#6 多勢に無勢

「ユメミサマが目覚めざめるまで、あともう少しなんだ。結界けっかいるから、みんな中に入って」


 ともえが人差し指と中指をそろえて動かすと、白木の箱の周囲しゅういに、紫色に輝く五芒ごぼうせいの形の結界が浮かび上がった。


「いや。その結界に入るのは取り囲まれてどうしようもなくなった時だ。俺は、この祭壇さいだん黒餓鬼くろがきたちを入れないようにできる限り足止めしてくる。やばくなったらここに来るから」


「私も夏輝なつきくんと時間稼ぎをしてきます」


 づきさんが頷いた。


「でも」


「黒餓鬼達は卜部家うらべけ次期じき当主とうしゅのお前をねらってるんだから、お前はユメミサマと一緒に結界の中にいた方がいい」


「──僕の家の問題なのに、巻きこんでしまって本当にごめん。おんに着るよ」


 巴が目をぎゅっとつむって、深く頭を下げた。


 とにかく、ユメミサマが目覚めるまで、巴をまもる。


 つづらが俺の肩に飛び乗ると同時に、俺と美月さんは広間に向かって走り出していた。


 広間に押し寄せた黒餓鬼たちの数は、さっきよりも増殖ぞうしょくしており、およそ数百。

 がりがりの体躯たいくに比して異様いように大きな頭、ぎょろついた目、金槌かなづちを振りかざし金切り声を上げている。


 知能が高いようには見えないが、いかんせん数が多すぎる。


 短時間で数を増しているのは、分裂ぶんれつしたからではなく、どこかから仲間を呼んでいるとしか思えない。


 となると、その発生源はっせいげんたたけばいいと思うのだが、いかんせん今は巴とユメミサマの防衛ぼうえいが先だ。


 右手につづらの神力しんりきを込める。

 白く輝くその力で、無数むすういてくる黒餓鬼の群れを、ひとかたまりずつ右へ左へ振り払っていく。


 右から飛びかかってくる黒餓鬼を左にはらい、次は左から飛び掛かってくる黒餓鬼を右へ祓う。


「ナツキ。神力を強めたから、もう少し速くはらうんだ」


「つづら、これ以上は無理だ。それに、向こうから新たな増援ぞうえんが来てる」


 美月さんが俺の隣に並び、粒状の何かをざっといた。


 美月さんの撒いた何かを踏み越えようとする黒餓鬼達だが、躊躇ちゅうちょして足をそろそろと伸ばしては引っ込める。


「美月さん。それは?」


きりぬさです。細かく切った紙とさかきの葉に、お米を混ぜたものです。時間稼ぎくらいにはなるかと」


 美月さんの言った通り、少し時間が経つと切幣が煙を立てて黒い灰と化した。

 再び、黒餓鬼達が飛び掛かってくる。

 一呼吸してから、態勢を立て直す。

 右へ左へ、さらに祓う。


「ナツキ。上っ」


 つづらの声に驚いて顔を上げると、天井近くまで高く跳んだ黒餓鬼が俺めがけて金槌かなづちを振りかざしてきた。


 思わず目を疑った。黒餓鬼の背中に羽根が生えている。


「跳べる奴までいるなんて聞いてないよ!」


 右からも来るのに、どっちを先に祓えばいいというのか。


 その時、美月さんが、切幣を袋ごと羽根はね黒餓鬼くろがきにぶち当てた。


「ぎゃっ」


 羽根黒餓鬼達の肉が焼ける匂いがして、煙が立った。


「上から来るものは私に任せてください。なつくんは左右をお願いします」


「分かった」


 美月さんが金色の扇を取り出して、上からんで来る黒餓鬼を祓う。


 いつまでこれが続くんだろうか。

 多勢たぜい無勢ぶぜいとは、まさにこのことだ。


 段々と、俺は心配になってきていた。


 俺が不安にられたその時、右側から金槌かなづちが一本飛んできた。


「危な……!」


 咄嗟とっさに、つづらとづきさんをかばって左側へ倒れる。


 そのすきいて、怒涛どとうのように押し寄せる黒餓鬼くろがき達。物凄ものすごい数だ。すでに百匹以上になっているのではないだろうか。


 つんいになった俺は、頭を低くし、腕は立てて美月さんとつづらをつぶさないようにる。


 おれの上を小走こばしりで通過つうかしてゆく黒餓鬼達。金槌を持ってはいるが、体躯たいくが小さいので、思ったよりも重くはなかった。


 そのタイミングを狙って、増幅ぞうふくさせたつづらの神力しんりきを背中に流す。


「ぎゃっ」


 耳をつんざくような悲鳴ひめいがして、俺の背中にいた黒餓鬼達十匹あまりが灰になって消滅しょうめつするのが見えた。


 しかし、続く数十匹が祭壇さいだんへ流れ込んでいく。もうこれ以上は止められない。


ともえ―っ!」


 俺は美月さんをこして黒餓鬼の群れから離した。

 れいのうを使いすぎたのだろう、彼女の顔に疲労ひろうの色が見える。


なつくん。私も」


「大丈夫。俺とつづらで何とかする。美月さんはここで体を休めていて」


 それだけ言うと、つづらを連れて走り、たたみみ切って跳躍ちょうやくした。


 べ。できる限り高く、遠くへ。


 白木の箱を抱えて、五芒ごぼうせい結界けっかいの中でユメミサマの覚醒かくせいいのる巴の姿が見える。

 そこまで、わずか数メートル。


 雪崩なだれ込んできた黒餓鬼の大群を大きく飛び越えた俺は、振り返り巴の前に立ちはだかる。


 増幅ぞうふくしたつづらの神力を右手から放ち、先頭の数十匹をはらう。次に来るのは左。しかし、右手では間に合わない。


 無意識に左手に神力を充填じゅうてんして放つのを見て、つづらが驚いた声を出した。


「ナツキ。左手からも神力がてるようになったのかい」


「たった今、できるようになったみたいだ」


「すごいじゃないか」


 俺は両手を光らせてみせる。


「結局力の総量そうりょうは変わらなくて、右と左に分散ぶんさんしただけだけど。でも使い勝手は悪くないよ」


 しかし、優雅ゆうがにおしゃべりしているひまはない。

 次に来る第二陣だいにじん、第三陣、第四陣……。

 相手の物狂ものぐるいの猛攻もうこう


 はらえども祓えども、きりがない。

 だんだんと目がかすみ、肉体が疲れてきたのが分かる。恐らく次は、精神をやられるだろう。

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