#5 雪の中の恋人たち

 クリスマス翌朝の、登校日二日目。またしても補習授業がある。


 雪舞う銀色の空の下、少し凍った雪をサクサクと踏みながら、美月さんと並んで歩く。


 目に映る風景はいつもと同じだが、昨日をさかいに俺達の関係は変わった。


 師走しわすの冷気が容赦なく顔を刺すが、俺は美月さんからもらったマフラーを巻いて、身も心もあたたかな幸福に包まれていた。


 高校に近づくにつれておのずと増えてゆく生徒たちのうらやむような視線を感じ、少しの気恥ずかしさと誇らしさを感じる。


 美月さんの後ろには、月姫神社から居候いそうろうもの白魂しらたまが二匹くっついて来ていて、ミーミー鳴きながら飛びまわっていた。


 美月さんが、「そろそろ学校だから、帰りましょうね」と白魂をつつく。ミーと鳴いて月姫神社へ飛び去ってゆく白魂二匹。


蓬莱ほうらいさん、また後ろにアヤシイのつけてるよ」


「あの白いの、絶対お化けとか妖怪のたぐいだよね」


瀬戸せとくんもさ、いつも首に蛇巻いてるし。絶対憑ぜったいつかれてるって。イケメンなのに幸薄そうだよね。お祓いでも行けばいいのに」


 後ろからは、クラスの女子数名の話し声が聞こえる。

 俺達二人のことが羨ましくて仕方がない様子だ。


 一足先に行かせてもらうが、君達も幸せになれよ。


 そんな俺に、頬を染め上目遣うわめづかいで話しかけてくる美月さん。もう本当に可愛すぎて困る。


「夏輝くん。そう言えば、私達今日は早く帰れませんよ」


「何かあったっけ」


「数学の期末テストが赤点の人は、放課後に補習があるそうです」


「そうだっけ」


「私、三角関数の意味が未だに分からなくて。どうしましょう。また先生に叱られてしまいます!」


「大丈夫。俺がなんとかしてあげるよ」


「ええっ、何とかなりますか? 本当に?」


「ああ。君のためなら何でもするよ」


「ですが、夏輝くんも赤点では」


「はは。そうだっけ。俺達、おそろいだね」


 早朝の通学路、俺達の甘すぎる会話がうらやましかったのか、マフラーにくるまれたつづらが首を出した。


「ミヅキ。ナツキは昨日から何を言ってもうわそらだから話しかけても意味がないよ」


「やはりもののしわざでしょうか。帰ったらおじいちゃんに相談しなければ!」


「さあね。おはらい程度じゃ効かないんじゃない? どっかでアタマでも打ってきた方が」


 美月さんとつづらが何やら話し込む中、俺は幸せの余韻よいんに浸っていた。


⛩⛩⛩


 十分後。登校してきた巴に、俺はった。


「どういうことだ。なぜお前が俺と同じマフラーをしているんだ」


 巴の首には、深い海の色をしたマフラーが巻かれていた。Tのイニシャルが入っている。


「昨日みーちゃんが家に来て、風邪をひくなと僕の首に巻いてくるもんだからさぁ。しないわけにはいかないでしょ。ほら、あの子って時々お節介せっかいだからさぁ、困ってるんだよ」


 そう言いながらも満更まんざらではなさそうな巴。

 マフラーの端を持ち、ひらひらと振ってみせる。俺相手に自慢して何が楽しいと言うんだ。


「俺の時は包装紙にくるまれていたのに、お前と来たら直接首に巻いてもらったと言うのか?」


「みーちゃん不器用だから。首絞められてさぁ、一瞬気を失いかけたよ。三千世界さんぜんせかいが一度に見えた。あはは」


 許すまじ。そして幼馴染の二人が、心底羨ましい。


「くそ。俺もめられたかった」


 危ない奴だな、正気か? といてくる巴をよそに、俺は心の中で泣いた。


──だが、事件はそれではおさまらなかった。


⛩⛩⛩


「俺と巴がうわさになってる?」


 休み時間、村椿琴梨むらつばきことりが俺と巴のところにやって来て、不穏ふおんな噂について教えてくれた。


「うん。さっさと否定しちゃった方がいいと思うよー?」


「女子達が僕と夏輝なつきを見て朝からキャーキャー言ってたのはそういう事だったのかぁ」


 巴がだるそうに頬杖ほおづえをついた。


 俺と噂になる相手は、美月さんのはずだった。

 なのに、どうして急にこいつが台頭たいとうしてきたんだ?


「身に覚えなんてないのに。なんで巴と」


「だって、今朝から二人で仲良くおそろいのマフラーしてたの見たよー?」


「ぐっ……」


 まさか、美月さんがプレゼントしてくれたあのマフラーが命取いのちとりになったと言うのか。


 ちょうどその時、般若はんにゃあかりと美月さんが二人揃って俺と巴の席の所に歩いて来た。

 般若あかりがあきれ顔で腕組みをする。


「昨日、卜部うらべが瀬戸くんに『私を抱きしめて』とか言ってたらしいじゃん。その後、瀬戸くんが『俺の心をもてあそびやがって』と叫んでどっかに走って行ったって聞くし。どう見てもボーイズラブ大好き女子達の格好かっこうえさじゃん」


「いや俺はトイレに吐きに……」


 ダメだ。全てが裏目うらめに出てしまっている。


「バカだね。本当にバカだね」


 リュックから顔を出したつづらのさげすむような視線が痛い。


「それにさ、さっきあっちで卜部と瀬戸くんの同人誌作るとかって騒いでたじゃん」


「もうやめて本当に」


「そうだったんですか。夏輝くんと巴くんの間に見えるごえんの糸は、そういう事だったのですね」


 美月さんが真剣な顔で頷いた。

 そのご縁の糸とやらを全部ぶっちぎって跡形あとかたもなく焼き払ってやりたい。


「美月さん。違う、誤解だ! 俺の好きな人はこいつなんかじゃ! そうだろ巴」


 前を見ると、巴が赤面しながら髪をいじりつつ、俺から目をらした。


「巴。何顔を赤らめてるんだよ! 誤解を招くから! そこはすかさず全否定しろよ!」


 ふいに感じる視線。気づくと、クラス全員が俺と巴に注目していた。



──こうして、悪夢のクリスマスは幕を閉じた。


 冬休み中だったのが不幸中の幸いだったと思うし、人の噂も七十五日とは言うが。


 暫くの間、俺と巴がボーイズラブ大好き女子達を中心にクラスメート達の好奇の目にさらされていたのは言うまでもない。


イラスト『雪の中の恋人たち』

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330658056116181

ミニ漫画を描いていただきました!

https://kakuyomu.jp/my/news/16817330663864402242


■第7.5章、完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!


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