#1 運命のお相手は

 七月のある日の事だった。


 二週間後に鳳凰高校クラス対抗スポーツ大会を控え、体育館にはクジ引きの長い行列が出来ていた。


──種目はバドミントン、男女混合ダブルス。


 そして俺は、抽選箱ちゅうせんばこを前に二礼二拍手一礼にれいにはくしゅいちれいを行っていた。


けまくもかしこ月姫神社つきひめじんじゃ大神おおかみよ……願わくば俺と美月みづきさんをペアに……」


「おい瀬戸。ぶつぶつ言ってないで早くクジ引けよ。後が詰まってんだぞ」


 後ろの奴につつかれ、ゴメンと謝りつつ、気合いを入れて抽選箱に手を突っ込んだ。


「うちのクラスは三十六人だから、₃₆C₂=(36・35)/(2・1)=630通りの組み合わせのうち美月さんとペアになる確率はわずか0.158パーセント……」


「ナツキ、いつも数学赤点のくせに今日は別人みたいに計算早いね」


 俺の体操服の中から、白蛇つづらの声がした。


「ああ当然だ。他の奴らに彼女を渡すわけには……」


「手が震えているけど大丈夫かい」


「心配するな。単なる武者震むしゃぶるいだ……」


 俺は抽選箱の中の大量のクジのうちの一つを引っ張り出すと、わなわなと震える手で開いた。


⛩⛩⛩


 ややあって、ダブルスのペアが発表された。


──ああ、なんという僥倖ぎょうこう


 組み合わせボードには、夢にまで見た「瀬戸せと夏輝なつき蓬莱ほうらい美月みづき」の文字が書かれていた。


「いよっしゃああ! 大吉だいきち! ご利益りやくあり!」


「瀬戸うるさいぞ。御神籤おみくじじゃないんだから、少し黙ってろ」


 後ろの奴がまだ何か言っているが、俺の耳にはもはや何も届かなかった。


 俺は真っ先に美月さんの元へとけ寄った。


「俺たちペアだって」


 体操服に身を包んだ美月さんの表情も、心なしか明るくほっとしているように見える。


「はい。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 微笑ほほえみつつも控えめに頭を下げるその姿はたおやかな大和撫子やまとなでしこそのもので、もう本当に可愛すぎて困ると俺は思った。


──ああ、何という僥倖ぎょうこう


 まるで俺達、結納ゆいのうでもわしたみたいじゃないか?


 興奮冷めやらぬまま体育館を見回すと、ちょうど向こうから陰陽師おんみょうじ卜部巴うらべともえがげっそりとした表情で歩いてきた。


 その瞳はうつろで、光がなかった。


「巴。死相しそうが出てるが大丈夫か?」


「……」


 返事がない。


「何があったか分からないけど、元気出せよ。そうだ。今日から二週間、三人で放課後練習しないか?」


 俺がそう言った瞬間、巴が血走ちばしったで俺達をにらみつけた。


「……僕は君達を知らない。会ったこともない」


「おい! ちょっと! 待てよ巴!」


 呼び止める俺には目もくれずに武道館の方へ走り去っていく巴。

 天井近くの窓から、生ぬるい風が吹いた。


「無視かよ……」


「今、巴くんの中で私達の存在そのものが抹消まっしょうされましたね……」


 やがて、巴の消えていった武道館の方面から、般若はんにゃあかりの怒号どごうが聞こえた。


卜部うらべ! あたしとペアの何が不満だってのよ!」


般若はんにゃとペア組むなら格闘技かくとうぎの方が……うぎゃああぁっ!」


「今、断末魔だんまつまが聞こえたが……えを食らうと困るから近づかないでおこうか」


「そうですね。巴くん、どうか安らかに……!」


 俺達は静かに両手を合わせた。


 その時、ちょうど対戦相手となる二組の幽浅魂美ゆあさたまみ八架焚也はっかたくやがこちらに向かって歩いてきた。


 幽浅はゆるいウェーブのかかったロングヘアが似合う、お嬢様系のルックスの女子で、一定の層から人気がある。


 その幽浅が、すれ違いざま美月さんに敵意に満ちた一言を放った。


「いいよね。いつも男の子に守ってもらえる人は」


 美月さんが、唇を噛みしめてうつむいた。


 腕組みしながら意地いじの悪そうな笑みを浮かべる幽浅魂美ゆあさたまみに俺が反応できないでいると、八架はっか焚也たくやが言った。


「瀬戸。ダブルスで大事なのはペアとのコンビネーションだからな。短距離走の時みたいに一人だけで目立とうとすると足元をすくわれるぞ」


「なっ……!」


「その点、ぼくらはテニス部で一緒にダブルスやってるしな」


 八架が目配せをすると、幽浅ゆあさが「そうね」と長いウェーブヘアをなびかせて不敵ふてき微笑ほほえんだ。


 すぐさま俺も反撃に出る。


「俺と美月さんだって毎日一緒に境内けいだいの草むしりしておやつ食べてテレビ見てるし!」


「……ハハッ」


 そう叫んだ瞬間、八架が失笑し、幽浅が「お子様かしら?」とクスクス笑った。


 ダメだ。俺達の方が一緒にいる頻度は高いはずなのに、あの二人と比べるとなぜか格好かっこうがつかない。


「……黙っていた方が良かったんじゃない?」


 俺の体操服の中で、つづらが小さな声で言った。


 八架が「せいぜい草むしりでも頑張れよ」と俺の肩を叩き、去ってゆく。


 美月さんを見るとまだ泣き出しそうな顔でうつむいている。


「大丈夫? あんな狭量きょうりょうな奴らの発言なんか気にすることないから」


 俺が思いつめた表情の美月さんに向かってあれこれと言葉を継いでいた時に、同じクラスの久湊ひさみなと柊司しゅうじが声をかけてきた。


瀬戸せと蓬莱ほうらいも大変だな。幽浅ゆあさは根に持つタイプで、プレーもしつこいって話だし、八架はっかに至っては『死のサーブ』の使い手だからな」


「いやこれバドミントンだよね! 死ぬ要素ないよね?」


「確かに当たって死にはしないが、八架のサーブは誰も予想できない所にシャトルが飛んでいくらしいんだよ。二組のバドミントンの授業は、それで点が入り放題。要は無敵状態むてきじょうたいだったとか何とか」


「……それは確かにやばいな」


──あの二人を何とかして見返してやりたい所だが、さてどうしたものか。


イラスト『運命のお相手は』

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330658660495680

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