#4 いざ、小桜山神社へ

 バイバーイと手を振り帰っていく小学生たちに手を振り終えた後、美月さんが言った。


「そういえば、明日の土曜日は献花けんかさい小桜山こざくらやま神社に行かなければならないのですが、巴くんも一緒に来ませんか。半分はお仕事なのですが、山の上でお花見もできて楽しいんですよ。出発は朝六時で……」


「行けるわけないでしょ。僕は忙しいんだよ」


 卜部がいらついた様子で声を荒げ、美月さんがびくりと身を震わせた。


「すみません。つい余計なことを」


「もう時間がないから。じゃあ」


 申し訳なさそうに謝る美月さんをよそに卜部の姿が消え、後には一枚の紙で作った人形ひとがたが宙を舞い、地面に落ちた。

──陰陽術おんみょうじゅつ


「そういえば巴くんは、式神を使っているので歩かなくても家に帰れるはずなんですよね」


「ああ。変な所で生真面目きまじめなんだね」


「生真面目だけど、あの子はかなりの天邪鬼あまのじゃくだよ」


 リュックの中から首を出したつづらがふうとため息をついた。


⛩⛩⛩


 翌日よくじつの土曜日は、小桜山こざくらやま神社じんじゃけん花祭かさいおこなわれるとのことだった。


 五時に起きた俺はワイシャツにネクタイを締めると、月姫神社の法被はっぴを羽織った。


 と言っても、神職しんしょくでも何でもない俺が手伝える事と言えば、美月さんの荷物持ち以外にない。


 思わずあくびが出てしまう俺に、釘をさすつづら。


「ナツキ、神事の最中にあくびしたらダメだからね」


「分かってるよ。早起きには慣れてきたつもりだけど、五時起床、六時出発はちょっときびしいかな」


 法被はっぴを羽織り、眠い目をこすりながら玄関へ行くと、巫女みこ装束しょうぞくに着替え、後ろで長いかみを束ねたづきさんが待機たいきしていた。


「おはようございます」


「おはようございます。今日は宿禰すくねさんは一緒じゃないの?」


「ええ。小桜山神社は別の宮司さんが管理しているのですが、巫女がいないので時々お手伝いを頼まれるんです。私、わりと色々なお宮へご奉仕ほうしに行くことが多いのですよ。では出発しましょう」


 宿禰すくねさんと千鶴子ちづこさんが玄関の外まで見送ってくれる。


「気をつけて行っておいで」


「あちら様によろしく伝えてね」


 千鶴子さんが弁当を持たせてくれた。


 しらたま達が、ミーミー鳴きながら飛んできた。美月さんのトランクを持っている。


「こやつら、性懲しょうこりもせずふわふわと!」


 眉間みけんしわを寄せる宿禰さん。


「今日は白魂が荷物を途中まで運んでくれるらしいですよ」と言うと、宿禰さんが悔しそうに黙った。


 これは俺の入れ知恵で、日頃ひごろから物の怪を目のかたきにしている宿禰さんの印象を少しでも良くしようと、白魂に神社のお手伝いをさせたわけだ。


 ずしりと重いトランクを受け取ると、白魂達がミーと鳴いて境内けいだいの方へ飛び去っていく。


 弁当とトランクを持って歩いて行く俺を、美月さんが少し気にした様子で頭を下げた。


「ありがとうございます。重たくてすみません」


「いえいえ」


 朱塗しゅぬりの大鳥居の前に、むかえのタクシーが待っていた。

 タクシーのトランクルームに荷物を入れた時、背後から声がした。


「行くのはやめた方がいい」


 鳥居の陰から、卜部巴があらわれた。


 紫色のレトロな雰囲気のニットに深緑色のボトムを合わせていて、それが不思議とよく似合っていた。


えきせんによれば、そのほうは良くないよ。必ず不幸な目にうだろう」


「卜部、来てくれたんだな」


「ふん。今日は無知な転校生てんこうせいに、この僕がじきじきに忠告しに来てやっただけさ」


 そう言いながら、卜部がそっぽを向いた。


「祭りが終わったら花見しようぜ。人数多いから楽しくなるな」


「行かないって言ってるだろう」


 よく見ると、卜部のかたくなな態度とは裏腹うらはらに、彼の背には使い勝手の良さそうなリュックサックがあった。

 よく見ると山歩きに適した丈夫そうなくつを履いている。

 おいおい、花見する気満々かよ。


「ご心配はうれしいのですが、お仕事は断れません。もう行かなければ」


 美月さんが困ったように言った。

 俺はタクシーの後部座席のドアを支えて美月さんに乗るように促し、そのまま自分も助手席に乗る。


「ああもう、世話が焼ける」


 大きな声でそう言いながら、卜部が後部座席に乗り込んだ。


「あれ。行かないんじゃなかったのか?」


「君達だけじゃ危なっかしいから僕も行くよ」


 タクシーが走り出したのを見て、小さな声で肩の上のつづらに言った。


「俺、ここまでの天邪鬼あまのじゃくは初めて見た」


「昔は素直な子だったんだけどね」


 つづらがふうとため息をついた。一体何をどうしたらこういう性格になるのだろうか。

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