#7 駆ける夜空に

 涼風がさらに高く舞い上がり、他のアオサギ達とともにイナゴの大群を追う。


 大きく左へ旋回せんかいし、俺とつづらも大きくかたむく。しっかりとつかまっていないと、遠心力えんしんりょくとされてしまいそうだ。


 下を見ると、明かりが点々と灯る家々が小さくなって見える。不気味に赤黒あかぐろかがやく田んぼがあちこちにあった。


 神力を右手に集中させ、五ヶ所くらいに分散するイメージで放つ。


 右のてのひらから、輝く白い光が五つに分かれ、三つがイナゴの群れに命中めいちゅうした。


「ナツキ、ナイスストライク」


 喜んだつづらが俺の首に巻き付いた。


「うん。今度はもう少し細かく分散だ」


 今度は神力を十ヶ所に分散。それができたら二十、四十と増やしていく。

 より細かく、より多くのイナゴに当てるようにイメージする。

 分散した神力全てを別々にあやつることはできないので、たくさんイナゴがいる場所目がけて遊撃ゆうげきさせる要領ようりょうだ。


 当てる確率かくりつを、精度せいどを高めろ。


 俺は神力のコントロールに神経を集中させた。


 並び飛ぶアオサギの一羽が言った。


「お前。人間のくせに、なかなかやるな。驚いたぜ」


「ああ、任せろ」


 俺とつづら、アオサギ達の間に目に見えない一体感いったいかんが生まれはじめていた。


⛩⛩⛩


 夜空をけ戦ううちに、空中のイナゴの数がいくらか減ってきた。次は田んぼのいね保護ほごだ。俺と涼風が先頭に立って飛び、田の中のイナゴの大群に突っ込む。


 右手から白く輝く神力を放つ。

 田んぼ一面が神力で白く輝いて、群がっていたイナゴの赤黒い怨みの感情が消滅しょうめつする。

 しげる稲の中から浮上する涼風、はらいは成功だ。


 一部のイナゴは危機を感じて上空に飛んで逃げようとするが、追撃ついげきするアオサギ達の青い炎に焼き払われた。


「いい感じだ」


 同じような形で、次の田んぼへ飛ぶ。

 Uターンしたイナゴの群れが赤黒い鎌のような陣形を描いて、こちらへ向かってくる。

 涼風が青い炎を吐くが、やすやすとかわされた。

 突進してくるイナゴの一群。


 イナゴが向かってくる先は、俺ではない。つづらだ。


「つづらっ!」


 イナゴがつづらを襲いかけた時、別のアオサギが大きな青い炎を吐いてイナゴを焼き払った。


「おい人間。ちょっとうまく行ったからって呆けてんじゃないぞ。眷属けんぞくしんを守らねばならないことを忘れるな」


「ありがとう」


 日が落ちて、辺りはよるとばりに包まれた。

 ドーン、ドーンと太鼓の音が近づき、あぜ道をゆっくりと進む虫送りの行列が見えはじめる。


「人間達をり殺せ」


 イナゴ達が虫送りの行列めがけて飛び込んでいく。


「させるかよっ!」


 俺と涼風、その後ろからアオサギ達の群れがイナゴを追う。振り返った涼風の側近がさわぎ出した。


「頭領! 大変です。西南西の風に乗って、後ろから大量のイナゴが」


「なにっ」


 振り返ると、後ろから追いかけてくる赤黒い集団。再びのイナゴの猛攻もうこう


「気をつけて! 目の前に高圧こうあつせん鉄塔てっとうがあるよ」


 つづらの言葉に我に返る。涼風が鉄塔をたくみにけて、直角に急降下きゅうこうかした。


 イナゴの何十匹かが、しになっている数本の電線にぶち当たって感電かんでんし、落下していく。


 御霊ごりょうも電気の影響を受けるらしい。


 すぐさま分散した神力を放った。涼風達も同時にあおさぎを吐いた。


 しかし、イナゴ達が虫送りの行列に突っ込んでゆくのに、僅差きんさで間に合わない。


 俺の額を、冷たいいやな汗が流れた。


 イナゴの御霊ごりょうの大群が、虫送りの行列に襲いかかるその瞬間、作道つくりみち町内会長の声がした。


大松明おおたいまつ点火てんか―っ!」


 虫送りの行列の中央、引き回されていた大松明に火がともる。

 赤々と燃える熱い炎が立ちのぼり、行列に突進したイナゴの約半数が焼き払われる。


 打ち鳴らされる大きな太鼓の音に、残る半分のイナゴがやっとのことで急展開きゅうてんかいし、再び西南西の風に乗って逃げのびようとする。


 俺は胸をで下ろした。


「おいなつ。なにどんくさいことしてんだよ。僕が結界張ってたから良かったものの、神力しんりきつ速度が遅すぎるよ」


 行列の中にいる、法被はっぴ姿のおかっぱ頭──巴が地上からさけんでいるのが見えた。


「ごめん」


「しかし、どうやってたらし込んだか知らないが、アオサギ達がよく協力してくれたな」


「ああ。俺とつづらだけじゃ、ここまで相手の力をげなかった。とにかくみんなで力を合わせて、月姫神社のの中へ追い込まないと」


「ああ。みーちゃん達も今頃頑張っているだろうからね。急ごう」


⛩⛩⛩


 虫送りの行列の人数が徐々に増えてきた。

 住民たちの呼びかけで、不参加だった人たちが集まってきたのだ。


 涼風すずかぜの背に乗って飛翔ひしょうしながら、月姫神社を目指す。


 空からは、青く輝くあおさぎ。地上からは、赤く燃える人々の大松明おおたいまつ

 二つの炎が、虫を追う。

 イナゴの御霊ごりょうが赤黒く輝きながら、上空から月姫神社の境内に入った。神域しんいきだからか、うらみの光が少し弱まる。


 俺と涼風に続くアオサギ達の群れ。その後から、やや遅れて境内に入っていく虫送りの行列。


 大松明が境内に設置せっちされ、赤々と拝殿はいでんを照らす。


 広い拝殿を見回し、宿禰すくねさんとづきさんの姿を探す。


 二人は、イナゴの霊をなぐさめるじょこうさい神楽かぐら奉納ほうのうしている最中だった。

 宿禰さんの横笛の、んではっきりとした、悲しげな音色ねいろ


 美月さんのものは、いつも巫女みこまいで使う神楽かぐらすずと、赤地に金色の日の丸がえがかれたあざやかなおうぎ


 平氏へいしのシンボルであるこの珍しい日の丸は、平氏が壇ノだんのうらの戦いで源氏げんじに敗北するまで使われていたらしい。

 一方、勝利した源氏のシンボルは白地に赤い日の丸。それが現在の日本の国旗こっき起源きげんになったと言われている。


 平氏のシンボルの扇を使って舞うのは、イナゴによる虫害ちゅうがい元凶げんきょうと言われる斎藤さいとうさねもり御霊ごりょうなぐさめるためなのだろう。


 ここまで来ると、もはや勝利は目前もくぜんだった。


 イナゴの御霊の群れが、神楽を舞う美月さんを襲う。


 「美月さん!」

 

 俺は涼風の背から飛び降りて美月さんの前に立ちはだかると、イナゴの御霊めがけて神力を放った。

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