#4 このまま時間が止まればいいのに

  一日が終わり、俺がつづらと一緒に自室でスマホを見ながらくつろいでいると、ふすまの向こう側から美月さんの声がした。


「夏輝くん。ちょっとよろしいでしょうか」


「どうぞ」


 花柄の半纏はんてんの下に、モコモコのパジャマを着た美月さんがにこにこしながら立っていた。


「美月さん、どうしたの。そんな格好で。寝ないの?」


「今日はクリスマスですし、寝る前に夏輝くんと少しお話をしたいと思いまして」


「えっ!」


 まさか、また式神しきがみじゃないだろうな。俺は身構えた。


「巴。一度ならず二度までも。俺は騙されないぞ! いや、騙すなら最後まで夢を見させてくれ!」


「どうしたんですか夏輝くん。凄い形相ぎょうそうですが、まさかものかれたりしていないですよね」


 心配そうに俺を見つめてくる美月さん。どうやら本人で間違いはなさそうだ。

 

 畳に座り、並んで話をする。


「夏輝くん。今日の休み時間、巴くんと何を話していたんですか? 何やら二人で楽しそうでしたが」


「あーあれは。外が寒いから二人で友情をあたためあってたんだ」


 まさか美月さんをネタに下世話な話をしていたなんて口が裂けても言えない。


「なんだ、そうだったんですね。二人が楽しそうだと私も嬉しいです」


 そのけがれなき笑顔に、罪悪感で申し訳ない気持ちになった。


 美月さんがかたわらに置いていた風呂敷包ふろしきづつみをほどいて、緑色の紙袋を取り出した。


「これ、遅くなりましたがクリスマスプレゼントです。心ばかりの品ですが、おおさめください」


 畳の上に両手をつく美月さん。


 渡し方がクリスマスプレゼントというよりもお歳暮せいぼのそれだったが、まさかプレゼントをもらえるなんて思っていなかったので、心華やいだ。


「ありがとう。開けていい?」


「どうぞ」


 にこにこしている彼女の隣で包みを開くと、深い海の色をしたマフラーが入っていた。Nのイニシャルが入っている。


「つづら様と一緒に巻いてください。これで暖かいはずです」


「ありがとう。これ、美月さんの手編み?」


「いえ。既製品です。私、あまりこういう事は得意ではないので」


 つづらが耳元で「ミヅキの部屋に、ズタズタになった毛糸玉の残骸ざんがいが大量に転がっていたよ」と言った。


 そうか。犠牲ぎせいとなった毛糸玉達には哀れなことをした。


 だが何も言うまい。彼女が俺のためにマフラーを編んでくれようとした、その気持ちが嬉しいのだから。


「あら。もしかして雪が降ってきたんじゃないですか」


 雪の気配を察したらしく、美月さんがはしゃいだ様子で障子を開ける。


 暗い空から舞い降りてくる雪が、月姫神社の夜の庭に音もなく舞い降りる。


 美月さんが白い息を吐いて、冬の天空を見上げた。


「夏輝くんが来てくれてから、ただ繰り返すだった平凡へいぼんな毎日が変わったんです」


「それってどういう……」


献花祭けんかさいで巴くんがかれてしまったり、除蝗祭じょこうさいで大量の御霊ごりょうが発生したり、雨乞あまごい神事前のアクシデントですとか。今年は、例年にはないことが盛りだくさんでした」


「ごめん。俺が来てから厄災やくさいの連続だったもんね……」


「いえ! すみません。違うんです。大変なことはありましたが、巴くんと今まで通り話せるようになりましたし、アオサギさん達との交流があったり、新しい御守りを開発したり……どちらかというと、楽しいことの方が多かったんです」


「ありがとう。俺も、ここへ来てから毎日が楽しい」


「……こうやっていつまでも皆で笑っていられたら良いのですが」


 そのまま、無言になる。


 いつかは、この日々に終わりがくることは分かっている。


 このまま時間が止まればいいのに。

 俺達は並んで、暫くの間降りしきる雪を見ていた。


⛩⛩⛩


 美月さんが部屋へ帰ると、俺はもらったマフラーを電燈に透かしたり眺めたりしてそわそわしていた。


 先ほどから、笑いが止まらない。小躍こおどりしたくなってくる。


「はは。つづら、聞いてくれよ。美月さんが俺のためにマフラーを準備していてくれたんだってさ。俺のためにだよ」


「知ってる。さっき何回も聞いた。けれど大丈夫かい? ミヅキからもらったマフラーなんか巻いて行ったら、トモエが大喜びでありとあらゆるうわさを流すに決まってるよ」


 つづらが言った。


「いや。いいんだ。俺としてはむしろ噂になってくれた方が嬉しい。まずは噂を流し、既成事実きせいじじつを作る。そこから公認カップルの誕生だ。確か平安時代の貴族の恋愛とかもそんなじゃなかったか?」


「まあいいや。キミの好きにしなよ」

 

 つづらが呆れ顔をすると、クリスマスプレゼントのふわふわ毛布の中に入り込んだ。


 明日は覚悟を決めて、そして胸を張って一緒に学校へ行こう。


 何をためらうことがある。

 このマフラーを通じて、俺は彼女の想いを知ったのだから。


イラスト「このまま時間が止まればいいのに」

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330657969444351

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