ。

 あの錬金術師の情報が更新されてる。


『暗月の塔での真相』


 そんなタイトルの記事。

 俺のスマホの充電が切れた後で、あの錬金術師がまた何か喋ったんだ。

 でも、テロリストの主犯の言葉だぞ。

 こいつ等それを信じたってのかよ。


 いや、違う。

 記事のタイトルだ。


『聖典は嘘を吐いていた!?』


『あのアイドルが殺人犯だった!?』


『人殺しの英雄とは……』


 中身を読めば理解できるんだろうけど。

 ネット記事なんて書く奴は、PVの事しか気にしねぇ。


 稼げるタイトル。

 それは、英雄視される聖典の悪事を暴露するようなタイトルだった。


 多分、こいつ等はタイトルしか見てない。

 それで勝手に判断してる。

 タイトルで、中身を勝手に判断して。

 分かった気になって、誰かに悪意を向けて馬鹿にする。


「あいつはなぁ! 人殺しなんだよ!」


 激高して、そんな事を叫ぶ生徒たち。


 狂気の沙汰だ。


 ……いや、こいつ等は何も分かってないだけか。


「俺たちを騙してやがったんだ!

 許せるか!?」


 天童雅は、生徒を救った。

 雅が居なければ薬なんてある筈もない。


「お前等、自分たちがどういう状態だったのか分からないのか?」


「……?」


 首を傾げる生徒たち。

 そうか、魔物化してた時の記憶はねぇって訳だ。


 放送室には演奏が聞こえて来る。

 雅の演奏場所は体育場への道の真ん中。

 6号棟と体育場の中間場所だ。

 窓の下を見れば、雅が演奏しているのが見える。


 雅は、放送が中断されている事に気が付いていない。

 そりゃそうだ。

 自分の周りは爆音が流れてるんだから。

 そして、多分止まったとも思ってない。


 だって、放送室には俺が居るのだから。

 きっと、俺を信じてくれているから。


 そして、聞こえて来る音は演奏だけじゃない。



『演奏を止めろ!』


『煩いんだよ!』


『この人殺し!』


『俺たちを騙してたのか!?』


『不快なんだよ!』



 体育場の窓から身を乗り出し。

 ペットボトルやゴミを投げてる奴まで居る。

 あいつ等が外に出て、雅の妨害を始めるのも時間の問題だ。


 誰の為に、雅がそこで演奏してると思ってる。


 そもそも、天童雅が居なければ生徒は誰一人助からなかった。


 なのに、その命の恩人にゴミを投げる生徒たち。

 それでも気丈に、文句の一つも言わず、彼女は演奏を続ける。


 その姿は痛ましく。

 そして、勇敢過ぎた。


「いい気味だ、放送されてないっつうのに……」


「あぁ、ほんと馬鹿みたいだよな」


「調子に乗りやがって、ざまぁみろ」


 そんな言葉を聞いて……


 何かが切れた様な音が、俺の頭に響いた。



「――ふざけんじゃねぇ!」



 俺は、放送室のコントロールパネルの前に居た男を殴り飛ばす。


「あがっ!」


 男は、鼻血を流して壁に激突した。

 まだ一週間だけどな、筋トレしといて良かったぜ。


「なんだこいつ、いきなり……!」


 俺は、急いでボリュームを最大に戻す。


「やめろ!」


「何やってんだよ!」


 他の生徒が俺に組み付いて来るが、俺はそいつら殴って蹴ってコントロールパネルを死守する!


 あいつの邪魔ァ、してんじゃねぇ!


「そんなネットが好きなら、一生スマホでも見てやがれ!」


 ニュースを見て暴走した。

 俺の言えた事じゃねぇ。

 俺だって召喚獣を無意味に突撃させた。


 だが、もうそんなのはどうでもいい。


 それでも、投げつけられるゴミは止まらない。

 ブーイングは治まらない。

 俺に組み付く奴らの動きは止まらない。

 相手は5人。


 探索者とは言っても、召喚士の俺の身体能力は別に高くない。

 高名な魔術師みたいに、手をかざすだけで黙らせたりもできない。


「音消せ!」


 俺を羽交い締めにした男が、そう他の生徒に指示している。

 不味い、このままじゃ……!


「やめろぁ!」


 俺に組み付く男の腕に思いっきり、噛みつく。


「痛ってぇ!

 こいつ、何すんだよ!」


 そのままコントロールパネルの前に居た男の、股下を思いっきり蹴り上げる。


「ほぎょっ!」


「退け!」


 放送室についているマイクのボリュームをマックスまで上げる。

 それは、雅の為のマイクじゃ無く、ここにあるマイクの。


 それを掴んで、俺は大声叫ぶ。



「うるっっっっっっせぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」



 天童雅を。


 天才を。


 馬鹿にする。


 意味も分かってねぇ馬鹿共が。


「この、能無し共がぁ!」


 叫ぶ。ブチギレる。


「お、抑えろ!」


 後ろの馬鹿共が、俺の身体を床に押さえつける。

 4人で、俺の上に乗り完全に拘束された。


「いい加減にしろよお前。

 あいつは殺人犯だって言ってんだろ」


「ボリューム下げろ!」


「あ、あぁ!」


「この、良くもぶん殴ってくれたな」


「俺なんか金的されたんだぞ……。

 やり返してやる」


「退け! 放送を戻せ!」


 俺は叫ぶ。

 だが、こいつ等は小バカにする様にこちらを見る。


「在り得ねぇだろ」


「ほんと、空気も読めねぇのか」


「馬鹿過ぎるだろこいつ」


 そんな事を言って、俺の顔面を殴りつける。

 口の中に鉄の味が広がる。

 だが、諦めてたまるか。

 ここで、放送を戻さなきゃ全部終わりなんだ。


 全員魔物化する。

 学校がダンジョンに成る。

 全員死ぬ。


「退け! 退けよ!」


 藻掻くけど、流石に4人に伸し掛かられると気持ちだけじゃどうにもならない。


「クソが! 誰が魔物になったお前等を助けたと思ってる!」


「は? 魔物になんかなってねぇよ」


 クソ……

 ふざけんな……

 ここまでなのかよ。

 拘束されて指一本動かせねぇ。

 これじゃあ、召喚も使えねぇ。


 もっと早く召喚しとけば……

 いや、皆仕事がある。

 この部屋は俺が任されたんだ。

 だから俺が、放送を続けるのは俺の仕事だ。


「そのまま寝てろ、この陰キャ野郎」


 頭が靴で踏みつけられる。

 あぁ、届け。

 俺は舌先をそいつの靴の裏に伸ばす。


 俺のプライドなんかより、放送が止まる方が、仕事が完了しない方がマズいに決まってる。


 血の付いた舌で、靴の裏に召喚陣を……


「気持ち悪ぃんだよ!」


「がっ」


 思い切り、俺の顔面が踏みつけられる。

 やばい、意識が飛びそうだ。

 頭が痛ぇ。

 眩暈がする。


「…………邪魔、すんなよ」


 浅い呼吸を繰り返しながら、顔面を踏んで来た生徒を睨みつける。


「まだ言ってんのかよ」


「うるせぇ……馬鹿野郎……」


「馬鹿はお前だろ」


 そう言って、そいつは思い切り足を振りかぶる。

 サッカーボールを思いきり蹴るみたいに。

 俺の顔に、足が迫る。



 ――パリン。



 ガラスが割れて、中に破片が飛び散った。


 一瞬、生徒たちの動きが止まる。

 それは、ガラスが割れたからというよりは。


「何やって……いやいい……」


 彼女の殺気が強すぎて。


 和装に身を包み、白い髪を靡かせる。


「すまん……リン……」


 俺が彼女に向けてそう言うと、リンは哀れむ様な形相を浮かべていて。


「お前等全員、極刑確定しねよ」


 パチリと、紫の光が彼女の指先から放たれた。

 それは、生徒たち全員を貫通する。

 生徒たちは、バタバタと倒れた。


 まぁ、加減された一発だ。

 本当に殺された訳じゃない。


「ご主人様、あの女から伝言です。

 私はもう大丈夫。

 だそうです」


 嘘吐くなよ。

 まだ、野次は全然止んでない。

 まだ、ゴミを投げられてるのに変わりはない。


「今手当を……」


「必要ねぇ。

 リン、多分そろそろだぜ。

 お前は、自分の役割を全うしろ」


 俺も、この部屋を守るから。

 朦朧とする意識をなんとか戻す。

 ドアノブに箒で鍵を掛ける。

 机とか椅子でバリケードを作り始める。

 これで追加のアホが来ても、暫くは耐えられるだろ。


「行って来い。

 お前は、俺たちの切り札なんだから」


「……」


 目を煌かせて、耐える様に。


「畏まりました」


 リンは窓から外に出て行った。


 俺は壁に背中を預け、憑依を起動する。

 さぁ、やっと最終局面だぜ。

 クソ錬金術師。




 ◆




『僕が行くまで耐えてくれ』


 白銀は虚空に呟き、剣を構えた。

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