#2 得体の知れぬ神

「まったく、気分屋きぶんや天邪鬼あまのじゃくで、ケチでサディストって。あいつの性格って一体どうなってんだろ」


 づきさんが白衣のかたそでをまくると、盆の上にガラス皿とみを片付けていく。


「気を悪くしないでくださいね。巴くん、最近はなつくんのお陰で随分ずいぶん明るくなったんです。何だか昔に戻ったみたいです」


「巴って確か、中学の時に仲間外れにっていたんだったよね。いったい何が原因だったの?」


「原因は、卜部家うらべけ家業かぎょうのことですね。巴くんのおじいさんは凄く腕のいいおがだったんです。昔はよく姫神社にも祭りの手伝いにも来てくれていたそうなんです」


「拝み屋……」


「はい。ご近所からもひんぱんにや薬を頼まれていて。ところが、ある時に卜部家で生まれた子どもが立て続けに亡くなった時期があったらしいんです」


「子どもが?」


「はい。巴くんの兄弟きょうだい従兄弟いとこ達ですね。そこで、『巴くんの家では何か悪いものをまつっていて、子どもを生贄いけにえにしている』といううわさが立って。真偽しんぎのほどはさだかではありませんが、卜部家の敷地内しきちないで子供をさらうものの群れを見たと言う人なんかもいて。それで中学の時にみんなからけられて、学校に来なくなったんです」


「あいつ、意外と苦労してるんだ」


「はい。それで性格が若干じゃっかんひねくれたのかと。だから少しだけ大目に見てあげて欲しいんです」


「若干?」


 色々突っ込みたい部分はあるが、そのくらいにしておいた。


 しらたま達がミーミー騒ぎだした。


 見ると、座布団の上に古びた黒い巾着きんちゃくが一つ置かれている。


 着物のような生地でできたその巾着には、ちょう刺繍ししゅうが入っていて、中には穴のあいた古銭こせんが数枚入っていた。


「何だこれ?」


「ああ、これは巴くんが昔から大切にしているお守り袋ですね。届けなくては」


⛩⛩⛩


 帰ってきた千鶴子ちづこさんと社務所の番を交代し、俺達二人とつづらは卜部家うらべけへ出向くことになった。

 最初から最後まで世話の焼ける奴だ。


 巴の家は、月姫神社から歩いて五分の田園地帯にある。

 地蔵堂を過ぎると黒い屋根瓦の乗った広々とした立派な日本家屋が見えてきた。

 玄関が二つ、左側には広縁ひろえん

 敷地の一角にくらが建っていて、隣に軽トラックがまっている。


「農家?」


「はい。巴くんの叔父さんは農家兼拝み屋でして。お母さんは小学校の先生なんです」


 広々とした前庭には庭石が数個と、樹齢何年くらいなのだろうか、見たこともない大きな木が植えられている。


「こんなに立派な木を敷地内に丸々一本植えられるのがすごいな」


「この木はクスノキだよ。ご神木として神社に植えられていることも多いね」


 つづらが言った。

 木の下には古びた小さなほこらがあり、小さな泉がいていた。


 住居の裏手には畑があり、果樹が数本と、キャベツ等の野菜が植えられている。

 隅の方に赤いチューリップが数本植えられているのはご愛嬌あいきょうか。


「巴くんの家に来るなんて久しぶり……」


 美月さんが言いかけて黙った。


 顔から血の気が引いている彼女の様子に後ろを振り返ってぎょっとする。


――いつからいたのだろう。


 家の陰から、黒い何かがじっとこちらを凝視している。


 どす黒い皮膚、がりがりにやせ細った体、ぎょろぎょろと大きな黄色のまなこ

 一言で言うなら、黒い餓鬼。


 それも一匹だけではなく、十匹近くいた。


 あれらは、卜部家でまつっている神と何か関係があるのだろうか。


 卜部家うらべけ敷地内しきちないを集団で移動する、黒い餓鬼がきのようなもの


 見ただけで、不吉ふきつなものであることは俺にも分かる。


 づきさんをかばって前に立ち、つづらの神力しんりきうすく体にまとわせて威嚇いかくすると、黒餓鬼くろがき達はそれ以上近づいてはこなかった。


「あの物の怪、古い絵巻えまきで見たことがある気がするけど、思い出せないや」


 つづらが言った。


「有名な奴か」


「メジャーどころだと思うけど、何だったっけな。種類が多いんだよ。ものって。全部は覚えられない」


まいったな。もしかして、ともえの家でまつっている悪いものって、あれのことか? 子どもに危害きがいを及ぼすとか言ってたよな」


 少しでも黒餓鬼達の意図をれいのうで読み取ろうと、目を凝らしている様子の美月さん。


「あれが卜部家うらべけ祭神さいじんなのかは、分かりません。けれど、強い憎悪ぞうおしゅうちゃくを感じます」


「もしあれを巴の家でまつっているならやめさせなきゃ。行こう」


「そうですね」


 俺達三人は玄関へと急いだ。


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330654220025260

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