#3 山風蠱(さんぷうこ)

 ⛩⛩⛩


「わざわざごめんね。届けてくれてありがとう」


 ちょう刺繍ししゅう巾着きんちゃくを受け取ったともえは、先ほどのつきひめ神社じんじゃでの傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりは何処どこへやら、驚くほど素直だった。


「三人とも、広間ひろまでちょっと待ってて」


 俺達を黒光くろびかりする太いはりのある立派な広間に案内すると、居間の方へ姿を消す巴。


 高い天井てんじょうを見上げながら囲炉裏いろりの前でそわそわと待っていると、巴がぼんに山盛りのいちご大福だいふく玉露ぎょくろを出してくれた。


「これはもしや、宵待堂よいまちどうの苺大福では? 上の六つはあんこ入り、下の六つはあんこ無しですね」


「いや。何で分かるの、あんこの有り無しが。普通分からないでしょ」


 若干じゃっかんいている俺の隣では、づきさんが目を輝かせていた。


 どうにもつきひめ神社じんじゃ巫女みこ様は、中にあんこが入っているかどうかもれい能力のうりょくで分かるようだ。


「巴。いいのか、いただいても」


「ああ。もらいものだよ。美味おいしいから食べてみたら」


 巴が言った。


「いただきます」


 隣で幸せそうな顔をしていちご大福だいふく頬張ほおばる美月さんに、本当に美味しそうに食べるなぁと感心する俺。


 あんこのずっしりとした甘みと、苺のさわやかさや酸味さんみもちのやわらかさの相性の良さは筆舌ひつぜつに尽くしがたい。


 それにしても、先ほど見た黒餓鬼くろがきの話をどう切り出そうか迷いつつ、もう一度室内を見回す。


 巴の家はとても立派だが、全体が暗くかげっている。人の気配はなく、殺風景さっぷうけい寒々さむざむしい。


 柱時計の振り子の音が、やけに大きく感じられる。


 立派な家だが、一人だと時間を持て余しそうだ。もしかすると、こいつは寂しいから月姫神社に遊びに来ているのかも知れないと俺は思った。


「巴って、こんなに広い家に住んでるのか。おぼっちゃまなんだな」


「坊ちゃまも何も、田舎いなか農家のうかってこんな感じだよ。あいにく母は仕事だし、叔父おじも夜まで帰ってこない」

 

 俺はさっきから気になっていたことを聞いた。


「ところで、さっきの守り袋のことだけど。昔の貨幣かへいなんか持ち歩いてどうするんだ」


せんえきと言って、占いに使うのさ。こうやって」


 巴が蝶の紋の入った守り袋から古銭こせんを取り出すと、手の中に入れてちゃりちゃりと音を立ててりはじめる。


「古銭三枚を手の中に入れて、こうやって占いたいこと……例えば今日の運勢うんせいなんかを念じながらよく振って」


 巴が慣れた様子で古銭を下から順に三枚並べた。


「古銭の表をよう、裏をいんと考え、三枚のうち多い方がどちらかで判断する。これを繰り返して……よう陰陰いんいんようよういん


――巴の顔色が変わった。目つきがけわしくなっている。俺は、そのわずかな表情の変化を見逃みのがさなかった。


 手のひらの古銭こせんきびしい表情で一瞥いちべつする巴にたずねる。


「どうしたんだ」


「──このは、『山風さんぷう』」


「どういう意味なんですか?」


 美月さんも身を乗り出す。


「虫がいてくさっている状態が一掃いっそうされる『転換てんかん時機じき』――だってさ」


 決して悪い結果ではないように思えるが、巴のあの顔はただごとではなさそうだった。


 突然、しずまり返った居間の方からジリジリと黒電話くろでんわが鳴り、俺と美月さんはぎょっとして身を震わせた。


 巴が居間へ電話を取りに行った。

 月姫神社でおはらいの予約電話を取るようになってからは、黒電話にもいくらか慣れたが、やはり突然電話のベルが鳴るとおどろいてしまう。

 

 巴が誰かと話している声が聞こえてくる。


「うん。確かに『山風蠱さんぷうこ』だった。ああ、今夜だね。分かった。大丈夫、ユメミサマのおそなえは準備してあるよ」


 所々聞こえてくる『ユメミサマ』という単語に、俺達は耳を研ぎ澄ませていた。


「美月さん。ユメミサマ、って何か知ってる?」


「聞いたことがありません。思い当たるとすれば、さっきの黒い餓鬼がきのような物の怪でしょうか」


「いやしかし、あのビジュアルでユメミサマっていう乙女おとめチックな名前はさすがにありえなくない?」


「ですが」


 俺達は声をひそめて話していた。巴はまだ電話の最中だ。相手は母親か叔父だろう。


「ああ。今来てるのはみーちゃんとなつって奴。うん。そうなった時は、広間ひろまから出ないようにしてもらえばいいんだね」


「巴くんの様子、さっきからおかしいですし、会話も何か違和感いわかんを感じませんか」


 美月さんが心配そうに言った。


「うん。天邪鬼あまのじゃくなあいつにしては、めずらしく態度たいどが素直だった」


「巴くんが話していたのは、『ユメミサマのお供えを準備しておく』『私達に広間から出ないようにしてもらう』」


「ああ。そして、俺達にいちご大福だいふくを山盛りにふるまってくれた。あのケチな巴が、だぜ」


 良からぬ想像そうぞうが浮かんできて、背筋が粟立あわだった。

 美月さんも同じことに気づいたようで、青ざめている。


 卜部家で祀られている神は、子どもに危害を及ぼす。


 先ほど美月さんから聞いた、不穏ふおんうわさ黒餓鬼くろがき異様いような姿が脳裏のうりをよぎる。

 俺はおそおそるその考えを口にした。


「もしかして、『ユメミサマへのおそなえ』って俺達おれたちの事だったらどうする?」

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