#4 位牌山(いはいやま)の怪

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 三十分後、社務所でかざひも水引みずひきを手に奮闘ふんとうする俺達がそこにいた。

 せっかく巴も揃ったのだからと、美月さんの声掛けで新しい御守おまもりのアイディア出しの続きが始まった。


「けけけ。夏輝くんの御守りは、白蛇っていうよりダンゴ虫だね」


「うるさいな。使い慣れていない素材だから扱いづらいんだよ。誰だよ、水引を御守りの材料にしようって言ったのは」


「つづら様です」


「あー、つづらだったのか。発案者はつあんしゃなんだからちょっとは手伝ってくれよ」


「ゴメンね。でも無理だよ。ボク、蛇だから両手がないもん」


「そういえばそうだ」


「じゃあさ。気を取り直して、手すきの和紙。さて、これをしらたまの形に折って。紐を通して」


 巴が作業台の上にあった高級和紙を取り出して折り始めた。


「巴くん、発想が素晴らしいです。でも、禍々まがまがしくおぞましい形をしているというか。すみません、これ以上は私の口からは言えませんっ!」


「いや美月さん。全部言ってるから。巴のそれ、白魂というかどう見ても化け物……」


 さすがの白魂達も出来映できばえに不満なのだろう、ミーミーと鳴きながら巴をつついて抗議し始めた。巴が不機嫌そうな顔をした。


「もうあきらめて業者ぎょうしゃに頼んだ方が早いんじゃないの?」


「ここまで来ると、納期に間に合わせる場合は既製品きせいひんを使うしかないそうです」


「あーあ。完全に退路たいろを断たれたね。夏輝のダンゴ虫守りを配布するしかないのかー」


「巴の化け物守りと一緒にな」


 あまりにも不器用すぎる俺達に、御守りの奉製ほうせい至難しなんわざだった。

 それでも何か思いつくかも知れないと、時間の限りアイディアを出し続けた。


 まあ、最後の方はほとんど俺と巴のけなし合いになっていたが。


 社務所の窓からぎゃあぎゃあと鳥の鳴き声らしきものが聞こえた。


「アオサギ達かな?」


「いえ、涼風すずかぜさん達ではないようです」


「カラスだよ。位牌山いはいやまのねぐらに帰るところだろう」


 巴が黄金色こがねいろの夕焼けに照らされた黒い山を指さした。逆光になっているのか、山は太陽の光が当たっているのにもかかわらず黒々と深いやみの中にある。


「位牌山?」


 位牌と言うと、亡くなった人の戒名かいみょう享年きょうねんしるされた木の札のことだ。どうして、死にまつわる名が山についているのだろうと不気味ぶきみに思う。


「私は行ったことがありません」


 黒々とした深い山を見つめる美月さんに、巴が言う。


「うん。普通の人はまず行かないと思う。あそこは禁足地きんそくちだから」


「禁足地って?」


「何かしらの理由で、足を踏み入れちゃいけない場所のことだよ」


 巴の表情が急に真剣なものになったので、俺は思わず身を固くした。


「位牌山は昔いくさがあって、成仏じょうぶつしていない大勢おおぜい武士ぶしたましいが、今も山をさまよっているらしい。合戦かっせんのほら貝の音が聞こえたり、人の叫び声やうめき声、剣戟けんげきの音なんかも響いてくるらしいよ」


 わざとなのかそうでないのか、視線をさまよわせる巴を見ると、寒気さむけがしてきた。美月さんの顔も血の気が引いている。


「極めつけには、位牌山の中を流れる淀川よどがわという川があってね」


「うわ。嫌な名前だな」


「その川の土は、赤黒い色をしててね」


「色も不穏ふおんです」


「そこには魚がたくさん泳いでいるんだけどね。その川の魚が丸々と太っているのは……」


 寒々しい空気の中、ごくりとつばを飲み込む俺達。


「川に落ちた武士のにくを食べたからなんだってさ!」


 切れ長の目をくわっと見開いて狂気きょうき形相ぎょうそうていする巴。

 後ろにのけぞる俺。


──ややあって、美月さんがふう、と息を吐いた。


「ああ、怖かった。巴くんって、本当に怖い話が上手ですよね」


「うん。めて褒めてー」


「え、今の怪談だったの? それとも実話?」


「半分は実話だよ。かい現象げんしょう江戸えど時代じだいの初め頃まで続いていたらしいけど、高名なそうが武士たちの供養くようをしてからはぴたりと止んだと郷土史に書かれてる。実際、そういう気配はないよ。僕も叔父おじと年に何回かは淀川よどがわに釣りに行ってるし」


「大丈夫なのか? 武士の肉をった魚なんだろ?」


「あのねえ。いくさから何百年経ったと思ってんの。それに釣った魚は最後にはほとんど逃がすし」


「でもいいのかよ、禁足地きんそくちに足を踏み入れたりして。たたりがあるんじゃないのか」


「夏輝くーん。そもそもなんで位牌山が禁足地になっているか知っているかい?」


「いや……」


「近づかれたくない理由があるからだよ」


 巴が周囲を確認した後、声を低くした。


「位牌山には、鳳凰ほうおうのくに殿様とのさま──みょう氏の埋蔵まいぞうきんが隠されている説があるんだ」


「えええっ!」


「しっ、静かに。だから、位牌山とか血淀川とか、おどろおどろしい地名のいわくつきの場所にわざわざ大事なものを隠して、人を近づけないようにしているだけだよ。禁足地の意味なんかもうとっくに失われてるって言うのにさ」


「そうだったのか」


「知りませんでした」


「要するに本音と建前は違うってことだよ」


 巴が得意気に笑った。


「それにしても、本心が見えないなんて、なんだかまるで巴みたいな山だな」


「何か言ったー?」


「いや、何でもない」


「要するにトモエ達は、釣り糸を垂れるふりをして埋蔵金を探してるってことだね」


「うっ、さすがはつづら様。おするどい」


 ふと、とがめるような巴の鋭い視線とぶつかり、思わずぎくりとする。


「それよりも夏輝もみーちゃんも、大丈夫なのか。この間からアオサギの話ばかりしてるけど、物の怪と少し距離が近すぎやしないか」


「大丈夫だよ」


「そうです。涼風さん達は、人に危害を及ぼすような物の怪ではありません」


「あいつらに完全に心を許しちゃだめだ。奴らと僕達は、住む世界が違う。ことわりが違う。後でどうなっても知らないぞ」


 巴の言いたいことも分かる。でも、涼風はいい奴だ。心優しい物の怪と仲良くして、何が悪いんだ。


 その時は反発を覚えたが、巴の忠告ちゅうこくがいくらか心の中に引っかかっていた。

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