#2 不幸な高校生、復讐の鬼と化す

 カナカナカナカナ……とひぐらしの声が響き渡る、初夏の境内けいだい


 ベンチに腰かけた制服姿の俺と美月さんの周りを白魂が一匹、ミーミーと鳴きながらかまって欲しそうに飛び回っていた。


 少し離れたところでは、ひまを持てあました様子のつづらがアマガエルを威嚇いかくしている。


 先程の出来事が尾を引いているのだろう、意気消沈いきしょうちんした様子の美月さん。


「そもそも、どうして幽浅ゆあさは美月さんを目の敵にしてくるの?」


「昔はこの境内けいだいで、兄や近所の男の子たちと、日が暮れるまで泥だらけになって遊んでいました。いじめられても、大抵は皆がかばってくれました。幽浅さんはそれが気に入らなかったみたいです」


「ユアサはネチネチ陰湿いんしつ女子グループのボスだからね。いったん目をつけられたら厄介やっかいなんだよ」


 つづらの言葉から、幽浅が手下に指示して、美月さんを女子グループの輪から外したのだろうと言う事を何となくさっした。


「……なんか俺、さらに腹が立ってきた」


 こぶしを握って立ち上がると、積んであったわらたばをつかんだ。


「くくく……これで藁人形わらにんぎょうを作り、奴らをものにしてくれる……!」


「ああっ、夏輝なつきくんがダークサイドに!」


「あのさぁ、闇堕やみおちしてるひまがあったらサッサと練習でもしたら?」


「……確かにそうだな。このうらみは試合で返す」


 つづらの言葉に我に返った俺は、即座そくざ藁束わらたばを捨てラケットを構えた。


「首を洗って待ってろよ……」


 物騒ぶっそうだね、とつづらが後ろでつぶやいたのが聞こえた。


⛩⛩⛩


 境内を吹き抜ける初夏の風を浴びながら、美月さんが長い髪をなびかせてシャトルを打ち返す。


「うまいよ美月さん! その調子だ」


 頭上を飛んでくるシャトルをジャンプして捕らえては、美月さんの取れそうな範囲をねらって打ち返す。


「いえ! 夏輝くんの方こそ、すごく上手で驚きました!」


 足を踏み出してラケットを低く構え、またも打ち返す美月さん。

 前回に続き、軌道きどうは高め。

 ギリギリまで待って、再び跳躍ちょうやくしてラケットを振る。


「俺! 昔から姉貴の練習台にさせられてたから!」


「そうなんですか! それは良いお姉さんで!」


 美月さんがラケットをひるがえすと、高い音が鳴った。


「いや! うちの鬼姉おにあねへの拒否権きょひけんとか皆無かいむだから!」


 爽快そうかいな音を立てて、シャトルが夏の空を往復する。


 はずむ呼吸。


 打ち返すたびに嬉しそうに笑う美月さんを見て、いつの間にか自分も気分が高揚こうようしていることに気づく。


先程さきほどからだんだんと楽しくなってきたような……ああっ!」


「やば! 美月さんゴメン!」


 うっかり手加減てかげんそこねて、美月さんの頭上を大きく飛び越してゆくシャトル。

 慌てて追いかける俺達。


 シャトルが飛んでいった先には、月姫神社の裏山へと続く小さな裏鳥居うらとりいが立っている。


──鳥居をくぐった瞬間、高い金属音のような耳鳴りがして全身に寒気さむけが走った。


 神聖しんせいおごそかな気配と、得体えたいの知れない怖さを感じる。


 聞こえてくるのは、カナカナカナカナ……と鳴く、ひぐらしの声だけ。


 七月だと言うのに不自然に冷たい風が吹き、木々の隙間すきまから、黒々とした何かが見えた。


──そこにそびえていたのは、高さ十数メートルはあろうかと思われる黒い巨岩だった。


 上部を苔と草でおおわれ、周囲にはぐるりと注連縄しめなわが張りめぐらされている。


 長年風雪にさらされてきたその表面は細かな穴が穿うがたれ、一面に流れ星のような白いすじと、月面のクレーターに似た白い幾何学模様きかがくもようが入っている。


 そして、岩の正面には、巨大なひびたてに走っていた。


「何だ……これは?」


 ただならぬ気配を放つ巨大な黒岩に圧倒あっとうされていると、美月さんが言った。


「『天磐船あまのいわふね』……はるか昔、月姫つきひめ日彦ひのひこ男女二柱だんじょふたはしらの神が、これに乗って天からこの地へと降り立ったと言われています」


──美月さんの言葉に、まるで脳天のうてんを撃たれたかのような感覚におちいった。


 気の遠くなるような長い時間の中で、この岩の上空をぐるぐると回り続ける何千何億もの星の映像が見えるかのようだった。


「──もしかして、月姫と日彦が古事記や日本書紀に登場しないのは、宇宙から来た神様だからってこと……?」


「はい。他の八百万神様やおよろずのかみさま達とはルーツが異なるんです」


「でも、余所よそから来た正体不明の存在を、なぜこの地の住民たちはすんなりと信仰したのかな」


「古来、別の世界から来た存在を、幸せをもたらす『来訪神らいほうしん』として、人々が大切にしてきたからです。そういう意味では、常世から来た夏輝くんも幸せをもたらす『来訪神らいほうしん』なのかも知れ……」


 そう言った後、美月さんが黙った。


「……早くシャトルを探さなくては」


「いや最後まで言ってよ! 俺が幸せをもたらす来訪神だって!」


 俺の問いに目を逸らす美月さん。


 シャトルを拾うと、俺の方を振り返ってくすくすと笑った。

 どうも、からかわれていたらしい。


 悪戯いたずらっぽいその笑顔が、俺の心臓をぎゅっと締めつける。


──恋。


 生きる喜びを与えてくれる薬であると同時に、俺を苦しめる毒でもあるこの感情。

 彼女の俺に対する想いを知りたいが、また一方で真実を知るのが怖い。


 白魂しらたまが美月さんの周りを飛び回りながら、ミーミーミーミー、と四回鳴いた。


「四時ですね。そろそろ社務の時間です。とにかく戻りましょう」


──知らなかった。今のは時報だったのか。


 美月さんに続き、ラケットを抱えたまま裏鳥居をくぐると、目の前には一面を人工芝に覆われた巨大な広場があった。

 まばらに植えられた木、人工池と噴水。


 少し離れた所には、白いコンクリートとガラスで出来た巨大な建造物があり、家族連れやカップル、学生のグループなんかが行き来している。


──普賢ふげんガーデンモール。

 俺と白川ゆりあがデートする予定だった場所。


「こ、ここは一体?」


 うろたえた様子で辺りを見回している美月さんに、俺は言った。


「……俺達、常世とこよに来たみたいだ」


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330659306246120

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る