#7 あの月は雲の彼方に
夕食後、
「
「いいんですか。怒られませんか」
「いいのよ。あの子が高校の時に着ていた服でもう使わないし、今は県外に行っていて不在なの。だから遠慮しないで」
美月さんのお兄さんか、一体どんな人なんだろう。
きっと美月さんみたいに礼儀正しくてきちんとした人なんだろうと想像する。
風呂は
戸を開けると、
肩から勢いよく掛け湯をしてから、ゆっくりと熱いお湯に足をひたしていく。
肩まで浸かると血流が良くなって、疲労と緊張がほぐれていく。
天井を見上げると、家族の顔が浮かんでは消えてゆく。
当たり前に毎日を送れることがどれだけ素晴らしいことかなんて、分かっていなかった
ふと、白川ゆりあの顔が浮かんできた。
ほどけぬままの
⛩⛩⛩
風呂から上がると、美月さんのお兄さんが使っていたという六畳間の和室に案内された。
布団を敷いてもらうと、もう何もする気力が湧かなくて、つづらと寝転がって天井をぼんやり見ていた。
いつもならこの時間はスマホでゲームをしている頃だが、電波が通じない以上何もすることがない。
ぼんやりとではあるが、改めて部屋を観察する。
障子の前に
和箪笥の中には美月さんのお兄さんの服がきちんと畳まれて入っていた。
ほんのりと
ふと隣を見ると、つづらが動いていない。
「つ、つづら! つづら大丈夫か?」
つづらがゆっくりと動いた。
「ああ、ゴメンね。蛇はただでさえ寝たがりなんだけど、今日は結構力を使っちゃったから。いつもに輪をかけて眠いよ」
「
「ボクはね、まだ子どもで半人前なの。
つづらがねぎらってくれる。
「うん。世界が全然違いすぎて、何だか物凄く遠くに来てしまったんだなって感じる」
泥のような疲労感にまみれたまま、腕を顔の上に持ってきて
どれだけ自分を励まして前向きに考えようと頑張っても、この見知らぬ土地では自分の存在が揺らぎ、
──もし、このままずっと帰れなかったら。
「お邪魔します」
突然、
女子にだらしない所を見られまいと、反射的に飛び起きて正座した。
しかし、彼女が深夜に俺の部屋を訪れる意味が分からない。
俺の部屋に入ってきた美月さんが
おとなしそうな感じに見えるが、近くで見ると結構可愛い顔をしていて、先程の
「夏輝くん」
ずいと詰め寄られ、思わず後ずさりしつつも、気持ちが舞い上がる。
「な、なんでしょう」
思った以上に距離が近いので、固まっていると美月さんが言った。
「──運が悪い事を気にしてはいけません」
「え?」
「心の持ちようが大事だと思うんです。
「──お、おみくじ?」
「さっき嘆いてましたよね? おうちに帰れなくなったご自身の運の悪さを」
どうやら、夕食の時にホームシックになっていた俺を心配して、励ましに来てくれたらしい。
「もしかして、それを言いに来てくれたんですか」
「はい。心配だったので。でも、夏輝くんが思ったよりも元気そうだったので良かったです」
美月さんが「では、これで失礼します。ゆっくり休んでくださいね。つづら様も」と花のような笑顔を見せると、
立ち去っていく足音。恋の展開を期待した俺は、美月さんの心の美しさに触れて急に自分が恥ずかしくなり、枕に頭を埋めた。
「あれ、赤くなっちゃって。キミは何を期待していたのかい」
「何でもないです。何も期待していません」
「ミヅキってちょっと変わってるでしょ。マイペースと言うかね。でも、物凄くいい子なんだよ」
「あー、俺もそれは分かる」
電灯を消し、障子を開けた。
先ほどまでの星空はどこへやら、
──
流れゆく雲の中で、あの月だけは動かない。
どんなに周囲の状況に
「
「うん。ありがとう、つづら」
長い、本当に長い一日だった。
障子を開けたまま布団に横になった。
いったん横になると、見知らぬ土地での不安よりも疲労の方が勝り、あっという間に眠りに落ちていった。
イラスト
https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330655109481523
⛩⛩⛩
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