#1 災いは、天から舞い降りる

 ※日頃の読者の皆様に感謝を込めて、クリスマスに執筆した特別編になります。


⛩⛩⛩


 時すでに師走しわす

 俺が現世うつしよ月姫神社つきひめじんじゃに来てから、数か月が経った。


 寒風吹きすさぶ歳末さいまつの桜町の商店街を、俺は美月みづきさんと白蛇つづらと一緒に歩いていた。

 既に高校は冬休みに入っている。

 数日の登校日を除いては、自由の身となったわけだ。


 桃色のロングコートに白いマフラーを巻いて、モコモコに着ぶくれた美月さんを可愛いと思いつつ、俺は横目でちらちらと見ていた。


 変温動物のつづらは、うっかりすると冬眠モードに入ってしまうので、俺の服の中で温まりながら顔だけ出している。


 往来する人の合間を小さな異形いぎょうたちがせわしなく走り抜け、薄暗い路地裏へと入っていく。しかし、大抵の人は気に留めずに歩いてゆく。


「ところでさ。年末になって、ものの数が増えた気がするけどどう思う?」


 俺が言うと、美月さんが手袋をはめた両手に白い息を吹きかけた。


「そうですね。この時期は多いです。ですが、大晦日おおみそかに神社で厄やけがれをはらうのと、お寺でも除夜じょやかねを突いて邪気を払うので、お正月以降はいったん減るんですよ。……あ! 夏輝くん、神力であれをはらえませんか」


 美月さんがふいに上空を指さした。


 空に現れた赤黒くうねる大きな炎の塊が、燃える隕石いんせきのように商店街の屋根めがけて落ちてゆく。往来する人々は気づいていない様子だ。


「分かった」


 俺は人差し指で赤い炎に狙いを定め、神力を撃った。

 指から放った白く輝く光が流星のように流れ、墜落ついらくしてくる怪火を消滅させる。


「今のあれは一体何?」


「あれは『天火てんか』と言いまして。屋根にとどまっているあれを放置しておくと火事になるんです。『落ちた家に死人しにんが出る』と言う説もあります。この時期になると増えますが、あれが一体どこから来るのかは分かりません。とりあえず見かけたらすぐにおじいちゃんに報告しているんです」


「そうなんだ。何だか不気味だね」


⛩⛩⛩


 商店街のあちこちにはクリスマスツリーが飾られ、点灯するイルミネーションが冬の街を華やかに彩っている。


「世の中はクリスマスイブですが、うちは神社なのでイベントが何もなくてすみません」


 美月さんが申し訳なさそうに言った。


「いや。ケーキぐらいなら食べてもいいと千鶴子ちづこさんが言ってくれたし、俺はもうそれだけで十分嬉しいけど」


 千鶴子さんから預かったお金で、今日はケーキを買って帰る予定なのだ。


「つづらと美月さんは、どんな味のケーキがいい? チョコとか、王道の生クリームとか」


「ボクは、ひりつくような焼酎しょうちゅうがいいなあ」


「チョコも捨てがたいですが、やはり一番はあんこでしょうか」


 愚問ぐもんだった。この二人は、一体どういう味覚センスをしているんだ? 


「ナツキこそ、どんなケーキがいいのかい?」


「一般的な味なら何でも」


 少なくとも、焼酎とあんこ以外の味でお願いしたいと思う。


 突如、美月さんが上空を指さして叫んだ。


「夏輝くん、また天火が」


「ホントだ」


 銀色の空から、赤黒い天火が次々と落ちてくる。数は十ほどか。

 しかもなぜか、俺めがけて。


「ちょっと待て。なんでこっちに降ってくるんだ!」


 シューティングゲームの如く次々神力を撃って祓うも、空からきりなく現れる天火。


「こればっかりは体質だね。ナツキ、そういうの引き寄せちゃうから」

「そうですね……」


 つづらと美月さんが首を左右に振ってため息をついた。


⛩⛩⛩


 その後俺達は、雑貨屋と本屋に寄って各自見たいものを見て回ってから、洋菓子店でフルーツケーキを入手した。


 ふと前を見やると、モスグリーンのコートを着た陰陽師、卜部巴うらべともえが白い息を吐きながら、メモを片手に魚屋で買い物をしていた。


「巴」


 やあ、と片手をあげかけた巴に駆け寄ると、俺は左手に提げていた買い物袋から紙包みを出して渡した。


「ちょうど良かった。はい、クリスマスプレゼント」


「え。僕にか?」


 意表を突かれた様子の巴が紙包みを開く。

 中に入っているのは、『人類の進化』というタイトルの専門書。


「巴、ネアンデルタール人とか好きだったよな」


「すまない。僕はどっちかっていうとネアンデルタールというよりクロマニョン派なんだ」


 何が違うのか俺にはよく分からない。

 というかむしろ、今までその両者を同じだと思っていた。


「安心しろ。どっちも掲載されてるから。何なら北京原人も出てる」


「──本当にいいのか? あの北京原人だよ?」


 興奮こうふんした様子の巴、謎の会話を展開する俺達二人。


 一瞬顔を輝かせていた巴だったが、我に返った様子ですぐに本を引っ込めて顔をそむけた。


「だが、勘違いするな。君に借りはつくらないぞ」


「巴にはいつも世話になってるから。俺がお前にプレゼントしたいんだよ」


「一応はありがとう。嬉しくなくもないと言う事もなくはない、とだけ言っておこう」


 相変わらずな巴の様子に、つづらと美月さんが苦笑している。


「それにしても、神社に住んでいる君達がクリスマス如きではしゃぐとは軽率けいそつだぞ」


 俺達を注意する巴の左手には、クリスマスケーキのチラシが握られていた。


「ケーキのチラシ持ってる陰陽師がそれ言うかよ普通」


「でも、そう言われてみれば。クリスマスもハロウィンもすっかり季節の風物詩として定着してますね」


「おおらかというか、いい加減なんだよ。この国の人間たちは」


 うなずくく美月さんと、炸裂するつづらの毒舌。


「この勢いならそのうちサンタクロースも八百万やおよろずのかみに加わるんじゃないか? 聖ニコラウスのみこととか言ってさ」


 俺の言葉に全員がき出した。


 寒い風が吹きつけてくる混みあう街の中で、ひとしきり立ち話した後に巴と別れた。


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330657564198238

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る