#7 仲間外れは嫌なんです

 「ナツキ。また金槌かなづちが飛んで来る」


 上空から俺めがけて飛んで来る、何本もの金槌。

 右手を上げて頭上の金槌を祓う隙に、正面から押し寄せる黒餓鬼の大群。


「しまっ……」


 先頭の数匹は、どうせ犠牲になるので金槌は要らないと判断したのだろう。

 知能の高い物の怪とは思わなかったが、少しずつ知恵をつけてきていることに恐怖を感じる。


 とっさに左手で神力を放とうとしたが間に合わなかった。


 俺は尻餅しりもちをつくと同時に、巴が張った結界の中に入り込んだ。

 俺につかみかかろうとした黒餓鬼が、結界に邪魔されてくやしそうにキィキィと金切かなきごえを上げている。


「夏輝、大丈夫か。情けないけど、こちらは結界をたもつだけでやっとの状態さ」


「巴は結界の維持いじに集中してくれ。こんな雑魚ざこ、後でまとめてはらうから大丈夫だよ」


「強がりを言って。みーちゃんは?」


「無事だ。黒餓鬼達の群れから離れて、少し休んでる」


「それなら良かった」


 五芒星の結界の周囲に、一匹、また一匹と黒餓鬼達が群がり数を増していく。


「何匹いるんだろうな。それにどこから来てるんだ?」


「恐らくはどこか離れた場所に術者じゅつしゃがいるんだ。家を囲む結界の解除かいじょを知って、一気に数を増やしたんだろうね」


 突如、黒餓鬼の群れの中から一本の白い腕が伸びて来て、結界の中に入ってくるのにぎょっとする。

 隙間から覗くのは、見慣れた顔。


「美月さん」


 彼女の腕を引っぱり、結界の中に引き入れる。息を切らした様子の美月さんが、へたりと座り込んだ。


「はぁ……何とかここまで来ました」


「休んでいてと言ったのに」


「私、仲間外なかまはずれは嫌なんです」


 真剣な表情の美月さん。


「みんな有難うね。だけど、結界が持たなくなったその時は、僕を置いて逃げてくれ。どうせ、奴らの狙いは僕一人なんだから」


 巴のひとみには、何かをあきらめたかのような空虚くうきょさと悲壮ひそう決意けついにじんでいた。


 俺達四人は、ともえの張ったひとつぼほどの広さの結界けっかいの中で、数百匹ものの黒餓鬼くろがきに取り囲まれて絶体絶命ぜったいぜつめいの状態におちいっていた。


 巴の精神力せいしんりょくにも限界げんかいが近づいているのだろう、結界の形にみだれが生じはじめているのが見える。


 さっきから、片方のまぶた痙攣けいれんしている。


 この一時間で百匹近くの黒餓鬼をはらったが、そろそろつづらの神力しんりきが底をきかけているのが分かる。

 おそらくづきさんも同じ状態で、黒餓鬼を祓う力なんてほとんど残っていないと思われる。


 黒餓鬼達が巴の結界を破ろうと、金槌かなづちたたいたりひっかいたりしている姿を見ながら、何かできることはないかと考えていた。


 あと一度だけ勝負しょうぶをかけるとすれば、この結界が破れた瞬間しゅんかんに、残った神力を全部ぶつけるやり方ぐらいしか思いつかない。

 それも、数十秒の間だけだ。


 その時、つづらが小さな声で言った。


「……ようやく思い出したよ。あの黒いものの名前」


 つづらから聞かされた『黒餓鬼』の正体は、意外なものだった。


⛩⛩⛩


 結界けっかいゆがんで大きな波形はけいえがいた後、ぷつりと切れた。


 黒餓鬼が怒涛どとうのように押し寄せてくる。


 俺とつづらはユメミサマの箱を抱いた巴におおいかぶさった。

 わずかにできた隙間すきまに、美月さんがしがみついておおい、三人のスクラムで巴をまもる。


 しかし、あっと言う間に押しつぶされ、黒餓鬼の下敷したじきになった。

 かめのようにじっとえながら、俺は残っている神力を少しずつ、巴の体を通じて、巴の抱きかかえているユメミサマの箱へと流してゆく。


 押しくらまんじゅうの中にいるので今は何も見えないが、俺の左腕の下あたりから、美月さんのかぼそい声がする。


なつくん。もしや、神力を使ってユメミサマを目覚めさせようと?」


「ああ。さっきまでは黒餓鬼を祓うことに必死だったけど、こういう使い方もありかなって」


「そうですね。私もいのります。ユメミサマが早くお目覚めになるように」


 無数の黒餓鬼の呪詛じゅそに、じわじわと精神せいしんけずられる。


「絶えよ、絶えよ。滅べ、滅べ」

卜部うらべの子孫を根絶ねだやしに」

常世神喰とこよがみくひつくせ。ひつくせ」


 マイナスエネルギーの極致きょくちと言っていいくらいの、脳内のうない無限むげん反響はんきょうする呪いの声が心にまで侵入しんにゅうし、精神を病んでしまいそうだ。


 何とかしなければと思うのに、気力をうばわれて身体が動かない。

 胸の奥に無力感が広がってゆく。


 もう何をやったって無駄だ、きりがない。

 思考はおろか、今は呼吸さえもわずらわしい。


 それでも、俺は最後に残ったわずかな力で何とか巴にしがみつく。


──この手だけは絶対に離さない。


「ナツキの命まではうばわせない。ボクの命をわせて時間稼ぎをするから、お願いだ。なんとかあと少しだけ持ちこたえて」


 つづらが言った。


「つづら!」


 ユメミサマが目覚めなければ、つづらの命が喰いつくされる。けれど、そうでなければ巴が先にやられる。


 俺はジレンマの中で、ぎゅっと目をつぶった。


──今はユメミサマに少しでも、神力を流す。


 それがこの状況の中でできる、俺の最善だった。

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