#3 歪む真実

 万引まんびきの現場を目撃してしまい、身がすくむ。

 見たことを無かったことにしてしまいたいとも思うけれど、お店の人が仕入れてきた大切な商品をられるのを、だまって見過みすごすわけにはいかない。


「俺、注意してくる」


らぬトラブルに巻き込まれるかも知れませんから、まずはお店の方にお伝えした方が良いのでは?」


 俺と美月さんがひそひそ話していると、万引き女が再びバッグから盗んだイヤリングを取り出して、涼しい顔で売り場へ戻すのが見えた。


 なぜ盗んだ品を元の場所へ戻したのだろうか。

 全く意味が分からなかった。


 女が俺達の隣までつかつかと歩いてきた。

 そのまま、品を次々と手に持っては思案しあんするような素振そぶりを見せては、売り場へ戻す。

 女との距離きょりわずか三十センチくらいまでせまり、俺の隣で美月さんがさらに身を固くしたのを感じる。


 目をらさずに警戒けいかいしていると、俺の横に来た万引き女がまた新しい品を手に取り、呼吸こきゅうでもするかのようにバッグの中に落とすのが見えた。


 それは、あろうことか美月さんにプレゼントする予定のムーンストーンのネックレスだった。


 そして、俺の視線しせんに気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。


──目が合った。


 長い前髪の隙間すきまからのぞく、ぎょろりとした目。

 一瞬、恐怖きょうふで身がすくんで動けなかった。


 刹那せつな、身をひるがえして足早に店のドアを開けて出ていく万引き女。


「追いかけなきゃ」


「私、お店の人を呼んできます。夏輝くんは先に行っていてください」


「分かった。お願いするよ」


 美月さんが真剣しんけんな表情でうなずく。


 ドアを開けて店を出ると、万引き女が自転車に乗る所だった。


「待て!」


 俺が走り出すと同時に、女が自転車を立ちぎしてスピードを加速かそくしてゆく。


 桜町の入り組んだ路地ろじを右に左にと器用きように曲がり、俺を翻弄ほんろうする。


 こちらの追跡ついせきの速度が落ち、だんだんと深い呼吸ができなくなってくる。肩の上のつづらが心配そうに首をもたげる。


「ナツキ、大丈夫かい。少し息が上がってきているけど」


「大丈夫だ。俺は体育たいいく教師きょうしからオリンピック出場を打診だしんされた男……」


 つづらからの返答はなかった。


⛩⛩⛩


 昨日アプリで見た桜町の地図と、ショップ前にあった道路どうろ工事こうじ案内あんない看板かんばんの情報を思い出す。

 確か、左へ行くと工事の迂回うかいに出るはずだ。


 少し先回りするようにして迂回うかいに追い詰めれば、その道はアクセサリーショップへ戻る道へつながる。


 俺はスピードを上げ、右折させないようにわざと女の右側におどり出た。

 女が俺の思惑おもわくどおりにハンドルを左に切り、小路しょうじを突き進む。


 薄暗うすぐらい小路にはあやしげな一つ目のもの達が一面にひしめいていたが、俺がつづらの神力しんりきを全身に薄くまとわせると、まぶしそうにあわててけた。


──計算通り、迂回路に出た。アクセサリーショップは目の前だ。

 ここなら狭いし、他に通行人がいるからスピードも出せまい。


 最後の抵抗ていこうだろうか、女が自転車を捨てて迂回路を走り出した。


「待てっ!」


 行きかう通行人が、ぎょっとした目で俺達を見る。


 その時、女が迂回うかいを歩いていたサラリーマンにすがりつくようにして助けを求めた。


「助けてください。私、この人におそわれそうになって」


 サラリーマンが、俺と女を交互こうごに見る。俺は動揺する気持ちを抑えつつ言った。


「え? 違いますよ! その女性がお店の品物を万引まんびきして……」


うそです。彼がいきなり私を追いかけてきたんです」


 卑怯ひきょうにも女の武器を使って俺にぎぬを着せ、必死の様相ようそう窮状きゅうじょううったえる女。


 重苦しい長い髪の合間から現れた女の醜悪しゅうあくな顔に、俺はげんなりした。


 一億円あげるから私をおそってくださいと言われても、つつしんで辞退じたいさせていただきたい所だ。


「あの高校生を捕まえろ! 誰か、警察に連絡してください」


 俺の言葉には耳すら貸さず、女に加勢かせいし始めるサラリーマン。


 これは厄介やっかいなことになった。

 いきなり立場が逆転してしまい、苦境くきょうに立たされる。


 その時、目の前のアクセサリーショップから、づきさんが出てきた。


 続いて、パーマがかった髪に、細身のジャケットを着た男性も出てくる。店長と認識にんしきするまで数秒かかった。


 店長が万引き女を指さして叫んだ。


「その女性がうちの店の品物を万引きしました。こちらの彼女とそこにいる彼が目撃者もくげきしゃです」


「何だって」


 店主の言葉に、サラリーマンが加勢かせいしてくれ、俺と美月さんと店主の四人で女を取り押さえた。

 あっという間に人だかりができた。


「私はやっていないっ」


 あばれる女の腕からバッグがすべり落ちた。


 中から転がり落ちてきたのは、あのムーンストーンのネックレス。


まぎれもなくうちの品物です」


「違うんです。誰かが私のバッグに、これを入れたんです。私はめられたんです」


 まだしらを切り通そうとする女に、完全に頭に来た俺は大声で言った。


「この品物は、お店の人がお金を払って苦労して仕入れてきたものだ。あんたのやっていることは窃盗せっとうだ」


「違います。これは誰かの陰謀いんぼうなんです。私のせいじゃないです。そう言うなら証拠しょうこを出してください」


 どれだけ言っても悪びれもせず、誰かのせいにして罪を認めようとしない女。


「どっちの主張が正しいんだ?」


ぎぬか?」


 俺達を取り囲む野次やじうまからそんな声がれ聞こえてくる。


 女の真顔まがおの主張を聞いているだけで、自信がゆらいでいく。


──さっき目撃した光景は錯覚さっかくで、この女は本当はやっていないのかも知れないとさえ思うほどに。

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