第4章 月の輝きを追いかけて

#1 臨時収入

「ナツキ。さっきから何をかたまってるのさ?」


 自室で祝儀しゅうぎぶくろの中身を見てフリーズ状態になっている俺に、つづらがいてきた。


小桜山こざくらやま神社じんじゃ奉仕料ほうしりょうなんだけど、本当にいただいて良かったのかなと思ってさ。俺、荷物持ちくらいしかしてないのに」


「別にいいんじゃない? キミとミヅキはかんおう皇子おうじのイタズラを止めたんだし、奉仕料ほうしりょうもスクネがもらっていいって言ったんだからさ」


「では有難ありがた頂戴ちょうだいするとして。……つづら、せっかくだから二人で美味しいものでも食べないか?」


「ボクの事はいいから、ナツキが欲しいものを買いなよ。現世うつしよに来てからお金使ってないでしょ?」


「そういえばそうだ」


 ふと思いついてスマホを取り出し、地図アプリを立ち上げる。

 電波がつながっていないから単なる地図にしか過ぎないが、地形や道路の位置は常世とこよ現世うつしよ大差たいさないので、少しは使える。


「ナツキ。地図なんか見てどうするのかい」


「うん。確か、桜町さくらまち神社じんじゃの近くにさ……」


 俺は青く光る画面を見つめながら、しきりに指で地図をスクロールしていた。


⛩⛩⛩


 その日の体育の授業は、俺のとく意中いちゅうの得意である、百メートル走だった。


 笛が鳴った。


 俺はスタートダッシュの瞬間しゅんかんから、いきなり同級生五人を抜いて引き離した。

 その後は一切の追随ついずいを許さず、風と同化どうかしてひた走る。

 ゴールをけると、ストップウォッチを持った先生が目を丸くした。


「十秒二三? 鳳凰ほうおう高校こうこうはじまって以来いらい新記録しんきろくだ」


 先生の言葉に、拍手が鳴った。周りにいた男子達がどよめく。


瀬戸せとの奴、一体どうなってんの?」


韋駄天いだてんかよ」


「キャー瀬戸くーん!」


 プール近くで待機している女子達からの黄色い声に、俺はれつつ少しだけ手を振った。

 体操服姿のづきさんが、静かにこちらを見ている。


なつ。まさか、神力しんりき使ってズルしてるんじゃないだろうね?」


 クラスメート達の中でただ一人、疑念の目を向けてくる巴。


「失礼だな。俺、常世あっちにいた時から足は速かったんだよ」


「ふーん。足だけは運の悪さに引っ張られていないという訳ねぇ」


 俺と巴が雑談ざつだんしていると、あわてて走ってきた先生が突然とつぜん俺の両手をつかんだ。


「瀬戸。国体に……いや、オリンピックに出てみないか」


「いや。いいです俺は。っていうか、オリンピック出場って先生の一存いちぞんで決められる問題じゃないですよね?」


「どうしてだ。お前なら世界を目指せるだけの実力があるのに」


「いや、家の仕事が……」


 先生のもうアプローチに困惑こんわくした俺が遠くに目をやると、プール側で女子の百メートル走が始まったのが見えた。


 短髪をなびかせて駆け抜けていくのは、クラスメイトの般若はんにゃあかりだ。

 俺の三列前では男子生徒が雑談ざつだんしていた。


「般若ってさぁ、スタイルいいよな。ボーイッシュな所がまた何とも」


「そうかな。確かに般若は美形だと思うけど、おれはどちらかというと二組の幽浅ゆあさの方が好み。おじょうさまっぽいし」


「前田は幽浅派かー。俺は蓬莱ほうらいが一番かわいいと思うんだけど。ひょっとすると、小手川こてがわ先輩にも勝てるんじゃないかと思ってる」


 急に、美月さんの名前が出てきたので俺はどきりとした。


小手川こてがわ先輩にてるって、相手はミス鳳凰ほうおう高校こうこうだぜ。それはさすがに評価ひょうか高すぎじゃないか?」


「いや。よく見ろよ。彼女は目立たないけど、学年ベストスリーに入るぐらいの美貌びぼうだぞ。大和やまと撫子なでしこしゃべりすぎないところが神秘的しんぴてきというか、かえって色々な想像そうぞうをかきたてるんだよ」


 それはすごく分かる。しきりに心の中でうなずく俺。


「それに彼女、去年の秋祭あきまつりで神楽かぐらを舞っていたんだけど、かぐや姫かと思うぐらいに綺麗きれいだったんだぜ。確かあの時はえわたるような満月で」


「え? あの時の舞姫まいひめって、蓬莱ほうらいだったのかよ。普段と違いすぎて全然分からなかった」


──何だって? 

 四月に現世ここに来たばかりの俺は、そのかぐや姫とやらにお目にかかれていないのだが。


 日頃から研鑽けんさんおこたらない美月さんのことだ。


 天女てんにょかと見まがうほどの素晴らしい舞だったに違いない。


 俺だけがそれを知らない事が、何故なぜだか非常にやまれてならない。


 そんな美月さんと言えば、自分が話題になっているとも知らない様子で、白い体操服に紺色のショートパンツ姿でスタートラインに立っていた。


 笛が鳴った。後ろで一つにまとめた長い髪をなびかせ、真剣な表情で走り出す彼女。

 前にいる男子三人が、疾走しっそうする美月さんに見とれているのが分かる。


「今まで何とも思わなかったけど、蓬莱って確かにいいかも。ねらってる奴いるのかなぁ」


「まだだれもマークしてないんじゃないか? いつも一人だし、たまに一緒いっしょにつるんでいるのがイケメン転校生てんこうせいと長髪の変人君だろ。彼氏ってわけじゃないみたいだし」


 俺と巴がすぐ後ろにいると言うのに、余計なお世話だ。


 突如とつじょ殺気さっきを感じてとなりを見ると、巴がまさに術を発動はつどうせんとしていた。巴の周囲に紫色の炎のような気が巻き上がるのが見える。


「この僕を変人呼ばわりするとは命知らずな……あんたりをん、そくめつそく……」


「わーっ! 落ち着け、巴! 学校で陰陽術おんみょうじゅつ使うのはやめろよ」


 その後、先生も加わって数人がかりで巴を落ち着かせたのだが、それはもう大変だった。


表紙

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