#6 憑きものとの交渉

 はらいよりも先に交渉こうしょうが必要なのであれば、やってみるしかない。


 何をされるか分からない恐怖を感じているのを気取けどられないように、ゆっくりと深呼吸する。


 俺は、卜部うらべりついた『きもの』にまずは頭を下げた。


「そいつは友人なんです。どうしたら返してくれますか」


「私と遊んでくれたら返してやってもいい」


「いつまでですか?」


退屈たいくつを忘れさせてくれるまでだ」


 時計を見た。

 小桜山こざくらやま神社じんじゃの神事まであと一時間だ。

 そんなことに付き合っていたら間に合わない。

 返事を躊躇ちゅうちょしていると、憑きものは俺の心中しんちゅうさとったように言った。


「できないとでももうすか? この少年の中に、私が体感してきた千年の記憶を流し込んでやろう。ほら」


 卜部の全身ががくがくと痙攣けいれんし始めた。


「うう、うう。ああ」


 卜部が白目しろめき、苦痛くつうに顔をゆがめ、よだれをらし始める。痛々しくて、とても直視ちょくししていられない。


「ほら、ほんの二百年分流しただけでこの通りだ。千年という長い時間の記憶、普通の人間ののうでは耐えられない。間違いなく気がれるだろう」


「わ、分かりました。お相手いたします」


 美月みづきさんが言った。

 卜部の中の憑きものが、再び妖艶ようえんな笑みを浮かべた。


巫女みこよ。私が楽しくなるような遊びを提案しろ。そして私を喜ばせろ」


──我儘わがままな奴だな。俺は内心ないしんカチンときたが、卜部うらべに何をされるか分からないからだまっていた。美月さんがぽんと手を打つ。


「では、『だるまさんがころんだ』はどうでしょうか? つづら様も入れて、四人で」


「あ、それなら俺も知ってる」


「ほう、面白そうだな。説明しろ」


 俺と美月さんでルールを簡単に説明する。


 じゃんけんで憑きものが鬼になったので、美月さんとつづらと三人で配置につく。


「憑きものの正体って何なのかな」


「分かりません。でも、力はかなり強いと思います。せめて正体が分かれば弱点を突けると思うのですが」


生霊いきりょう怨霊おんりょうのたぐいではなさそうだね。となるとくらいの低い神か精霊せいれいか。以前のつきひめさまなら、あんな変な奴一発で落とせたんだけどなぁ」


 つづらが舌をちろりと出し、引っ込めた。


⛩⛩⛩


 ひとしきり遊んだが、卜部の命がかかっているので、終始しゅうしひやひやしっぱなしだった。

 俺達三人は示し合わせ、わざと少し動いて鬼に捕まってみたりして、最後の方で憑きものが勝つように調整した。


「ああ、また私の勝ちだ。お前達、もっと私を見ろ。そして褒めたたえろ」


 憑きものが勝つたびに、すごいですねー、さすがですねーとめ言葉と拍手を繰り返した。

 さすがに最後の方になると疲れてきて、無表情むひょうじょうかつセリフが棒読ぼうよみになっていたように思う。

 ごく自然な笑顔で拍手を送り続ける美月さんを、俺は心から尊敬する。


「人にそういうの要求ようきゅうしてむなしくならないのかな。ホントあいつ、自己じこ顕示けんじよくかたまりだよね」


 呆れる俺に、美月さんが言った。


「あれだけかまってもらいたがるという事は、普段から寂しい思いをしているのかも知れませんね」


「美月さん、あと十五分で約束の時間だよ」


「──このおみや宮司ぐうじさんにご迷惑をかけたくはありませんが、人の命がかかっている以上、今はじゅくするのを待つしかなさそうです」


 俺も同感だが、しかしどうやって切り上げよう。下手をすると憑きものの機嫌をそこねかねない。


「次は何をしようか」


 憑きものが言った。これだけ遊びに付き合ったのにもかかわらず、一向に解放される気配がないことにげんなりする。


「しかし普通の遊びにはきた。何かをけて勝負しよう」


 憑きものが不敵ふてきに笑う。

 水干の袖が風にはためいた。


「そうだ、この少年の体を賭けようか」


 憑きものが、くつくつと笑った。

 次が最後の勝負だとすれば、献花けんかさいにもぎりぎりで間に合う。

 しかし、確実に勝てる勝負でいどまないと、卜部の体を取られてしまう。


 俺は名案を思いついた。学校一を誇る俺の足の速さならば、きっと勝てるはずだ。

 勝負をかけっこに持っていくように誘導ゆうどうしよう。

 息をゆっくり吸って、吐き出す。さとられないように。


「かけっこはどうです?」


「──悪くない」


 軽い感じでふっかけると、憑きものの目にぎらついた光が満ちた。

 よし。勝負に乗って来た。

 俺は少しの恐怖を覚えつつも、ぞくぞくしていた。


「しかし、ただ走るだけもきょうがない。木登りにしよう」


「木登り、ですか?」


 山道を登りきったところに、短い参道があった。


 奥には周囲をぞう木林きばやしで囲まれた、ひとかたまりの山桜やまざくらの森があり、鳥居の奥には樹齢じゅれい千年はゆうに超えると思われる桜の大樹と、小さなやしろが見えていた。

 大樹は横に大きく広がっていて、木そのものの高さは十メートル弱くらいだろうか。


 憑きものは桜の木を指さした。


「うむ。どちらが早くあの木のてっぺんに登れるか勝負だ」


 思いのほか高さがあるのを見て、俺はつばを飲み込む。


「でも俺、木登りなんてやったことがなくて」


「では勝負ありだな。少年はもらう」


 憑きものが勝ちほこったように笑った。

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