#3 常世への帰還

「ここが、常世とこよ……?」


 美月さんが、驚き慌てた様子で周囲を見回した。


 振り返ると、俺達がくぐった裏鳥居がつるバラのアーチにすり替わっていた。

 アーチの向こう側には、先ほどまでいた月姫神社の裏山の木々が風にそよぐ姿が見え、まるで合成された映像を見ているかのようだった。


 この日をあれほど待ち望んでいたはずだったのに、戻ってきたことがあまりにも唐突とうとつ過ぎて、嬉しさよりも疑問や困惑の気持ちの方が大きい。


「どうしてこんな突然に常世へ引き戻されてしまったんだろう」


 つづらが俺の肩の上にするすると登った。


「ナツキが現世でたくさんの人を助けたから、思っていたよりもかなり早く常世への帰り道が開いたんじゃないかな。でもとにかく、これでキミは家に帰れる」


 美月さんも口元で両手を合わせ、微笑んだ。


「良かったですね、夏輝なつきくん。これでようやく、ご家族やお友達と会えますね」

 

──何故だか嬉しくない。


 俺の心の中には美月さんやつづら、そして現世の皆とえなくなるという悲しみが、重い塊となって沈んでいた。


 思えば、最初から疑うべきだった。

 不運の神に愛されしこの俺が、美月さんとバドミントンダブルスのペアになること自体がおかしかったのだ。


 さりげなく美月さんの心情にさぐりを入れる。


「だけど、俺が帰ってしまったら、バドミントンダブルスは美月さん一人で出場することになるんじゃ……」


 そう言えば、彼女はきっと不安な顔をするに違いないと思った。


 ところが、美月さんの反応は予想とは違った。


「試合はどうとでもなります。欠員けついんが出た場合は先生が配慮してくれるでしょう。夏輝くんは常世へ帰る方を優先するべきです」


 いつもの神事にのぞむ時の、毅然きぜんとした表情。

 ひょっとすると、俺に友情以上の感情を抱いてくれているのではないか、という淡い期待が崩れ去ってゆく。


──美月さんは、俺と別れるのが悲しいわけじゃないんだ。


 俺は苦しい気持ちを悟られないように、努めて明るく言った。


「──分かった。俺、常世に帰るよ」


 それでいいというように、うなずく美月さん。


 元来た道を振り返ると、つるバラのアーチの上部にはほんの一部、先ほどまでいた現世の空が映っているが、徐々にその範囲がせばまっていくのが見える。


「まずい。帰り道が閉じてる?」


「ここは閉じかけてるけど、もう一つの道が後から出現して、しばらく開いているから大丈夫だよ。ボクは何度もそれで帰っているから」


 つづらの言葉に少し安心した俺は、美月さんの周りをふわふわと飛んでいた白魂しらたまを捕まえる。


「白魂、頼む。この事を、宿禰すくねさん達やともえに伝えてくれ。必ず美月さんとつづらを月姫神社へ送り届けるから!」


「ミ?」


 きょとんとしている白魂を空中に放り投げると、バドミントンのラケットを振り上げた。


 右手に神力しんりきを込め、白魂めがけてフォアハンドでのロングサーブをぶちかます。


 右腕がラケットごと光り輝き、カーンという爽快そうかいな音がガーデンモールの空に響いた。


「頼んだぞ白魂!」


「ミーッ!《痛い! 何するんだ馬鹿野郎》」


 風にうなりながらつるバラのアーチを通過し、現世へと飛ばされていく白魂。

 俺はついでに二本のラケットも現世めがけてぶん投げておいた。


「ああっ、お気の毒……」


 両手で口を覆う美月さんに、つづらが「日頃何もしてないんだから、たまには働いてもらわなくちゃ」と言った。


──残された時間はわずか。


 せまり来る別れの時が、俺の心をじりじりと追い詰めはじめていた。


 宿禰さんや千鶴子さんに至っては、別れの挨拶あいさつすらできない可能性が高い。

 あんなにお世話になったのにもかかわらず。


──そして、ともえ

 現世うつしよでの生活が楽しかったのは、巴がいたからなんだ。

 せめてあいつに、礼の一つも言いたかった。


 顔を上げ、陰鬱いんうつさが出ないように声を張り上げた。


「つづら。現世うつしよつながる『もう一つの道』は、どこに出現するんだ?」


「前にナツキと行った、あの神社だよ。日が落ちる頃までは大丈夫だと思う」


「分かった」


 俺はつづらを肩に乗せ、美月さんを見た。少し心細そうなその表情。


「大丈夫だよ、安心して。必ず送り届けるから」


「……はい。よろしくお願いいたします」


 周囲を確認しながら、俺の少し後ろをついてくる美月さん。


「ナツキ。ミヅキに気持ちを伝えるなら、最後のチャンスだよ」


 つづらが耳元で言った。

 それは、俺がずっと結論を出すことを回避していた問題。


「──いや。いいんだ」


「最終的に決めるのはキミだけど、後悔だけはしないようにするんだよ」


「……分かってるよ」


 気持ちを伝えずに去るのは、後で不完全燃焼ふかんぜんねんしょうになりそうで後悔しそうな気がするが、拒絶きょぜつされる方がもっと怖い。


 美月さんとつづらを連れて庭園を抜け、巨大ショッピングモールの内部に入る。

 広いガラスの天井から降り注ぐ光が、水路状の青いプールにさんさんと降り注いでいた。


 プールを見つめる美月さんの瞳が、光を受けてきらきらと反射した。


「綺麗……」


「この長いプールはガーデンモール内をめぐる運河うんがになっていて、イベントの日はボートが出ていることもあるんだ」


「まるで外国にでも来たかのような……あ、つづら様! あっちでも小さなお店がいっぱいです」


 プールの周囲では小さなマルシェが開かれていて、写真映えを意識したスイーツやアクセサリーが売られている。


 美月さんを連れて桜町のアクセサリーショップへ出かけたことを懐かしく思い出していた時、背後からの視線を感じた。


「……ねえねえ。あの子、行方不明になってる男の子と似てない? ほら、ミスター普賢高校ふげんこうこうの」


「え? 別人でしょ。制服が違うし、蛇連れてるし……」


 俺はあわてて美月さんとつづらを柱のかげへと誘導ゆうどうした。

 ここで騒がれるのはまずい気がした。


「くそ……指名手配犯じゃないのに!」


──俺はスマホを取り出すと、『鳳凰市ほうおうし 行方不明ゆくえふめい』で検索した。


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330661153500209

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