#2 式神使いの少年

 セーラー服姿のづきさんが前を指さす。


「あの曲がり角を右に曲がると、鳳凰高校ほうおうこうこうです」


 見えてきたのは数日前まで通っていた白い壁とガラスでできたスタイリッシュな校舎とは全く違う、鉄筋てっきんコンクリートの落ち着いた雰囲気の古びた校舎だった。


 学生達が「おはよう」と挨拶あいさつをかわしながら、ぞろぞろと校舎に入っていく。


「──ちょっと、あのおとなしい蓬莱ほうらいさんがイケメンと一緒に登校してるよ!」


 後ろから聞こえるひそひそ声に、俺は耳を澄ませた。


「まさか彼氏?」


「違う違う、月姫神社に来てる下宿生だって。お母さんが言ってた」


「なんだ。でも、すごくカッコ良くない? あか抜けてるし、都会から来た子かな」


「話しかけてみたいけど緊張するー」


 セーラー服の女子達がちらちらとこちらを見てくるのが気恥ずかしい。


 白川ゆりあにフラれたばかりではあるが、もしかするとこれはワンチャンあるかも知れないと俺が思っていた時、美月さんが言った。


「──夏輝くん、確か女難じょなんの相が出ているんですよね」


「げっ、なぜそれを……」


「つづら様からお聞きしました」


 月姫神社の巫女みこ様は、俺の下心したごころを見透かしたかのようだった。

 両こぶしを強く握る美月さん。


「気を引きめてまいりましょう」


「は、はい……」


 色々と先が思いやられるが、こうして現世うつしよでの学生生活がまくを開けた。


⛩⛩⛩


 編入生へんにゅうせいということで簡単に自己紹介した後、後ろから二番目の席に座った。


 女子が俺を見てざわざわしていたが、男子からの視線は中々シビアなものがあり、俺は不安になった。


 つづらはリュックの中で居眠りしている。


 休み時間になり、俺の席に女子が二人やって来た。


 般若はんにゃあかりさんとむら椿つばきことさんだ。


「ちょっとイケメン君、すごいじゃん。つきひめ神社じんじゃの春祭りで化け物を倒してたりしてさぁ」


 ショートヘアの般若さんが俺の前に立った。快活かいかつそうな感じの子だ。


「あ、うん。あれ、忌津いみつくらのかみって言うらしいね」


「実はあたし達もあの場にいたんだよ。そういえば蓬莱ほうらいさんも、巫女みこさんしてなかったー? 綺麗きれいだなぁと思って見てたんだよー」


 村椿むらつばきさんがうっとりとした様子で言った。

 三つ編みヘアが優しそうな丸顔によく似合っている。


 自席で静かに本に目を落としていた美月さんが、恥ずかしそうに顔を上げた。


「有難うございます。私の家、月姫神社なんです」


 会話の最中だったが、俺は美月さんの読んでいる本が気になり、さりげなくその表紙を盗み見た。


『東西あんこ論争ろんそう──つぶあん派とこしあん派、それぞれの主義主張及び適した和菓子について──日本あんこ文化学術研究会』の文字があった。


──専門書せんもんしょ? いや、論文ろんぶんなのか?


 いや、いくらあんこ好きでも、好きを通り越してマニアックすぎるだろ。

 っていうか日本あんこ文化学術研究会って一体どんな団体だよ。

 突っ込みたい所が山ほどあるのだが。


「やっぱりそうなんだ。蓬莱さんが月姫神社の子だって誰かから聞いたことあったんだよ。でもさ、お祭りがあんなことになって大変だったよね。大丈夫だったのー?」


 東西あんこ論争に若干引いている俺には気づかぬ様子で、美月さんが微笑む。


「有難うございます。確かにあの日は大変でした。なつくんがいなかったらどうなっていたことか」


「ホント。突然瀬戸君が出てきて、あの化け物をやっつけた時には驚いたよー」


「イケメン君って祓い屋なの? それと、蓬莱ほうらいさんと一緒に住んでるって風の噂で聞いたけど、二人は一体どういう関係なの?」


 般若さんが大きな声で言いながら身を乗り出した。

 要するに、今までの前置きは関係なく、俺に直接聞きたかったのは恐らく最後のこの一言。


「い、いや。俺はその……」


 教室がざわめき、クラスメート達の好奇の視線が俺と美月さんに集まるのを感じる。

 俺が常世とこよから来て、つづらの加護を得ている話をしてしまって良いものだろうか。


 言葉に詰まっていると美月さんが助け舟を出してくれた。


「夏輝くんは神社じんじゃ関係者かんけいしゃで、現在うちに下宿げしゅくしながら神社の社務にたずさわっているんです」


 確かに、月姫神社のご祭神さいじんの加護を得ているわけだから嘘ではない。


「そういう訳かぁ。二人に会えるなら、あたしも今度月姫神社に遊びに行こうかな?」


 すんなりと納得する般若さん。


「はい。ぜひぜひ遊びにいらしてください」


 俺達四人が盛り上がっていると、隣の席の男子が不機嫌そうに言い放った。


「おい転校生。うるさいから、ちょっと静かにしてくれない?」


 肩まで伸びた真っ直ぐな髪。

 色白の肌に切れ長の目、端正たんせいな顔立ちだが、瞳の奥に静かな怒りを感じる。

 四人で話していたのに、怒りの矛先ほこさきが向けられたのはなぜか俺だけだった。

 やはり男子からの風当たりが強い。


「ご、ごめん……」


 どうやら第一印象を悪くしてしまったようだ。


 それにしても不思議な存在感で、ここにいるはずなのに気配を感じない。


「なんか隣の人、普通じゃない感じがするんだけど」


 椅子いすを少し傾けて、後ろの席の美月さんに言うと、美月さんが小声でささやいた。


卜部うらべともえくん。……私の幼馴染おさななじみで、家がおがなんです。ここだけの話、今席に座っているあれは陰陽術おんみょうじゅつによるしきがみで、ご本人は一度も登校したことがないんです」


「ええっ」


 陰陽術おんみょうじゅつが使えるなんてかっこいいな。


 不思議なものに惹かれてしまう性質の俺は、卜部のことが始終しじゅう気になって仕方がなかった。

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