#8 覚醒

⛩⛩⛩


 黒餓鬼達の呪詛じゅそを受け、次第しだい意識いしきが遠のいてゆく。


 聞こえてくるのは、無邪気むじゃきな子ども達の声だ。


――卜部うらべのおじいちゃんが異国いこくの強い神様と契約けいやくしてるらしくて。


――跡継あとつぎのともえくんひとりを残して、後のきょうだいは全部その神様への生贄いけにえになったらしいよ。


――こわいよね。


――仲良くしていたらさわりがあるんだって。うちは来年、弟が生まれるから、巴くんとは遊んじゃダメだって。


 巴の過去の記憶が流れ込んできていることに気づく。


 それにしても、ひどい言葉だ。人はどうしてこうも残酷ざんこくになれるのか。

 根も葉もないうわさは次第にエスカレートし、またたく間に偏見へんけん差別さべつに変わり人を傷つける。


えよ、えよ。ほろべ、ほろべ」

卜部うらべの子孫を根絶ねだやしに」

常世神喰とこよがみくひつくせ。ひつくせ」


 夕焼けに照らされた、田んぼのあぜ道。


 小学校高学年くらいの男の子と女の子が、地蔵堂じぞうどうの前で向かい合って立っている。巴とづきさんだと、すぐに分かった。


「巴くん、どうして最近遊びに来ないんですか。お兄ちゃんもさびしいって」


「そんなのうそだ。どうせみーちゃん達も、心の中では僕をうとましく思っているんでしょ」


「そんなこと思ってない……」


 顔をおおって泣き出した美月さんを置いて、振り向かず走り去ってゆく巴。

 しかし、巴のその背中こそ、今にも泣き出しそうに見えた。


 まもりのおかげいのちこそうばわれなかったが、のろいは確実に巴を周囲から孤立こりつさせていった。


「見やがったな。人のプライバシーを」


 巴の声にどきりとして、意識いしきが戻る。

 目をうっすら開けると、俺の下に巴のうつぶせの背中があった。俺をにらんでくる巴は涙目なみだめだった。


「ご、ごめん。見るつもりはなかったけど、なんか強制的きょうせいてきに」


 俺はあわててつくろったが、巴の声が涙声なみだごえになって、ふるえていた。


「命はうばわれなかったけど、心をころされた。人と深く関わるなんて、もうまっぴらさ。どうせ裏切うらぎられるに決まっているんだから」


 自分の生活をしきがみ肩代かたがわりさせていた、かつての巴の姿を思い出す。


「そうだよな。巴はもうきずつきたくないんだよな」


 俺達が抵抗ていこうできなくなったのを確認した黒餓鬼が、巴の抱えていたユメミサマの箱を奪い取って、祭壇さいだんの中央に置いたのを見て背中が粟立あわだった。


「やめろーっ!」


 黒餓鬼くろがき三匹が、金槌かなづちでユメミサマの箱をたたこわしていく。


 俺にはもう、箱にしがみついて守るだけの力はない。

 神力しんりきも底を尽きかけていた。

 はらえたとして、一、二匹がせきの山だろう。


 つづらは動かず、かたく目を閉じて苦しみにえている。俺をまもるために、黒餓鬼に自分の命をわせているのだ。


──何もできないくやしさ。


 えろ、今は力を温存おんぞんして反撃はんげき機会きかいうかがうんだ。


 ⛩⛩⛩


 何かが飛んできて、一匹の黒餓鬼の手の甲に当たった。黒餓鬼が短い悲鳴ひめいを上げ、金槌を取り落とした。


 金色のおうぎ


 黒餓鬼がにらんだ先には、うつぶせの状態から何とか体を起こそうとしているづきさんがいた。

 彼女がつくったすきに乗じて、巴が体をいずってユメミサマの木箱に手を伸ばし、奪い返した。

 そこに黒餓鬼が群がり、金槌で巴を容赦ようしゃなく打つ。


「もうやめて」


 美月さんの悲痛ひつうな声がれた。


「うっ」


 苦痛くつうに顔をゆがめる巴。しかし、箱をはなそうとはしない。


 またたに巴の背中を黒餓鬼達が覆いつくし、巴がユメミサマの箱ごと黒い塊となって、不気味にうごめきはじめた。


 嫌な予感。全身の血液けつえきこおりついたかと思うほどの戦慄せんりつ


 巴がかれた。


「巴の馬鹿ばか野郎やろう。人にこれだけ苦労させておいて、死んだら絶対に許さないからな」


 俺は叫んだ。顔がなみだでぐしゃぐしゃになっているような気がする。


「そうです。一生、うらみますからっ……!」


 美月さんも泣いている。


 黒いかたまりになった巴が、抵抗するかのように何度も苦しげに体をくねらせた。

 力もてた俺達は、巴が苦しむ姿をただ見ているしかなかった。


 巴を飲み込んだ黒い塊が、徐々に動かなくなっていく。のろいにていこうしていた巴の体力も、もう限界げんかいなのだろう。


 その時だった。


 黒い塊に亀裂きれつが入り、漆黒しっこくに鮮やかな水色の模様もようが入ったあげはちょうが、いっせいにい出た。


 その中に、巴がいた。まるでさなぎから脱皮だっぴしたちょうのように。


 そのからを破る亀裂きれつは、着物の背に入っている、魔除まよけのい目。


――『背守せまもり』。


 巴が目を見開くと、素早く九字くじを切った。


 黒餓鬼のうちの一匹の胴体どうたい切断せつだんされた。


 その一匹がこと切れる前に巴に金槌を投げつける。

 俺は最後の神力を右手から放ち、命中させると金槌は消滅した。

 刹那せつな、黒餓鬼の群れがそうくずれになる。

 

えて滅びるのはお前達の方だよ」


 巴が、ぞっとするような冷たい声で言った。

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