#2 月のネックレス

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──何だろう、このもやもやした気持ちは。


 周囲を気遣きづか気立きだての良さ。

 普段の可憐かれんさと、まいの時のりんとした表情とのギャップ。


 美月さんの良さを他の誰かも知っているという嬉しさと、自分だけが知っているはずの彼女の魅力みりょくを他の誰にも知られたくないという複雑ふくざつな思いが俺の中で入り混じる。


 づきさんがみんなから好かれるというのは友人として嬉しい事のはずなのに、なぜか心から喜べない狭量きょうりょうな俺。


 苛々いらいらしながらグラウンドの砂をひたすら運動靴のつま先でかき混ぜていると、巴が呑気のんきな調子で話しかけてきた。


「みーちゃん、意外と人気あるんだねぇ。後でからかってやろ。あれ、なつ。どうした?」


「何でもない」


「なんだよ、変な顔して。まぁ顔が変なのはいつもの事か。あはは……ぐあっ!」


 俺は後ろから巴の肩に両腕を回し、全体重をかけてやった。


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 学校が終わり、俺と美月さんは地蔵堂じぞうどうの前で巴と別れた。


「今日はおばあちゃんが社務所しゃむしょめてくれているので、ゆっくりできますね」


 風になびく髪を押さえながら、つづらを抱いて微笑む美月さんを、俺は意を決して誘う。


「もし良かったら、ちょっと寄りたい所があるんだけど。一緒にどうかな」


 少し驚いた風に、こちらを見る美月さん。


「いいですけど、それなら巴くんをもう一度呼んできましょうか?」


「いや。やつを呼ぶのはまた別の機会にしよう」


「ですが、私達だけで遊びにいったら巴くんがねませんか?」


「いや。今から行く場所は、巴はあまり興味きょうみを示さないと思うから」


「そうなんですか」


 美月さんが巴のことをひどく気にしているが、俺と出かけるのがもしかすると嫌なのだろうか。

 あるいは、俺なんかよりも巴と一緒に出掛けたいとか? 


 俺は複雑ふくざつな思いを胸に、美月さんとつづらを連れて桜町さくらまちを目指した。


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 アンティーク調ちょうかがみの前に、はなやかなかみめやリボン、指輪ゆびわにネックレス類が所狭ところせましと並んでいる。

 店内は若い女性でひしめいていた。


「わぁ……あれもこれも綺麗きれいです。なつくん、よくこんな素敵すてきなお店を知ってましたね」


「うん。この間みんなで桜町神社に行った帰りに、このお店の前を通りかかったでしょ。それでちょっと調べてたんだ」


「私は全然気づきませんでした。マメなんですね」


「いや。俺も綺麗きれいなものを見るのは好きな方だし」


 づきさんに尊敬そんけい眼差まなざしで見つめられ、俺は頭をいた。


 『浪漫屋ろまんや』と書かれたお店の看板かんばんが少し地味なので表通りからは目立ちにくいが、先日通りがかった時にアクセサリーショップがオープンしていたのを俺は見逃みのがしていなかった。


 今日は店の近くで道路工事をしていたため道順が分かりづらかったが、たどり着けたので良しとしよう。


 今日は美月さんにこの店で何かプレゼントをして、ついでに近くの甘味処かんみどころであんみつでもご馳走ちそうしようと俺はひそかに作戦を立てていたのだった。


 それはあくまで、普段からお世話になっていることへのお礼の意味であって、決してクラスメート達を出し抜こうとしているわけではないと、自分に言い聞かせながら。


 陳列ちんれつされたアクセサリーの中でふと目にまったのが、白い一粒石の付いた上品な銀のネックレスだった。


 まるで空に浮かぶ静謐せいひつな月のような、神秘的しんぴてきな青いきらめきをまとった白い石。

『ムーンストーン』と書かれている。


──月の石。

 他のきらびやかなアクセサリーにはない、静かな輝きを俺は見逃さなかった。


「これ、美月さんに似合うんじゃないかな?」


「すごく綺麗きれい。そういえば小さい頃、空に浮かぶお月様がどうしても欲しくて、父を困らせたことがありました」


 美月さんの表情がふっとゆるみ、なつかしげな表情でネックレスを見つめている。


 よし決めた。俺は美月さんに月をプレゼントしよう。


「もし良かったら、俺がお金を出そうか? 美月さんにはいつもお世話になっているし」


 重いと思われないよう、俺はできる限り言葉を選んで言った。


「え?」


 俺の申し出に、目を丸くする美月さん。

 まさか、引かれてしまったのか?


「い、いや、その! 俺が現世ここで何とかやっていられるのも美月さんが助けてくれたお陰だし、美月さんのお陰で巴とも仲良くなれたし、深い意味は特にないけれどその……」


「ナツキ。いまさら何の説明かい? の言ってないで、さっさとプレゼントしなよ。大体キミは決断けつだんするのが遅いから、いつも大事なチャンスをのがすんだよ」


 つづらがあきれた様子で何か言っているが、女子にプレゼントをおくるのが初めての俺は、すっかり緊張きんちょうで舞い上がってしまい、つづらの言葉も上の空だった。


「いいんですか? 有難うございます」


 美月さんは驚いた様子だったが、やがてうつむくと、俺のそばに静かに身を寄せた。

 そのまま、俺の制服の腕にそっと細い指をからめてくる。

 なぜか大胆な美月さんに、俺の心臓が早鐘はやがねを打ちはじめる。


──ああ、何という僥倖ぎょうこう

 呼吸さえ止まってしまいそうだ。

 

 俺にぴったりとくっついた美月さんが声のトーンを落とし、向こう側を小さく指でさした。


「夏輝くん。あちらを」


 美月さんの視線の先には、花柄はながらのフリルワンピースを着た、長い髪の四十歳くらいの女がいた。

 ワンピースは物凄く少女しょうじょ趣味しゅみなのに、髪はくしが入っていない様子で乱れており、どこか異様いような存在感を放っている。


 女がイヤリングをあれこれと手にとっては、品定しなさだめをするかのように首をかしげたかと思うと、素早くバッグの中にすべり込ませるのが見えた。


──万引まんびき?


 俺の心臓が、どきりと鳴った。

 まさか、犯罪の現場を直接見てしまうとは。


 美月さんが俺の側に身を寄せたのは、俺に好意がある云々うんぬんではなく、単にこの女が怖かったからなのだと理解した。

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