#10 月の都でダンスは続く
俺は泣いている美月さんの背中に両腕を回して、そっと抱きしめた。
いつも見ている艶やかな長い髪から漂う清らかな香りが、
こわごわ触れた肩も背中も、女の子だけあって思っていたよりも細く、驚くほど柔らかかった。
──夢じゃない。
美月さんが今、俺の腕の中にいる。
汗ばんだ衣服越しに伝わってくる体温に
顔を上げた美月さん。
突き上げてくる衝動。
この恋心は、もう誰にも止めることはできない。
君が俺のことをどう思っているのかは分からない。
けれど、俺は君が好きだ。
その気持ちを、今こそ伝えたい。
「……俺は君が」
──その時だった。
「
「
拝殿の反対側から聞こえてくる
「……お、おじいちゃん達が!」
「まずい!」
──俺達は、目にも止まらぬ早さで身を離した。
走ってくる千鶴子さんの手には、俺のリュックがあった。
「夏輝くん、早く常世に戻らないとだめよ!」
「すいません。──俺、
覚悟を決めて、閉じてゆく常世への帰り道を振り返る。
せめて家族と会って、一言でも言葉を交わしたかったけれど──。
俺は、鳥居の向こう側にいる
「
「神力使いよ。お前は本当にそれでいいのか? 次はいつ戻れるか分からない。お前が生きているうちに帰れる保証もないんだぞ!」
「たくさん徳を積んで、次は今回よりも早く常世に戻ってみせる。
「……任せておけ」
鳥居の上部に見える常世の空が閉じてほぼ見えなくなった頃。
「ヒャッホーイ! これで女と遊び放題だ! オレは
そして、常世への帰り道が完全に閉じた。
「……
「世之介は、
「マジかよ……」
とっさに
「あの兄者のことだから、ナツキの姿で何でもやると思うけどね」
心配そうな美月さんとつづらに、俺は答える。
「あ、ああ……問題ないさ……」
境内の砂利を踏みながら、宿禰さんと千鶴子さんが近づいてくる。
あれだけ心配をかけた二人の顔をまともに見ることができない。
「常世に帰るチャンスを
「すみません! 俺の勝手な判断で
雷が落ちてくるかと身構えたが、かけられたのは予想外の言葉だった。
「……おかえり、夏輝くん」
「あ、あの……俺……」
宿禰さんが俺の肩に手を置いた。
「今更何を遠慮しておる?
「そうよ。本当の事を言うと、夏輝くんが戻ってきてくれて嬉しいのよ。喜んでちゃダメなんだけどね」
「……ただいま……帰りました……」
温かく心に
⛩⛩⛩
「
突如懐かしい声がして、巴が参道を駆けてくるのが見えた。
「巴っ……」
嬉しさのあまり思わず両手を差し出したところ、いきなりグーで殴られた。
「痛いっ! 巴、何す……」
「夏輝の馬鹿! 僕に黙っていなくなるなんて……」
涙をこらえているのだろう、巴の唇が震えている。
「ごめん! 他に連絡手段がなかったから、白魂に頼むしかなくてさ。俺、親友のお前に世話になった礼だけでも伝えたかったんだけど……」
「何が親友だ。勘違いするな! 僕が怒っているのは、君が帰ったらみーちゃんが一人でダブルス出なきゃいけないからだ。決して君がいなくなることが寂しいからじゃないからな!」
巴が手の甲で涙を拭くのを見て、俺も感極まってしまい声が思わず震えた。
「お……俺、しばらく現世にいるからさ。巴も明日から一緒にバドミントンの練習しようぜ……」
「ああ。君がどうしてもって言うんなら、気が向かないが行ってやろう。その練習とやらに!」
涙声で鼻を
「巴くん、私のせいにしないで素直に本当のこと言えばいいのに……」
「みーちゃん何か言ったー?」
「い、いえ! 何でもありません」
ようやくいつもの調子を取り戻して喋っていると、一匹の白魂がミーと鳴きながら飛んできた。
「さっきは有難う。宿禰さん達に伝えてくれて……」
「ミー! (この無礼者がぁ!)」
「痛っ!」
いきなり頭突きを食らい、俺は頭を抱えた。
「この子、ナツキにラケットで打たれたことを相当根に持ってるね」
つづらが首を伸ばしてこちらを見る。
「ごめん! 悪かったよ!」
さらに、白魂がミーミミーと鳴くと、境内の裏手から大量の白魂が集まってきた。
「わ! 仲間を呼びやがった!
「任せておけ夏輝くん! 今日こそはこやつらを
宿禰さんの後ろに隠れる俺、
白魂から逃げ回る途中、美月さんと目が合った。
美月さんの瞳の中にきらめく流れ星と、俺の視線がぶつかりあってスパークする。
その瞬間に脳裏に蘇ったのは、先程夕暮れの空の下で俺達が抱き合う光景。
彼女の顔がみるみる真っ赤になり、あからさまに目をそらした。
俺も恥ずかしくなり美月さんを
──あの
もう暫くの間、俺はかぐや姫と月の都でダンスを踊り続ける。
⛩⛩⛩
【行方不明の高二男子を三か月ぶりに無事保護】
「──四月八日から行方不明となっていた
警察によりますと、男子生徒は七月十日午後七時頃、鳳凰市の
男子生徒は発見時一人で、通学している高校とは別の高校の制服を着ていました。署員がいくつか質問したところ、「神社にいた。後は覚えていない」と話しているとのことです。
県警では、男子生徒が行方不明となった動機やたどった足取りなどを、今後調べていくとしています。」
イラスト
https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330664136442775
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