#4 ユメミサマと生贄

  づきさんの顔に、不安のかげりが見える。


「しかし、巴くんが友人である私達を生贄いけにえなんかにするでしょうか」


「いや。奴ならやりかねない。俺達をいちご大福だいふくで太らせて邪神じゃしんに食わせようとしている」


 俺はわざと大真面目おおまじめな表情を作った。


「もう。なつくん。ふざけないでください」


「ごめん」


 冗談を言っているのに気づいた様子の美月さんがほおふくらませたが、そうでも言わなければ、俺はこの広間のうすさむさにえられなかった。


「ユメミサマか。民間みんかん信仰しんこうの神様かな」


 つづらが言った。


「民間信仰?」


「トモエの家は、陰陽道おんみょうどうや仏教、古神道こしんとう民間みんかん信仰しんこう、色々な神仏しんぶつの力を借りて仕事をしている。その中にボク達の知らない神様かみさまがいてもおかしくはない。ユメミサマが何者なのか見極めなきゃね」


 美月さんが言葉をぐ。


「先ほどの話に戻りますが、巴くんは中学の時に良からぬものをまつっているうわさを立てられていじめにっています。うまくかないと傷つけてしまうかも知れません」


「確かにそうだ」


「三人ともどうかしたの」


 声がして振り向くと、巴が後ろに立っていたので、心臓が飛び出るかと思うくらいびっくりした。


「うわっ! で、出た」


「何だよ、人を幽霊ゆうれいみたいに」


「と、巴くん。ところで最近、悩んでいることはありませんか。例えば、おうちの仕事のこととかで」


 美月さんがあわてた様子で尋ねた。話題をユメミサマへ持っていくつもりのようだ。


「悩み? 特にないけど。何で急にそんなことを聞くのかい」


「ええと。そ、それは」


 美月さんが口籠くちごもってしまったので、俺が続ける。


「ほ、ほら。さっきさ、お前が電話で夢見ゆめみがどうこう話しているのが聞こえてきたから、悪い夢でも見たんじゃないかって心配してたんだよ」


悪夢あくむなんて別に見ちゃいないけど」


「そうか。それなら良かった。なんか困ったことあったら遠慮えんりょなく俺達に相談してくれよな」


「変な二人」


 巴が怪訝けげんそうな顔をしたが、すぐに身をひるがえす。


「ちょっとここで待ってて、すぐに戻るから」


「え? わ、分かった」


「――『決してこの広間から外に出ないでね』」


 巴の言葉に、こおりつく俺達三人。


 巴が、おくへ入っていく。板戸の隙間から蝋燭ろうそくの明かりがゆらめいているのが、一瞬いっしゅん見えた。


 目をらしたが、巴が素早く戸を閉めてしまい、すぐに見えなくなってしまった。


「あの部屋は何?」


「確かあの奥の間には、祭壇さいだんがあるんです。昔、巴くんの家でかくれんぼしている時に子どもたちだけで奥の間に入って、巴くんの叔父おじさまから叱られた記憶きおくがあります」


 あの部屋へやにユメミサマがいるのだろうか。


 美月さんが身を震わせた。


「何か良くないものが、近くに来たようです」


 美月さんが言い終わると同時に、紫色に輝く薄い糸が広間に張りめぐらされてゆくのが見える。


「まずいね。この広間と、家の周囲に結界けっかいが張られたみたい。帰れなくなっちゃったかも」


 つづらが這って、すぐそばの硝子がらすを見に行った。俺も慌ててついてゆく。


「結界って、巴が張ったのか?」


 試しに扉に手をかけてみると、かぎの部分に呪詛じゅそがかかっているようで開かない。


 いよいよ俺達はユメミサマへの生贄いけにえになってしまうのだろうか。


 美月さんが居間の方へと走り、戻ってきた。


「ダメです。居間への入り口も開きません。異様いような気配が玄関の方からただよってくるので、上から見てきます」


 美月さんが、広間の奥にある階段状に積んである立派な木製の箪笥たんすの上に大胆だいたんに足をかけた。


「何これ? 階段? 箪笥たんす?」


階段かいだん箪笥たんすですね。箪笥たんすを階段代わりにしてスペースを節約しているんです。巴くんの家の場合はスペースを節約する必要がないので、どちらかと言えば装飾的そうしょくてき意味合いみあいかも知れません」


 階段箪笥を登る美月さんの後ろに続く。

 足元がきしむかと思いきや、意外と盤石ばんじゃくで安定感があった。


「へえ。確かに合理的だ」


 この非常事態にそんなことを感心している場合ではないが、階段箪笥の最上段にのぼると、天井に頭をぶつけてしまいそうになった。


「あちらを」


 美月さんが欄間らんまを指さすので上から覗いてみると、先ほどの黒餓鬼くろがきが数を増やして、廊下ろうかをぐるぐると歩き回っている。


 何かを探し回っているようだ。手に金槌かなづちを持ち、屋敷のあちこちを叩いて回っている。


 そのうち一匹が何かをぎつけたのか、俺達のいる広間の扉を金槌で叩きはじめた。

 あっという間に数十匹が群がり、一斉に扉を叩きはじめる。

 まるでゾンビ映画のワンシーンのように。


 いかに結界けっかいが張られているとは言え、あれだけの数が相手ではやぶられるのは時間の問題だろう。


──俺達おれたちは、逃げるか戦うかの判断はんだんせまられていた。

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