#4 儚(はかな)くも美しく
その時、美月さんが女のブラウスの袖をそっと引き上げた。
「うっ」
――その
野次馬達から悲鳴が漏れた。
俺はすぐさま右手を構え、つづらの
「この女性の腕に貼りついている目は、
美月さんが静かに告げた。
「私は盗っていないっ! バッグに入れた後は、いつもちゃんと戻している!」
女が訳の分からないことを叫び、髪を振り乱して暴れた。
「よくもみんなの前で
女が店主とサラリーマンを振り払った。
「きゃっ!」
俺は迷わず美月さんの前に出て、ぶつかってくる女の衝撃を右肩で受け止めた。
「うっ……痛って……」
ずしりと来る痛みに、右肩を押さえる。
勢いよくぶち当たってきた女の体は、骨ばっていてとても痛かった。
「
「……大丈夫だよ。俺のことは気にしないで」
美月さんがすまなさそうに俺に頭を下げると、女の方に向き直った。
「いったん盗んだ品物を、何事もなかったかのように元に戻したとしても、あなたのやった事は消えません。その腕に貼りついてしまった『目』と同じです」
美月さんの言葉に、女は抵抗するのをやめ、
その腕に貼りついた物の怪が、盗みに対する
俺は、神力の宿る右手を静かに下ろした。
⛩⛩⛩
パトカーが来て、
「
見物客が引き上げていく中、
「もう痛くないから大丈夫」
「そうだ。ネックレスは?」
空に浮かぶ月のようだったムーンストーンには大きくひびが入り、二つに割れてしまっていた。
あの美しさは、とても
「ごめん美月さん。つづらの言う通り、あの時俺がすぐに
「いいんですよ。それよりも、夏輝くんが無事で良かったです。……その方がずっと大事です」
その優しさが胸に沁みて来て、有難さとこれ以上心配をかけたくない気持ちの両方が入り混じった。
⛩⛩⛩
「どうもありがとうございました。開店した日からあの女性を毎日見かけていましてね」
アクセサリーショップの店主が俺達に頭を下げた。
「しかし、特に物がなくなった
「いえ。
「あのネックレスをお礼に差し上げたかったのですが、あいにく
店主がそう言ってくれた。
店の中にはたくさんのアクセサリーや小物が
しかし、あのネックレスを
「あ……これ!
美月さんがはしゃいだ声を上げる。
彼女の指さす先には、
しかも価格も三百円とあまりにもリーズナブルだ。
「美月さん、本当にこれでいいの? ちょっと、いや。かなり
あまりにムーンストーンのネックレスとのギャップがありすぎるので、俺は小声で何度も美月さんに確認した。
「これがいいです。可愛いです」
「じゃ、これをください」
「彼氏さんはどれになさいますか? 男性用の小物はあちらの列にありますが」
彼氏と言われて
「いえ、俺も同じもので。お金はここに置きます」
「お代は要らないですよ」
「いえ、お気持ちは
⛩⛩⛩
美月さんが変なキーホルダーを手に持って、
「夏輝くん、有難うございます。ふふっ、
「喜んでもらえたなら良かった」
「さて、どこに付けましょうか? あ、ここにしますね」
美月さんが立ち止まり、変なキーホルダーを大切そうに鞄に付けた。
俺も、キーホルダーをリュックの奥へ大切にしまい込んだ。
時々取り出して
──そう言えば俺は、いつかは常世に戻らなければならないのだった。
最初は帰りたくて
今だけは、その現実を忘れてしまおうと思った。
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