#2 戦略的プロモーション構想

 つきひめ神社じんじゃに帰ると、宿禰すくねさんと町内会長が応接間で向かい合って座っていた。

 千鶴子さんに続いてご挨拶をすると、座りなさいと言われたので隅の方に座った。


 町内会長は、作道つくりみちさんという名前だった。見たところ、六十代前半。


 体格たいかくが良く、ごつごつとした顔に柔和にゅうわな笑顔を浮かべているが、顔に刻み込まれた深いしわを見て何かしら疲れていそうな印象を受けた。


「本日は宮司ぐうじさんにお話しなければならないことがあって参りました」


 宿禰さんが身を乗り出したその時。


 ミーと鳴き声がして、月姫神社の居候物いそうろうものしらたま達が応接間に入ってきた。


 宿禰さんと千鶴子さんが、こおりついたような表情になる。


「宮司さん。そのヒトダマみたいなのは一体?」


 物の怪のんでいる神社だと判れば不信感を抱かれるに違いないので、答えにきゅうする宿禰さんと千鶴子さん。


「あれはその。何と言いましょうか、なあ千鶴子」


「そ、そうね。宿禰さん」


 二人して口籠くちごもっているので、俺は代わりに言った。

──いや、言い切った。


「あれは月姫神社のマスコットキャラクターです」


「マスコットキャラクターですと?」


 俺は、その辺に置いてあった宿禰さんの老眼鏡ろうがんきょうをかけると、インテリっぽく語り始めた。


「はい。あの浮かんでいる白いふわふわは白魂と言います」


「しらたま……」


「はい。神社も新しい感覚で親しんでもらうことが必要なので、先月から試行的しこうてきに取り入れました。今後、月姫神社では、白魂を使った御守おまもりや絵馬えまなどの授与品の配布といった積極的せっきょくてきなプロモーションを行い、若い世代をターゲットに戦略的せんりゃくてき経営けいえいを行っていきたいと思っています」


 いつか、何かの動画でどこかの起業家がしゃべっていたのを真似て、それっぽく語る俺。


「季節的な限定配布により白魂グッズのレアリティを高め、若い世代にインフルエンサーになっていただくことで、月姫神社の知名度を高め、今後の事業じぎょう展開てんかいにつなげていきたいと考えています」


「インフルエンザ?」


「インフルエンサーです。要は、大きな影響力えいきょうりょくを与えてくれる人のことです。インフルエンサーがいれば、口コミなどで宣伝を行ってくれるので、広報の負担も減ります」


「ははぁ」


 俺の熱気に押され、大きくうなずく作道町内会長。


 語り終えた俺は、宿禰さんの老眼鏡を外すと、テーブルに置いて一息ついた。

 老眼鏡は、どうにも度数が合わなくていけない。


「いやはや感動しました。若い人の考えることは面白い」


 結局、話の中で白魂が何者なのかについては一切触れていないが、俺の話に納得する作道さん。

 ごほんごほんとむせている宿禰さんと千鶴子さん。

 その後ろで、美月さんとつづらが笑いをこらえきれずふるえているのが見える。


 町内会長が宿禰さんに向き直った。


「すみません。話がそれました。実は、今年もむしおくりの行事を縮小することになりました」


「昨年に続き、ですかな」


 宿禰すくねさんが難しい顔で黙り込み、場に緊張きんちょうが走った。


 虫送りとは、いね病害虫びょうがいちゅうを防ぐ民間行事らしい。

 民間行事だから、主体は神社ではなくこの町内の人々のようだ。


 近年、ともばたらきで虫送りの行事に参加できない家庭が増えて来たことや、少量で効果のある農薬のうやくの開発が進んでいることなどを作道つくりみちさんが述べた。


つきひめ神社じんじゃさんにはじょこうさいさいこうをしていただいている所ではありますが、今年も住民による大がかりな虫送りと神社へのご協力は縮小しゅくしょうして、問題がなければ来年以降は完全に廃止はいしさせていただきたいのです」


 作道さんが深く頭を下げた。

 これを町内の代表として伝えに来なければならないなんて、さぞや気が重かったことだろう。

 聞いている俺の方が胃が痛くなりそうだ。


「虫送りをやめてしまって本当に問題はないのですかな?」


 宿禰さんが白いまゆをひそめる。


「町内会の総会ではつきひめ神社じんじゃ氏子うじこしゅうの大反対がありましたが、若い世代からの賛成多数で決定しました」


「総会で決まったことなら仕方ないとは思いますが……」


 口では了承しつつも、納得はしていない様子の宿禰さん。


 作道さんが席を立った。


「では、虫送りの件はそういうことで。しらたま御守おまもりのプロモーション、頑張ってください」


 社務所側の玄関に出て作道さんをお見送りしたが、俺はその場しのぎで適当な話をしてしまった負い目があり、怖くて宿禰さんの方を振り向けなかった。


 物の怪を勝手に神社のマスコットキャラクターにまつげてしまった以上、絶対に怒られるに決まっている。


「夏輝くん」


 背後から宿禰さんが俺を呼ぶ。


「は、はい」


 覚悟かくごを決めて振り返ると、宿禰さんが言った。


「御守りは百体ひゃくたいまでなら試行的しこうてきに作ってもらっても構わんよ。町内会長さんに言ってしまった手前もあるし」


 宿禰さんからのおとがめがなかったことに、美月さんも驚きを隠せない様子だ。

 彼女の目がきらきらと輝いているのが見える。


「いいんですか? 白魂を月姫神社公認キャラクターにしても」


「いや。あくまで非公認キャラクターじゃ。そこはゆずれん」


 ミーミー寄ってくる白魂には構わず、難しい顔をして拝殿の方へ歩いていく宿禰さん。


 俺は、嬉しくてたまらないと言った表情で近寄ってきた美月さんとハイタッチをした。そして、つづらの頭ともハイタッチ。


 くすくすと笑い出した美月さんにつられ、俺とつづらも楽しくなって、暫くの間みんなで笑っていた。


⛩⛩⛩


「あの場でなつくんがしらたまグッズについて語り出した時には、もうおかしくて笑い出しそうでした」


「ホント、よくあんなにすらすらと言葉が出てくるもんだね」


 町内会長が帰った後、俺達三人は茶の間で麦茶を飲んでいた。


「プロモーションはやった方がいいと俺は思うよ。さっきも、若い世代の賛同さんどうにくくなっているって作道つくりみち会長が言っていたでしょ。……まぁ俺はむしおくりが何なのかあまりよく分からずに聞いていたところはあるんだけど」


 浴衣に着替えた美月さんがうちわで顔の周りをゆっくりとあおぎはじめた。


「虫送りは、いね害虫がいちゅうを防ぐための行事です。古来、害虫は悪霊あくりょうがもたらすものだと考えられていたので、火や大きな音で悪霊を追い払うんです。夏輝くんはウンカやいなごを見た事はありませんか?」


「イナゴは聞いたことがあるような、ないような」


「イナゴはバッタとよく似ているのですが、ウンカもイナゴも、稲を食べてダメにしてしまいます」


「じゃあ、じょこうさいは?」


「はい。住民が虫を追い払うのが虫送り。イナゴのれいしずめるのが神社のじょこうさい。最後には夏越なごしはらえという神事しんじけがれを落とします。ようは、三つの行事で一連いちれんの流れなんです」


「そうなんだ」


「虫送りは、全国どこでもやっているみたいだよ。わら人形にんぎょうを中心に行列ぎょうれつを作って村のさかいまで虫を送ることが多いみたい。青桐あおぎりまちの場合は藁人形をくくりつけた松明たいまつをかかげて町内を歩いて、虫をわら人形にんぎょうに移したら、最後に松明たいまつを燃やすんだ」


 つづらが美月さんのひざの上に乗って、うちわの風を一緒に浴びはじめた。


「青桐町では昔から、平家の武士である斎藤実盛さいとうさねもりたたりが虫の害をもたらすと言われてきました。じょこうさいでその魂を鎮めるのですが、御霊ごりょう信仰しんこうとも言うんです」


たたりになると厄介やっかいそうだな。宿禰すくねさんも、虫送りの縮小についてあまりいい顔をしていなかったよね」


「だけどさ。住民が『できない』って言ってるものは、仕方ないんじゃない?」


 眷属けんぞくしんのくせに、現代的げんだいてきでドライなつづら。


「そうなんですよね。それが難しいところなんです」


 美月さんが口に手を当てて、小さくあくびをした。ずいぶん眠いのだろう、まぶたも少し下がっている。


「すみません。もう遅いので、おやすみなさい」


 美月さんが二階へ上がっていく。しらたまがミーミーと鳴きながら彼女の後を追う。俺は柱時計を見る。


「え? まだ九時半だよね?」


 神社の朝は早いので早寝早起きが身についているのだろうが、女子高生というよりおばあちゃんの生活サイクルに近いような気がすると俺は思った。

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