#5 宙を舞う帯たち

──数か月ぶりに再会した白川ゆりあ。


 肩まであった明るい栗色の髪が、ばっさりとカットされて中学校以来の丸みのあるショートボブになっていた。


 それにしても、少しせたのではないだろうか。


 丸い大きな瞳からは好奇心にいろどられた輝きが失せ、憔悴しょうすいした様子に見える。

 

「本当になつくんなの……?」


 ゆりあの隣に立っているのは、俺の幼馴染おさななじみ高梨雪那たかなしせつな


 セミロングヘアの、あまり笑うことがないクール系女子。


 疑うような瞳、まるで幽霊ゆうれいでも見るかのように俺を見るその顔は蒼白そうはくで、なぜか少し震えているように見える。


 お互いの姉同士が仲が良くて、小さい頃は雪那せつなとよく一緒に遊んだ。


 俺も雪那も本を読むのが好きだったから、本や漫画の貸し借りなんかもよくしていた。


 それが、なぜか急に嫌われてしまった。


「私は夏くんなんか好きじゃないんだから! 一緒にいると不幸が移るし!」


 小学校の頃、雪那がクラスの奴にそう言っているのをたまたま聞いてしまって、彼女を大切な友達だと思っていた俺は嫌われているんだと深く傷ついた。


 そして俺は彼女のきつい言い方や勝ち気な態度に段々と疲弊ひへいしてしまい、すっかり苦手になってしまった。


──それにしても、この二人はそんなに仲が良かったか? 


 ゆりあと雪那せつなが一緒にいるのは違和感があったが、二年生のクラス編成で二人が同じクラスだったことを思い出して納得した。

 俺が現世うつしよへ行ってしまってから三ヶ月がっている。二人が仲良くなっていても不思議ではない。


 常世では、二股疑惑ふたまたぎわくをかけられた俺の印象が最低最悪のものとなっているだろうと予想される中。


 タイミングの悪い事に、いま俺の隣には美月さんがいる。


「い、いや! あの、これは……」


 たじろぐ俺を、ゆりあがきっと見据みすえる。

 ふられた時のトラウマがよみがえり、金縛かなしばり状態になってしまう情けない俺。


──きつい言葉が飛んで来るかと思いきや。


 ゆりあが頭を深く下げた。


「──ごめん。ごめんね……。ひどいことを言って、本当にごめんなさい!」

 

 その瞳からこぼれ落ちるのは、大粒の涙。


「あれから瀬戸くんがいなくなって、私のせいだと思って。彼女いるのに誘ったりして、バカだった」


「いや。俺の方こそごめん。あの時きちんと事情を話したかったのにうまく言葉が出てこなくて……」


──今こそ真実を伝えなければ。


 あれは二股ふたまたではなく、うちの鬼姉おにあねの買い物に付き合わされていただけだったと。


「……その制服は? 今はどうしているの?」


「少し事情があって一時的に別の学校に通学してて」


「じゃあどうして捜索願そうさくねがいが出てるのよ? おかしいじゃない!」


 俺をにらんでくる雪那せつなにたじろぐ。


「い、今は時間がないから後でゆっくり話すよ」


「とにかく瀬戸くんが無事で良かったよ。その可愛い蛇さんは?」


 涙を拭き終えたゆりあがハンカチを仕舞しまいながら、俺の肩の上のつづらに目をやった。


「この蛇は俺の友達というか守り神みたいなもので……」


「そうなんだ。瀬戸くんってなんか不思議」


 雪那が美月さんをきっとにらみつけながら指さした。


「──夏くん。ところでその子、一体誰よ?」


「もしかしてあなたが、瀬戸せとくんの彼女?」


 いきなり直球をぶん投げるゆりあ。


「……わっ、私ですか?」


 動揺しはじめる美月さん。


 目の前の女子三人の間に、物凄ものすご微妙びみょうな空気がただよい始めた。


──まずい。


 今ここできちんと言わないと、俺の恋愛トラブルが美月さんにまで波及はきゅうしてしまう。


「違う!」


 美月さんが言葉を発する前に、俺は叫んだ。


誤解ごかいしているみたいだから言っとく。俺が四月に普賢ガーデンモールで一緒にいたのは彼女じゃない!」


「でも聞いたんだよ。瀬戸くんが綺麗きれいな人と歩いていたって」


 ゆりあが眉をひそめる。


「その情報は間違ってる。俺はうちの鬼姉おにあねの買い物に無理矢理付き合わされていただけだよ」


「……え? そうなの? でも、『いちゃついてた』って言う話だよ?」


 鳩が豆鉄砲まめでっぽうを食ったような顔になるゆりあ。


「『引きずり回されてた』の間違いだよ。うちの姉はレスリングのインカレ選手だ。この地上で姉貴あねきに逆らえる人間はいない!」


 美月さんの肩の上のつづらの顔には「あーあ、キミも気の毒だね」と書いてある。

 同情をありがとう。


「白川さんはその話、そこにいる雪那せつなから聞いたって言ってたよね? でも、雪那はうちの姉貴あねきを昔からよく知ってるはずだけど。雪那、どうして間違った情報を白川さんに伝えたりしたの?」


「……私は何も知らない!」


 雪那せつなが、血の気のひいた表情でふるえながら耳をふさいだ時、美月さんが俺の後ろを指さした。


「夏輝くん! 後ろからものが来ます!」


 振り返ると、色とりどりの着物きものの帯が、幾重いくえにも重なって宙を舞いながら俺に向かって飛んで来るのが見える。


──青海波せいがいは七宝しっぽう唐草からくさ市松いちまつ雪輪ゆきわ


 慌てて右手から神力しんりきを放つが、帯たちがひらりと舞うようにして神力をかわした。


「しまっ……!」


 空振からぶりをした俺を幾重にも重なった帯がおそい、身をしばり上げる。


 すぐさま神力しんりきを全身に流すと、帯がばちんとはじける音がした。


「これ、着物の帯……かな?」


「何よこれ? 夏くん、今一体何をしたのよ?」


 アスファルトの上に散らばった帯の断片を見て、怪訝な表情をするゆりあと雪那せつな


 神力しんりきをヒットさせたことで、彼女たちにもおびものが見えるようになったらしい。


 その瞬間、ばらばらになった帯がすぐさま繋がり、形状が復元ふくげんする。


 気づくと、再び帯に身をしばられていた。


 もう一度神力を全身に流そうと力を込めると、帯の物の怪が予想外の行動に出た。


 まず、背中に、ちくりとした痛みの感覚があった。


 何かが注入され、全身がうようにゆっくりと痺れて、徐々に動かなくなっていく。


──麻痺毒まひどく


夏輝なつきくん! しっかり! しっかりしてください!」


 美月さんの声がした後、俺の顔に切幣きりぬさがぶちまけられた。


「ぐあっ!」


 痛い。


 ──切幣は、細かく切った和紙とさかきの葉にお米を混ぜたもので、はらいの力がある。


「美月さん……俺の顔に思いっきり切幣ぶちけないで……目に米が入る……くなら体に……」


「安心してください! 今、祓いますからっ……!」


「ぎゃっ!」


 再び俺の顔めがけてばらかれる切幣きりぬさ


 ダメだ……美月さん俺の話聞いてないや……。


 このままでは、物の怪にやられる前に美月さんにやられてしまう。


「ちょっとあんた! さっきから夏くんに何してんのよ!」


 美月さんが俺を呼ぶ声と雪那のキンキン声が、次第に遠のいていく。


──かれた。ここが常世とこよと思って油断していた。


 早く誤解ごかいを解いて、美月さんとつづらを現世うつしよへ送り届けなければならないのに。


 俺は必死におびものあらがおうとしていた。


https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330661828866738

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