#5 霊怪妖神(れいかいようじん)、参道に至る

「おい転校生」


 タクシーの助手席から景色を見ていると、後ろから卜部うらべに呼ばれた。


 振り返ると、強い視線に射すくめられる。

 卜部のひとみ深淵しんえんが、むらさき水晶すいしょう宿やどしたように妖しく輝いた。

 霊視されている、と俺は思った。


「君の存在感、人間にしてはどこかおかしいな。あやふやで現世うつしよ定着ていちゃくしてない。それに、つづら様にまもられているとはどういうことだ」


 ごまかしきれないと思い、素直に本当の事を話すことにした。


「ああ。俺は常世とこよから来たんだよ。帰れなくなって、美月みづきさん家に世話になってる」


「ふーん、そうなんだ。てっきり、みーちゃんの婿養子むこようし候補こうほかと思ったよ」


 みーちゃん? ああ、美月さんのことか。

 それで、『みーちゃんの婿養子候補』?


「いやいやいや!」


「違います違います!」


 すかさず否定する俺と美月さんをいぶかしい表情ひょうじょうで見ている巴。


「本当に? 二人揃ふたりそろって力いっぱい否定するなんて逆にあやしくない? まあいいけど」


 俺の肩に乗ったつづらが、巴の方に首を伸ばした。


「ナツキはボクが常世とこよに迷い込んでしまった時に助けてくれて、友達になったんだよ」


「ああ、なるほど。ただの転校生じゃなくて、眷属けんぞくしん加護かごを得たとこ世人よびとというわけか」


 卜部はたいして驚きもしない様子でつぶやくと、退屈たいくつそうに車窓しゃそうに目をやった。


 タクシーから降りると、目の前には小高い山があった。


 山頂までは赤い鳥居とりいとうろう傾斜けいしゃのきつい石段が続いており、たくさんの山桜が咲いていた。

 見渡みわたす限り花の嵐で、あまりの美しさにため息が出そうだ。


 時折風ときおりかぜが吹き、満開の桜花を吹き散らす。

 そのたびに美月さんのばかまがばたばたと鳴った。


 美月さんが先頭に立ち、黒髪にかかる桜の花びらを振り払いながら石段を登っていく。

 続いて卜部、最後に俺の順番で歩いていく。

 左手に弁当、右手にトランクを持ってこの傾斜のきつい石段を上るのは中々にハードだ。


 けれど、山頂に広がる景色やこの後の花見を想像するだけで、なんだか胸がおどる。


 さて、どれくらい登っただろうか。段々息が切れてくる。

 石段が尽き、いよいよ山道に入った。


 両脇りょうわきにどんどん桜が迫り、道がせばまっていく。俺達四人は無言むごんで歩き続けた。


「……あれ」


 両隣のあかとうろうにふっと明かりが灯った。

 誰も何もしていないのに、ひとりでに。

 あやしくゆらめく灯籠の光、まとわりつく背後からの視線、不意に背中を走る寒気。

 鳥肌が立った。


「まさか、ものか?」


「普段は無人とはいえ、ちゃんとおまつりされているやしろ神域しんいきなので物の怪ではないとは思いますが、この世のものならざる気配を感じますね」


「まずいな。山の気が濃くなってきた。『三山神三さんさんじんさんごんを守り通して、山精参軍さんせいさんぐんひんる……』」


 卜部が印を結び、まじないの言葉を唱え始める。


 薄い紫色を帯びた高貴こうきかがやきが、俺達をまもる光の御簾みすとなって上から降りてくる。


 しかし、その声色が途中で変わった。

 それは、ぞっとするような穏やかならぬ声。

 巴が俺達をまもるためにろした光の御簾みすが、はじけて消えた。


「ふふ、ふふふふ。神の山と油断したか。そんな呪文じゅもんは山に入る前に唱えなければ、意味がない」


 卜部うらべが急に笑い出した。その表情はまるで別人で、切れ長の瞳には狂気きょうきの輝きが見える。


「あはは、あはは」


 卜部が腕を水平に伸ばすと、服が鮮やかな赤い水干すいかんに変わった。まるで平安時代の童子どうじのようだ。


「この体、私がもらい受けたぞ」

 おうぎを広げて、くるくると回る卜部。


「やばい。卜部がかれた」


「ど、どうしましょう」


 俺は右手につづらの神力しんりきを集中させた。

 右手がきらきらと神秘的な白い光をまといはじめる。

 いちかばちか、はらってやる。


夏輝なつきくん。はらうのは待ってください」


 美月さんが俺を制した。


「でも美月さん。このままじゃ卜部が」


ねこまたの時もそうでしたが、どう見ても相手の力の方が格上かくうえです。ましてや今は、巴くんを人質ひとじちに取られているような状態です。相手をよく見て判断しなければなりません」


「そんな時はどうしたら?」


交渉こうしょうするんです。離れていただけるように。それでもダメなら強い神仏しんぶつにおすがりして」


「ミヅキの言う通りだよ。すきをうかがって、それでもまあどこかでとせるチャンスがあれば、ボクの力を使うといい」


 どうしよう。どうすれば卜部を助けられる? 


 献花けんかさいまで時間もせまる中、俺の心はじりじりとあせり始めていた。

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