#10 繋がれる命

 かんおう皇子おうじ翻弄ほんろうされた献花けんかさい無事ぶじわった。


 皆でタクシーに乗りこむと、無事につとめを果たしたという達成感たっせいかんで心が満ち足りた。


 たんなる物持もつもちの俺だったが、少しでも役に立てて良かった。


 高揚感こうようかんに包まれながら、タクシーに揺られる。


ともえってさ、どうして学校来ないの」


「あんな所へ行くと、体調が悪くなるからだよ。周りの奴らなんてくだらないし」


「巴が来てくれたら、毎日楽しいのに」


「嫌だね。僕は絶対に行かない」


 地雷を踏んだらしく、それから巴が口を閉ざしてしまい、車内が気まずくなってしまった。


 巴がタクシーから降りるときに「今日はありがとう。また明日」と声をかけたが、振り返らずに行ってしまった。


 後部座席で美月さんが言った。


「巴くん、中学の時にクラスで仲間から外されて、それから学校に来なくなってしまったんです。いえ、『外された』というのは語弊ごへいがあるかも知れません」


「語弊?」


「はい。あれは、差別さべつと言ってしまってもいいのかも知れません」


 差別という言葉に引っかかりを覚えたが、美月さんの言葉を聞いて心の中に重い灰色のおりが降り積もる。

 それ以上は踏み込んではいけない気がした。


 そのおりを深いため息とともに吐き出そうとするが、うまくいかない。

 余計な一言を言ってしまった罪悪感ざいあくかんで、自分を責めたくなった。


「そうだったんだ。また俺、巴をきずつけちゃったのか」


「でも、巴くんが学校に来なくなって寂しい思いをしていたのは私もなんです」


 美月さんがうつむいて、ため息をついた。

 助手席から見るその表情はバックミラー越しにはよく見えなかったが、たぶん泣きそうな顔をしていたんだろうと思う。


⛩⛩⛩


 翌日の教室。

 登校してきた巴に、美月さんが声をかけた。


「おはようございます。──巴くん、今日は式神じゃないんですね」


 よう、と手を上げると、巴もああ、と手を上げた。


「昨日はごめん。でも、本当に来てくれたんだな」


「──ああ。君があんまりしつこいから、仕方なく来た」


 巴がぷいと窓の外を見やる。

 美月さんが嬉しそうにくすくす笑った。


⛩⛩⛩


 桜町神社のわか宮司ぐうじ、桜町裕司さんから俺達が招待を受けたのは、その数日後のことだった。


 境内に置かれた縁台えんだいには赤い毛氈もうせんかれ、和傘がかかっている。座って待っていると、裕司さんが現れた。


「君達、先日はどうも有難うございました。お抹茶まっちゃと一緒にどうぞ」


 抹茶に添えられたのは、一口サイズのあんころ餅。


 餅の外側が甘いこしあんでくるまれている。

 予想していたほどの甘ったるさはなく、熱い抹茶の苦みと共に口の中で爽やかに溶けていく感じだ。


「お抹茶のほろ苦さとこしあんの上品さがあいまって、何とも! お抹茶の泡があんこの美味しさを引き立てるのに良いお仕事をしています!」 


 隣では、美月さんがグルメリポーターとしていた。

 ってか、どれだけあんこ好きなんだよ。


 あんころ餅をいただいた後に、裕司さんが植木鉢を持ってきた。


 みずみずしい桜の若木が植えられている。

 えるような若い葉から、あふれんばかりの生命力が感じられる。


「例の桜のご神木を、にしたんですよ。もう少し大きくなったら境内に植えようと思っています」


 ご神木から、小さい冠桜皇子が出てきた。五、六歳くらいの子どもの姿だ。


「か、可愛いです!」


 美月さんが興奮している。

 巴が青い顔で冠桜皇子からするすると離れて距離を取る。


「あれ、冠桜皇子って、田んぼの神様になったんじゃなかったんじゃありませんでした?」


「『分霊わけみたま』と言ってね。神様は分身できるんですよ」


 裕司さんが桜の葉を優しく撫でた。


「じゃあ、これで小桜山こざくらやまの桜たちの命を繋ぐことができますね」


「そうだね」


 裕司さんがうなずく姿を見て思わず胸を撫でおろした時、小さな冠桜皇子がとんでもない事を言い出した。


「おいそこの三人。私と遊べ。そして私をたたえよ」


 胸を張って命令するかんおう皇子おうじに、俺は思わず目をしばたたかせた。


「え。先日遊んだばかりだよね? その時にめちゃくちゃめちぎったよね?」


「足りぬ。裕司ゆうじは遊びが下手だ。真面目まじめすぎる。だからお前達、もっともっと私と遊べ。じゃないとまた体をもらうぞ」


「まさか。あれだけお相手してご満足いただけなかったとは……」


 遊びが下手と言われ、ショックを受ける裕司さん。


 俺は巴の肩に腕を回してぐいと引き寄せ、耳元でささやいた。


「おいともえしきがみを出してくれ。こういう時のために式神は存在する!」


「あーあ。山の守り神をたばかろうなんて、バチ当たりだななつも」


 巴から初めて名前で呼ばれたのをうれしく感じつつ、俺は言葉を返す。


「だってさ、この間みたいに命がけの子守こもりができるか? 俺には無理だよ」


「巴くん、ぜひともお願いします」


 美月さんも小さく手を合わせる。


「はいはい。出しゃいいんでしょ。……ああっ、冠桜皇子様の後ろに百人一首ひゃくにんいっしゅを持ったアウストラロピテクスがあっ!」


 巴がわけのわからないことを叫んで向こう側を指さした。


 冠桜皇子が振り返っているすきに、巴が制服のポケットから紙の人形ひとがた四体よんたい出してまじないをかける。


 指先から滑り出した人形ひとがたがあっという間に俺達四人の姿になるのを見計らい、素早すばや植栽しょくさいの陰に隠れて逃げる。


「よし、かくれんぼだ。鬼を決めるぞ。じゃーん、けーん……」


 冠桜皇子がじゃんけんを繰り出した瞬間、俺達の姿をした式神が、元の人形に戻る。


「姿を保持ほじできたのは、わずか三十秒でしたか……」


 遠い目をする美月さん。


「もう。トモエ、ツメが甘いよ」


「つづら様。んなこと言ったって一度に四体の式神をあやつるなんて無理ですよ。こうなったら仕方ない。『三十六計さんじゅうろっけいげるにかず』!」


 脱兎だっとのごとく走り去る巴。続く俺とつづら、美月さん。


「待て! 私と遊べ!」


 後ろから鬼神きじんのごとき速さで追いかけてくるミニ冠桜皇子だったが、途中から大笑いをはじめた。


「あはは、あはは。楽しいぞ」


「あの状況から鬼ごっこに持ち込むなんて、やっぱり高校生は頭が柔らかいなぁ」


 後ろで裕司さんが腕組みをした。


「裕司さん、感心してないで助けてくださいよっ!」


 ああ、何という不幸。

 俺達は日が暮れるまでミニ冠桜皇子から逃げ回ったのだった。


⛩⛩⛩


 小桜山から持ち帰った桜の神木、繋がれる命。

 冠桜皇子の胸に眠るは、歌詠うたよみの国守、歌部真葛うたべのまくずとの楽しき思い出。


 俺はただひたすらに、願う。


――これからこの桜町神社で、冠桜皇子が幸福な記憶をつむいでゆくことを。


⛩⛩⛩

イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330654704436883


■第3章、完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!


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