#9 消えてゆく青い炎

「巴。なんだっけ。前に言ってた、位牌山いはいやまの川の名前」


淀川よどがわね」


「それだ。涼風すずかぜ、ここから少し行った先の位牌山に『血淀川』という川がある。そこは禁足地きんそくちで人間はいない。来るとしたら、陰陽師おんみょうじうらともえとその親族だけだ。そこに行けば、魚がたくさんれるらしい」


「位牌山は知っている。しかし、先祖からは禁足地へ入ればさわりがあると聞いているが」


「問題ない。江戸時代に徳の高い僧によって供養済くようずみだ。郷土史にも記録がある」


 巴が高らかに断言だんげんすると、涼風は、少しの間黙って思案しあんする素振りを見せた。


「頭領。でまかせかも知れんぞ」


「銃を撃ったのは弓部ゆんべ集落しゅうらくの者で、この者達は青桐あおぎりの集落の者達だ。妄言もうげんかどうかは、我が判断することだ」


 涼風が金色の瞳を光らせて一瞥いちべつする。

 羽毛が逆立ち、巻き起こった青い炎が涼風の身を包む。有無を言わせぬその迫力はくりょくに、騒ぎ立てていた側近の二羽が静かになった。


「本当にごめん。こんなことで許してもらえるなんて思っていないけど」


「神力使いよ。それ以上自分を責めるな。過ぎたことよりも、これからどうするかを考えろ。一時でも心を通わせ合うことが出来て楽しかったぞ。では、さらばだ」


 涼風と側近のアオサギ達が、青い輝きを放ちながら山の向こうへ飛び去ってゆく。


 突然訪れた別れにどう言葉をげばいいのか分からず、口から出たのはたった二言だけだった。


「元気で。本当にありがとう」


 次第しだいに遠のいてゆく、幻想的な青い光。


 俺の住んでいた常世とこよにも、かつては多くのものたちそんざいしていたのだろうとは思う。けれど、開発かいはつが進み、住処すみかを追われて、こんな風にしていなくなっていったのだろう。


 胸がしめつけられ、やるせない悲しさで満たされてゆく。


 あおさぎ、それは消えてゆく青く美しい光。


 光は、やがて見えなくなった。


⛩⛩⛩


「みんな、よく頑張ってくれた。本当にありがとう」


 涼風を見送った後、宿禰さんが言った。


「俺、涼風たちに申し訳なくて」


 おそい来る頭痛ずつうに、頭が割れそうだった。イナゴに怨みの感情をぶつけられてから、痛みが強さを増していた。

 神力しんりきを使った疲労で全身がなまりのように重く、身体のあちこちがずきずきと痛むようなだるさがあった。


「あのアオサギも言っていたじゃろう、自分を責める必要はないと。夏輝くんの気持ちは十分伝わっとるはずじゃ」


「そうでしょうか」


「ああ、間違いないよ。さて、氏子さん達が待っているのでわしはそろそろ行ってくるよ。体調が悪そうだから、夕食をとったら今日はゆっくり休みなさい。氏子さん達にはわしから説明しておくよ」


 宿禰さんが、美月さんを連れて砂利じゃりみながら明かりの灯る拝殿はいでんへ歩いて行った。


 すっかり暗くなった境内で、巴が俺の背中をぽんぽん叩いてくる。


「前から危なっかしいと思ってた。夏輝もみーちゃんも、ものに肩入れしすぎなんだよ。僕達と物の怪は一緒にいられない運命なの。仲良くなろうと努力しても、どこかで利害りがいが生じていずれは関係が破綻はたんする。あいつらはたまたま善良ぜんりょうだったかも知れないけど、人にく、人をう、涼しい顔で人を利用する奴もいる。だからそこは割り切れ。いつか身を滅ぼすぞ」


 巴が大きなため息をつくと、夜風が吹いてまっすぐの髪がさらさらと揺れた。


「だけど、物の怪にもいい奴はいるし、人間にも悪い奴はいる。いつかどこかで分かり合える」


「あのねぇ夏輝」


 なぐさめようとしてくれているのだろう、つづらが俺の首に巻きついて来た。


「ナツキの言う事も、トモエの言う事もどっちも正しいとボクは思う。それぞれ立場や考えが違うんだから分かり合うのは難しい。人間でさえ、高齢者と若い世代で意見が真っ二つに割れて対立した結果がこれだよ。どんな道を選んでも、必ず誰かの不満が残る」


 人と物の怪。ほんの少し心を通わせられたとしても、共存きょうぞんすることはできない宿しゅくめいなのだろうか。いまは分からない。


 頭痛がいよいよ増し、意識いしき朦朧もうろうとしてきた。


 そこからの記憶きおく曖昧あいまいで、あまり覚えていない。


 結局、直会なおらいは不参加にさせてもらって、俺は自室で翌朝まで眠り続けた。


 本当は新しい御守おまもりの企画についてもう少し粘るつもりだったが、落ち込んでいたのと、疲労ひろう寝不足ねぶそくでもう限界だった。


 次の日、目が覚めたら少しだけ元気になっていた。


⛩⛩⛩


 学校へ行くと、思いがけぬ吉報きっぽうが舞い込んできた。

 

「えっ? ぬい子さんが御守おまもりの奉製ほうせいを受けてくれるって?」


「あの時は『責任せきにんを持つ覚悟かくごがない』とおっしゃっていましたが」


 俺達が尋ねると、村椿さんが言った。


「うちのおばあちゃん、むしおくりの行列の一番後ろにいたんだけど。瀬戸せとくん達が必死に頑張ってる姿を見て、協力したくなったんだって」


「有難う。俺、今日の夕方、お礼を言いに行くよ」


「私も行きます」


「ただ、『納期のうきまであと十日なら、お手伝いが必要だ』って言ってて」


「それならあたしも手伝おうか? 家庭科は苦手だけど、頑張るからさ。任せなよ」


 般若さんが腕まくりをする。


「般若の気持ちは有難いんだけどさ。本当に大丈夫なの? 中学の時に家庭科の授業で作ったエプロン……」


 言いかけた巴に、般若さんが短いスカートをひらめかせてローキックをかました。


「ぐあっ! 暴力反対……」


卜部うらべだまってて」


 そんな二人のやり取りを見ながら、思いがけぬ幸運にほおゆるんでくる。

 俺と美月さんは、顔を見合わせて笑った。


⛩⛩⛩


 その後の十日間は、怒涛どとうの勢いで過ぎていった。帰宅する前にむら椿つばき商店しょうてんで御守りを受け取り、かざひもを通し、鈴をつけた。


 宿禰すくねさんにみたま入れをしてもらい、無料配布の限定げんてい御守おまもり百個が完成した。


 鈴が ちりちりと揺れる、ちりめん製の白魂と白蛇のミニサイズ根付ねつけ


 手縫てぬいならでの優しい温かみがある。


 裏面のおめでたい吉祥柄きっしょうがらの赤ちりめんが差し色になって、とても美しい。


 みんなで苦労して奉製ほうせいした大切な御守り。

 手に取ると感慨深かんがいぶかいものがあった。

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