#10 夏越(なごし)の祓(はらえ)

──いよいよ、夏越なごしはらえ当日とうじつ

 俺は手伝いに来てくれた巴(ともえ)と一緒に朝早くから社務所で参拝者対応のための準備をしていた。


 ふいに衣擦きぬずれの音がして、まい装束しょうぞく──千早ちはやを身にまとい、てんがんをかぶったづきさんが社務所に顔を出した。


「おっ、美月ちゃんは今日も別嬪べっぴんさんだねぇ」


 隣にいた火爪ひづめさんが声をかけ、氏子衆もうんうんと頷いた。

 いつもの美月さんもいいけれど、祭礼の日の美月さんは凛として綺麗きれいだ。思わず見とれてしまう。


「いえいえ、そんな。恥ずかしいです。夏輝くん、巴くん。例の授与品じゅよひんの準備をしてもらえますか」


 段ボールを開封し、そっと御守おまもりを取り出すと、小さなすずひびく。


 みんなで苦労して奉製ほうせいした、ミニサイズのしらたま根付ねつけしろへび根付ねつけ


 三宝さんぼうと呼ばれる箱型の木の台の上に並べていた時に、ちょうど一人目の参拝客が来てくれた。


「こんにちは」


 小さな女の子二人を連れたお母さんだ。


「本日はおまいりありがとうございます。こちらの御守り根付をお持ちください」


 根付を三つお渡しすると、女の子達がへびさんかわいいー、とはしゃいだ。

 お母さんもとても喜んでくれて、何度も頭を下げられて、なんだかとても温かい気持ちになった。


 一時間後、既に社務所は人で混雑する状況になっていた。氏子さん達も一緒に対応してくれているが、行列をさばききれない。


 御守りのモデルであるつづらも、社務所の前に置かれた赤い座布団に鎮座ちんざしていて、小さな子ども達を中心に人気をはくしていた。


⛩⛩⛩


 一時間後、子ども達にさわられまくって、ぐったりしているつづらがいた。


「大丈夫か、つづら?」


「もうやだ。怖いよ。小さい子がボクの首をつかんだり、うろこをむりやり引っ張ったりするんだもん」


 可哀想かわいそうに、つづらは涙目なみだめだった。


「つづらは奥で休んでいてくれ」


 俺がつづらを座布団ごと社務所の中へ引き入れていた時、氏子の林崎はやしざきさんが言った。


「美月ちゃん達。先日のおじょうさんたちが来てくれたみたいだぞ」


 社務所に並ぶ行列の中にむら椿つばきこと般若はんにゃあかりの笑顔が見えた。


「お疲れ様、やっほー。御守りはどうなったのー?」


「有難う。おかげさまで大人気だよ。もう残りわずかの状態だ」


「それは良かった。卜部うらべくんもお手伝いなんだー」


「あーそうだよ。夏輝とみーちゃんがどうしてもって言うから、仕方なくね。なんなら、般若と村椿も働いていかない? 僕が優しく教えてあげるよ」


 あやしげな笑みを浮かべる巴に、般若さんがぴしゃりと返す。


「こき使われそうだから遠慮えんりょしとくわ。あんた、そこのでもくぐって心のけがれをはらい落として来たら?」


「巴の場合は、三回くぐるだけじゃ穢れが落ちないだろうな」


「夏輝までそれ言うか?」


 巴が口をとがらせると、女子三人がくすくすと笑った。


 氏子さん達と立てたの前には行列ができていて、参拝者が次々にくぐっては、この半年間のけがれを落としていく。


 村椿さんと般若さんが笑顔で手を振って帰っていった後、作道つくりみち町内会長が社務所を訪れた。


「先日はありがとう。あなた方がいなければむしおくりもじょこうさいも無事に終えることができませんでしたよ。ところで、宮司ぐうじさんから来年の方向性について聞かれたかな」


「いえ」


「今回の件を踏まえて、虫送りの廃止は役員会でいったん見送りになったんですよ。月姫神社の除蝗祭と共同開催する話も出ている。今後も町内会でやり方やあるべき姿について話し合っていくことになりそうです」


 確かに共同開催という形ならば、氏子うじこしゅうや住民の負担もいくらか減らせるかも知れない。


「若い世代と高齢者世代が本音でぶつかり合うことで色々な議論ぎろんができたし、逆に互いに歩み寄る姿勢も見えてきた。それだけでも良かったと思いますよ。本当にありがとう」


 一礼して立ち去ろうとする作道さんに、美月さんが白魂根付を渡す。


「あの。こちらをお持ちください」


「ありがとう、例の白魂御守りですね。とてもよく出来ている」


 作道さんが笑顔になり、深いしわの刻まれた顔が、さらにしわくちゃになった。苦労皺だけだと思っていたけれど、喜びの皺もあるんだな、と俺は思った。


 参拝者さんぱいしゃ途絶とだえ、鳥居の向こうの田園地帯を眺めると、遠くには青い山が広がっていった。


 思い出すのは、山の向こうに消えていったアオサギ達の青い炎。

 世話になった彼らの居場所を奪ってしまった罪悪感にさいなまれる。


なつくん。心配しなくても、頭の良い涼風さんならうまくやっていると思います。今も群れのみんなから頼られていると思いますよ」


「そうそう。あいつらは今頃、淀川よどがわで魚を食べ放題だよ。人間から逃げる必要もないし。むしろ、丸々と太って飛べなくなることを心配した方がいいんじゃない?」


 顔を上げると、そこにはいつもと同じ美月さんと巴の顔があって、俺は少しだけ安心した。


「そうだといいな。魚がれすぎて、みんなで大笑いなんかしてるといいな」


 今日は六月三十日、一年で一番昼間が長い夏至げしの日でもある。


 見上げた青い空は高くんで、白くはっきりとした雲間くもまからは太陽の光が降り注ぐ。


 このまま、どこまでもとおって透明とうめいになれたら。


 心の中のにごったものや、このにまとわりつく全ての要らないものを捨てて、あの空に溶けてみたいと俺は思った。




⛩⛩⛩

■第6章、完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!

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