#3 ナイトメアオブ・クリスマス

 翌日は、冬休み最初の登校日だった。補習授業とやらがある。


 休み時間、教室の隅の方で、俺は巴とひそひそ話していた。美月さんは日直当番なので、黒板を消したり、次の授業で使うプリントを準備したりと忙しそうだ。


 意味ありげな笑みを浮かべながら、ささやいてくる巴。


「気に入ってくれたかい? 僕からのクリスマスプレゼントは」


「ありがとう。最高かよ。お前はやっぱり天才だ」


式神しきがみをあやつる技術が前よりも向上したから、夏輝のために趣向しゅこうらしたのさ。外見上はほとんど本人と変わらないレベルで、精緻にコピーしている」


「確かに神がかったアイディアだった。巫女装束みこしょうぞくの下に、あんな小悪魔こあくまひそんでいたとはまいった」


「お主も好きよのぅ。みーちゃん、着やせするタイプだと思うからさ、胸とか意外とグラマラスだったんじゃない?」


 巴が両手で空中を揉むジェスチャーをしながら、ヒヒヒッと下卑げびた笑みを浮かべた。


さわれはしなかったが、何やら凄そうな予感はあった」


 昨日の美月さんを思い出しながら、しみじみと呟く俺。


卜部うらべが瀬戸くん相手に何やら猥談わいだんしてるよ。最低」


 通りがかった般若はんにゃあかりが冷たい視線を注いでくる。後ろに控える村椿琴梨むらつばきことりも同様だ。


「ちょっと卜部さぁ、瀬戸くんに悪影響与えないでくれる?」


「何で僕だけが悪者なのかな? こいつはスカした顔しているけど、もう欲望の沼に落ちてしまったのさ。ひひっ」


「ごめんね般若さん。俺達、今から二人だけの大事な話があるから」


「うわー寒気がするわ。琴梨、行こ」


 般若あかりが身を震わせた。去ってゆく女子二人。だが、今は致し方ない。


「巴。式神美月しきがみみづきさんを一週間ほど貸してくれないか。部屋に置いて眺めたいんだ」


 巴の切れ長の目が三日月形になった。


「ふーん。本当に眺めるだけ?」


「ああ。いわゆる美少女フィギュアやグラビアアイドルのポスターと同じ扱いだ。眺めてでたい」


「それ以上は何もなくていい? 夏輝の言う事なら何でも聞いてくれるのに?」


「えっ本当に? 何でも言う事聞いてくれんの?」


 思わず身を乗り出す俺。興奮しつつも俺は、鼻息が荒くなっていないか心配になった。


「あっはは、造作ぞうさもないよ。でも直接の遠隔操作だと一週間は無理だね。昨日のあれは無料サービスで、次回からお金取るよ? 十分で一万円。叔父貴おじきにバレたらげんこつじゃ済まないから。こっちもリスクがある上での金額設定だからね」


 巴が悪徳商人のように揉み手をしながらにやりと笑う。切れ長の瞳が二重まぶたになった。


「十分一万円か。考えとくわ」


「バカだね。本当にバカだね」


 リュックから顔を出したつづらのさげすむような視線が痛いが、今は気づかないふりをすることにする。


「あれ。ところでお前今『遠隔操作』って言わなかったか?」


「うん。昨日は僕が自宅から直接あやつってたから、リアリティあったでしょ。僕、こう見えて意外と演技派だからね」


「という事は、式神美月さんの『中の人』はお前って事か?」


「そうだよ。色っぽかったでしょ。夏輝くん、私を抱きしめてぇ」


 巴が身をくねらせた。


「うげ……」


 ああ、何という不幸。


 馬鹿な。昨日、「胸が苦しい」とか言ってしなだれかかってきたのはこいつだったのか。


 そして、俺はこいつにもてあそばれていたとも知らず、一人で鼻息荒く興奮していたというのか。


 最悪すぎる。

 高天原たかまがはらから黄泉よみの国へと一気に叩き落された気分。

 襲い来る絶望。知りたくなかった真実。


「俺の心をもてあそびやがって……」


「あれ。夏輝、どこへ行くんだ?」


「トイレ。ちょっと吐きに行ってくる」


「あららぁ、お大事に」


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330657916772404

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