#2 ぎゅっとしてくれたら

 その夜、蓬莱家の皆でケーキを食べた後、俺はプレゼントをみんなに渡した。


「今年もお世話になりました。これ、俺から皆さんにクリスマスプレゼントです」


 宿禰さんとつづらには地酒セット、美月さんと千鶴子さんには季節限定の高級ハンドクリーム。


「夏輝くんや、ありがとう。大事に飲ませてもらうよ」


「ナツキ、嬉しいよ。ありがとね」


「ありがとう。この時期は水仕事で手が荒れるから助かるわ」


「いいんですか! 有難うございます」


 全員から礼を言われ、恐縮きょうしゅくする俺。


 地酒はいつもお神酒みきを依頼する酒店を利用したから、未成年だがあっさり買えた。

 ハンドクリームは、美月さんが雑貨店で変なぬいぐるみに気を取られているすきに素早く購入した。


 美月さんがハンドクリームのふたを開けて顔を近づけた。


「わあ、チョコレートオレンジの良い香りがします。ちなみに、あんこの香りはありませんでしたか」


 嬉々として身を乗り出してくる、あんこ絶対主義者ぜったいしゅぎしゃ。後ろにのけぞる俺。


「な、無いよそんなの」


「そうですか」


 ひどく残念そうな美月さんだった。


「私達からも、プレゼントがあるのよね。宿禰さん」


「うむ」


 千鶴子さんが宿禰さんに目配せをすると、宿禰さんが俺達三人にリボンのかかったプレゼントを渡してくれた。


 美月さんにはリボンの付いた黒いショートブーツ、つづらには遠赤外線効果のあるふわふわ毛布、俺には暖かそうなダークグレーのロングコート。高かったんじゃないだろうかと申し訳なく思う。


「有難うございます。俺、大事に着ます」


 思わず大きな声を出してしまった。宿禰さんも千鶴子さんも顔を見合わせて嬉しそうに笑っていた。


 宿禰さんは神職だけど、サンタクロースの扮装ふんそうが意外と似合いそうだと思う。


 美月さんも同じことを思っていたらしく、「聖ニコラウスのみことですね」とこっそり言ってきた。

 それがちょっと面白かった。


⛩⛩⛩


 プレゼントを渡し終え、自室で本を片手にくつろいでいると、つづらが部屋のふすまを開けた。

「つづら、どこへ行くんだ?」


「先日、眷属神けんぞくしんたちの寄合よりあいがあったことを月姫さまにご報告するのを忘れてた。怒られる前に神殿に行ってくるよ」


「そうか。お疲れ様」


 つづらが出て行った後、「宜しいでしょうか」と声がして、入れ違いに巫女装束姿みこしょうぞくすがたの美月さんが入ってきた。


「美月さん、どうしたの。そんな格好で。寝ないの?」


「先ほどまで歳旦祭さいたんさいの舞の練習をしていたんですよ。ですが今日はクリスマスイブですし、寝る前に夏輝くんとお話をしたいと思いまして。少しだけお邪魔してもいいですか」


 美月さんが俺の前で恥ずかしそうにうつむいた。


「え」


 いつもは九時台に自室へ行ってしまう美月さんが、俺の部屋に来てくれるなんて。


 思いがけない二人の時間。


 美月さんと何を話そうかと思ったが、出てくるのはいつもの変わらない世間話。

 それでも、豊かに表情を変える美月さんを間近で見ているだけで俺は幸せな気持ちになった。


「──桜町神社では最近、冠桜皇子かんおうおうじ様のワガママがひどくて、裕司さんが手を焼いているそうです」


「前よりもパワーアップしたのか。そりゃ気の毒だね」


「でも、裕司さんは子どもが好きみたいなので」


「あー裕司さん確かに優しそうだもんね」


 畳に座り、並んで話をしていた時、突然美月さんが「うっ」と胸のあたりを押さえて畳に手をついた。


「大丈夫? どうしたの」


「胸が苦しいです」


「待ってて。俺、千鶴子さん呼んで来る」


 慌てて立ち上がろうとする俺の手を、美月さんが掴んだ。

 そのまま、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。


「夏輝くん。心細いのでここに居てください」


 心臓が飛び出しそうになった。


「でも」


「お願いです。今だけは、ふたりきりで」


 美月さんが苦しそうな顔で、俺に寄りかかってきた。慌てて彼女の両肩を支える。


 俺を見つめる切なげな表情。この緊急時にこんなことを思ってしまうのは不謹慎ふきんしんだと思うのだが、どこかなまめかしい。


「胸が苦しいので、少し襟元えりもとゆるめていただけませんか」


「えっ! それはさすがにまずいんじゃ!」


 巫女装束に包まれた胸元と細い腰を見て、思わず動揺してしまう。


 見た目は華奢きゃしゃだけど、こうして見ると意外と胸があるのではないだろうか。

 そんな俺には気づかず、顔を歪め苦しそうにする美月さん。なんとも蠱惑的こわくてき姿態したい


「早くお願いします」


「いやダメだって! 俺、性犯罪者とかなりたくないから!」


 抵抗する俺の手を美月さんが強く握り、不覚にも金縛り状態に陥る。


「お願いします。本当に苦しいんです」


「無理無理無理!」


 さらに俺を見つめてくる美月さん。その表情がいつもの可愛らしさに加え、艶っぽいので目のやり場に困る。


「夏輝くん、ひどい。どうして私がこんなに苦しいか分からないんですか?」


「びょ……病気……とか?」


 俺は顔から火を噴くような思いで目をそらした。


「どうして分からないんですか? 夏輝くんのせいでこんなに胸が苦しいのに」


「えっ」


「私をぎゅっとしてくれたら治りますから。どうかお願いします」


 その言葉に、理性が吹き飛んだ。もはや、いつ死んでも悔いはない。


「わ、分かったよ。ほ、本当に行くよ」


「はい」


 美月さんが俺にもたれかかり、瞳を閉じる。

 もう、どうにでもなれ。

 俺は、その華奢きゃしゃな体をぎゅっと抱きしめた。


 その瞬間、腕の中にいた彼女が消えた。一瞬、意味が分からなかった。

 くうを抱く俺の頭上を、一枚の紙の人形ひとがたがひらりと舞う。


──まさか、式神しきがみ


 紙人形を空中でキャッチして見てみると、そこには、「メリークリスマス 巴」と流麗りゅうれいな筆文字で書かれていた。


イラスト『ぎゅっとしてくれたら』

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330657615257768

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