#3 御守り奉製プロジェクト

 次の日の夕方。


 俺が社務所しゃむしょ御守おまもりの在庫ざいこを確認していると、巫女みこ装束しょうぞくに着替えた美月さんが、手にわら半紙ばんしと鉛筆を持って、嬉々ききとしてやってきた。


なつくん。しらたま御守おまもりのデザイン、どうしましょうか」


「白魂の形の根付とかどうかな? かぎや財布に結ぶと持ち運びがしやすいし。ただ、自分で言い出しておいてあれだけど、あいつらにご利益りやくはなさそう。俺、参拝者に申し訳ない気分になってきたよ」


「おじいちゃんがご祭神さいじんのみたま入れをするから、大丈夫ですよ。形は白魂ちゃんですが、中にいらっしゃるのはつきひめさまです」


「それなら良かった」


「材質は白い翡翠ひすいで、小さな金のすずをつけるのはどうでしょう」


「それ、いいアイディアだと思う」


 白魂達がミーミー鳴きながら、美月さんにすり寄ってきた。


「ふふっ、白魂ちゃん達。くすぐったいです」


「ちっ、あざとい奴らめ……」


 俺達二人が盛り上がっている間に、つづらがとぐろに頭をうずめたまま動かなくなっていた。


「どうしたんだ、つづら? 黙り込んだりして」


「……どうせボクはただの白蛇だよ」


「はっ! つづら様……」


「ごめん、俺が悪かった。つづらの御守りも考えるから機嫌直してよ」


 現実的げんじつてきな話になってしまうが、月姫神社で御守りを一つ一つ手作りできる余裕はないので、御守りの専門せんもん業者ぎょうしゃ依頼いらいを出すことになる。


 すぐにでも発注したい所だったが、千鶴子さんにまずは見積みつもり依頼いらいしなさいと言われて、慌てて見積を依頼した。


⛩⛩⛩


 早速、業者から届いた見積書みつもりしょを美月さんとのぞき込んで、ショックを受ける。


「どうしましょう。まさかの予算オーバーですね」


「どこでどう間違って一桁ひとけた以上増えたんだ?」


 全体額ぜんたいがく内訳うちわけを代わる代わるながめてみる。


「美月さん。もしかして天然石高いやつ選んだ?」


「はい。つづら様と白魂ちゃんの可愛さを最大限に引き出したく、品質のよい石を!」


「可愛さに目がくらんだらダメだよ。無料配布の根付なのに通常の御守りよりも高いんじゃ大赤字だ」


「すみません。ただ、安い翡翠を使っても、結局彫刻費用で総額が上がるみたいです」


 美月さんが悄然しょうぜん項垂うなだれた。


「そうか彫刻費用は盲点もうてんだった……ただでさえ大量生産たいりょうせいさんしないとコストは低くならないのに、つづらと白魂の二種にしゅ作成さくせいにしたらそりゃ金額も上がるよね。いっそのこと材料をプラスチックにする?」


「夏輝くん。プラスチックはプラスチックで、最初にかたを取るのにお金がかかりますよ。大量生産しないとコストが下がらないのは同じ話です」


「先が思いやられるな……」


 予算よさんかべが、俺達をはばむ。世間知せけんしらずの俺達にとって、月姫神社のプロモーションは思った以上に前途ぜんと多難たなんだった。


⛩⛩⛩


 翌日の休み時間。


「あっ、可愛かわいい」


 突如、美月さんが三つ編みヘアの優しそうな丸顔女子──むら椿つばきことのペンケースを見て目を輝かせた。

 そこには、うさぎの形のマスコットがぶら下がっていた。


蓬莱ほうらいさんお目が高い。これ、うちのおばあちゃんが作ったんだよー」


「すごくよく出来ています。ちりめん細工さいくですか」


「そう、ちりめん細工。おばあちゃんに頼んで、蓬莱さんの分も作ってもらおうか?」


「い、いいんですか! 私なんかがいただいても!」


 美月さんのめずらしく少し大きな声に、周りにいた何人かが振り返る。

 我に返ったらしく、美月さんが顔を赤らめてうつむいた。


「いいよー。うちのおばあちゃん、裁縫さいほう趣味しゅみなの。習い事のバッグとか、三角さんかく風呂敷ふろしきだとか、針山はりやまだとか、頼んでもいないのに山ほどくれるんだよー」


 村椿さんの言葉に、稲妻いなずまのように考えがひらめく俺。


「それだ」


 俺は席を立ちあがり、美月さんと話している村椿琴梨の所へ歩いて行った。

 

「村椿さん。君のおばあちゃんを俺に紹介してくれないか」

 

⛩⛩⛩


 放課後、俺達はつきひめ神社じんじゃ御守おまもりのほうせいをお願いするため、むら椿つばきことのおばあちゃん──村椿ぬい子さんの経営する村椿商店をおとずれた。


 洗剤の香りがただよ薄暗うすぐらい店の中には、駄菓子だがし洗剤せんざい金物かなものブラシといった日用品がはこ単位たんいまれていた。

 客に商品をゆっくり見てもらおうと美しくちんれつする概念がいねんはないらしいが、ちょっとした物を買うのに便利べんりそうなお店だ。


 ぬい子さんが眼鏡の角度を変えながら、御守りのデザイン画を見つめ、やがて申し訳なさそうに首を振った。


「話は聞いたが、神社さんへお出しできるような大層たいそうな品じゃない」


 村椿さんがショーケースの上に身を半分乗り出して頼み込む。


「そこを何とかお願い。おばあちゃんだって、前に『もらい手がおらん』ってなげいてたじゃないー」


魑魅ちみ魍魎もうりょう跋扈ばっこするこの現世うつしよで、人々の生活に御守おまもりは欠かせません。デザインを変えて子供や若い人に親しんでもらうことも大事だと思うんです。あのうさぎのマスコットみたいな可愛い御守りなら、もっと多くの人に喜んでもらえると思うんです」


 俺は熱心に口説くどいたが、ぬい子さんは首を横に振る。


「あんたさんの言うこともよく分かる。けれど、人様にお出しする以上、責任せきにんがついて回る。善意ぜんいであげてもケチをつける人もいる。それで傷つくのも疲れたし、責任を持つ覚悟かくごもない。申し訳ないけれど、他を当たってくれんけ」


 美月さんが俺の顔を見た。

 今は無理ですからいったんあきらめましょう、と彼女の目が言っている。


 俺は仕方しかたなくうなずいた。


「無理なお願いをしてすみませんでした。でも、いつか気が変わることがあれば、ぜひお願いします」


⛩⛩⛩


 夕暮ゆうぐれのあぜ道を、足取りも重く歩いて行く俺達。


くやしい。絶対大丈夫だと思ったんだけどな」


なつが頑張りたいのも分かるけどさ、夏越なごしはらえに間に合わせるなんか無理だって」


「そうですね……おじいちゃんに期限きげんばしてもらうようお願いしましょうか」


 巴の言葉に、美月さんも抑揚よくようのない声で言った。何となくただよってくるあきらめムードの中、白魂がミーミー鳴きながら、美月さんの周りを飛び回った。


「いや。ああまで言ってしまった以上、もう少しだけ粘りたい。じょこうさいをデッドラインにして、そこを過ぎたら宿禰さんにもう少し待ってもらうようお願いするよ。天然石とちりめんがダメでも、他にいい素材があるかもしれない」


「ナツキ、頑張れ」


 背中の辺りから可愛かわいらしい声がして、つづらがリュックから顔を出した。


「ありがとう。俺、もう少し頑張ってみるよ」


 巴の唇がふっとゆるみ、美月さんも微笑ほほえんだ。

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