#6 俺の好きになった人が巫女さんだった件【前編】

「こんな……こんな非科学的なことってありえないわ……どうなってんのよ一体……」


 ショックを受けている様子の雪那せつな


「ねえ。この帯たちは、一体何なの? まるで意思を持っているみたいだけど」


 ゆりあが問うと、美月さんがふところから小刀こがたなを取り出してさやいた。


「──夏輝くんをしばっているこの帯は『蛇帯じゃたい』と言いまして。嫉妬しっとの感情から生まれた、おびものです。蛇帯じゃたいは想う相手を束縛そくばくし、絞め殺してしまいます」

──嫉妬の物の怪だって? 誰かに激しく嫉妬されるなんて、身に覚えがないのだが。


蛇帯じゃたい……」


「嘘よ! こんな非科学的なこと……私は絶対に認めない! 何か仕掛けがあるに決まってんでしょ!」


 呆気あっけにとられた様子のゆりあと、逆上する雪那せつな


「瀬戸くん、助かるよね? 何かあたしに出来ることはないかな?」


 ゆりあが美月さんに心配そうに尋ねる。


「全身に、ものの毒が回っているようです。ここは、私を信じて任せていただけませんか。必ず彼を助けますから」

 

 美月さんが帯に巻かれている俺の上で、小刀で空中に九字くじる。


「──ねたしとは 何をいふらん もとよりや ままならぬこそ 浮世うきよなりけれ──」


 美月さんが神文しんもんを唱え、白い光がひらめいたかと思うと、激しい衝撃とともに俺に巻きついた蛇帯じゃたいがばらばらになってはじけ飛んだ。


「きゃっ!」


 同時に、雪那が後ろに転んだ。


──呪詛じゅそが、雪那せつなにはね返った? 


 苦痛に顔を歪めながら、右腕を押さえて美月さんをきっとにら雪那せつな


「何すんのよ!」


「──蛇帯じゃたいの出どころは、雪那さんの心のようです」


 美月さんが、まっすぐに雪那を見た。神事にのぞむ時と同じ、凛とした表情。


 いつもはおとなしくひかえめな彼女だけれど、こういう時になるとしんの強さが垣間見かいまみえる。


「な、何よ! あんた、私が夏くんのことを好きで、嫉妬してるって言いたいの!」


「違うのですか?」


──雪那が俺に恋愛感情を?

 唐突過ぎて、頭の中で状況が整理できない。


「雪那も瀬戸くんを……?」


 ゆりあも目を丸くしている。


「迷惑なこと言わないでよ! 私は夏くんなんか好きじゃないんだから! 一緒にいると不幸が移るし!」


──心に突き刺さるその言葉は、あの時と同じ。


 そこから俺は、雪那が苦手になってしまったんだ。


──それが、本心じゃなかったと言うのか?


「雪那さんの心が悲鳴を上げているようです。ご自身の心に嘘をつくのは、もう限界なのでは?」


「何よ……何よ……!」


 美月さんの言葉に、雪那の目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

 ばらばらになった蛇帯じゃたいが再び繋がり、美月さんへと飛びかかる。


 美月さんが小刀で再びくうを切った。


「──いかにして 呪詛のろい来るとも 道反ちがえしの 関守せきもりすべて 防ぎかえさん」


 蛇帯じゃたいが、空中でばらばらにられて散った。

 麻痺まひが解けて、身体が動くようになった。


 雪那が地べたに座り込み、力のない声で言った。


「……そうよ。夏くんが二股ふたまたかけてたって嘘をついたのは私よ。夏くんを、どうしてもゆりあに渡したくなかったの。だから出来る限りの努力をした」


「──その努力は間違っています。欲しいものを手に入れたいならなぜ、正しい努力をしないのですか?」


 鈴の音のような声で、雪那をさとす美月さん。


説教せっきょうしないで! いきなり出てきたあんたに何が分かるって言うのよ! 最初から夏くんのそばにいたのは私なのに! それを後から来た子に取られるのがどんなにつらいか分からないの?」


 雪那の怒りの声とともに、地面に散らばった蛇帯が恐ろしいほどのスピードで繋がり、俺を取り巻き絞めつける。


「ぐっ!」


──来る。背中に、麻痺毒まひどくの針が。


 背中に神力を流し、まず毒針をはらった。


「もう蛇帯じゃたいの攻撃パターンは分かる! 同じてつなんかむか!」


 神力を食らった蛇帯がゆるんだすきを見計らって神力しんりきを浴びせるが、やはり帯がばらばらになるだけで消滅しない。


「──はらえない?」


「蛇帯は嫉妬の物の怪です。呪詛じゅその主である雪那せつなさんの感情をおさめなければならないかと」


 美月さんが雪那の所へ歩いて行く。


「こっちに来ないでよ!」


「夏輝くんが優しいからと言って、何をしても許されるわけではありません。好きなら尚更なおさらの話です」


 美月さんが雪那にハンカチを差し出した。

 雪那の瞳から、涙が一つ二つとこぼれ落ちていくのが見える。

 いつも強気な雪那だけに、その姿はとても痛々しい。


「ほっといてよ!」


「──ご自身の気持ちに素直になっては? 雪那さんの心が泣いていますよ」


 その手を振り払おうとする雪那の指を、美月さんがそっと両手で包み、ハンカチを握らせた。


「優しくしないで! あんたも夏くんも、ゆりあも嫌い。みんな大嫌い……」


 うっ、と嗚咽おえつらす雪那を、白川ゆりあがそっと抱きしめる。


「雪那の気持ちに気づかなくて本当にごめん。知らなかったとは言え、あたし、雪那を相当傷つけてたよね? でも、雪那だって頑張ってみたらいいじゃない? 『努力次第で運命は変えられる』ってあたしは思ってるから」


 出てきたのは、頑張り屋の白川ゆりあらしい言葉。


 雪那が声を震わせた。


「本当にごめんなさい。謝れば済むレベルの話じゃないってことは分かってるわ。もう私には、夏くんとゆりあのそばにいる資格なんてない」


 雪那のしたことは許されることではないが、──でも。


 俺は、走り出そうとした雪那せつなの手首をつかんだ。


https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330662264321737

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る