第3章 献花夢幻(けんかむげん)の大混乱

#1 夏輝と美月の通学路

「夏輝くん、早く早く。急がないと遅刻しますよ」


 セーラー服姿の美月さんがふすまを開けた。白線が際立きわだつ紺色のえりに、赤いスカーフを結び、長い髪を下ろしている。


「すいません。今行きます」


 ふすまが閉まると同時に、美月さんのお兄さんが着ていたという詰襟つめえりの学生服を着こむとリュックを背負った。


 常世とこよ高校こうこうの制服は、ハンガーにけた。美月さんが学園ドラマの主人公みたいですと褒めてくれたが、現世ここだと少し派手な気がする。


 かといって今着ている黒い学ランもシンプルすぎる気がするし、最早もはやどうしたらいいのか分からない。


 つきひめ神社じんじゃ住居の茶の間へ急ぐ。


「なんか変じゃないかな」


 金ボタンに触れると、無機質な冷たさが指先に伝わる。


「すごく似合ってますよ」


「あら。夏輝くん。りんとしていて素敵だわ」


 美月さんが微笑み、割烹かっぽう姿すがたの千鶴子さんが来て、拍手してくれた。宿禰すくねさんもふむ、と頷く。


「ありがとうございます」


 何だか照れてしまう。


 なぜ俺が詰襟つめえりの学ランを着ているかというと、『つきひめ神社じんじゃ下宿生げしゅくせい』と宿禰さんが氏子さん達に言ってしまった手前、今日から俺も美月さんの通う鳳凰ほうおう高校こうこうに行かせてもらうことになったからだ。


 とはいえ、つきひめのみことの力が衰えた今、月姫神社の台所事情はかなりきびしいようで、学費を出すのはかなりの負担と思われる。


 バイトして家賃やちんおさめますと宿禰すくねさんと千鶴子ちづこさんに言ったら、「それなら神社の手伝いをしてほしい」と言われたので、その言葉に甘えさせてもらうことになったわけだ。


 これから通う鳳凰ほうおう高校こうこうにぎやかな隣町にある。


 拝殿で手を合わせると、俺と美月さんは二人揃って月姫神社を後にした。俺の肩の上には月姫命の眷属けんぞくしん、白蛇のつづらが乗っている。


 月姫神社の居候いそうろうものしらたま達がミーミー鳴きながら見送りに来ていた。


 美月さんが片手でそっと白魂達に触れる。


「白魂ちゃん達、留守をお願いしますね」


「ミー」


 左側を歩く美月さんをちらりと横目で見る。


 後ろで髪をまとめている巫女装束の時とは違い、長い艶やかな髪を下ろして歩く姿はいつもと違って新鮮だ。

 身長は俺の頭一つ分くらい小さい。


 今気がついたが、俺はもしかすると生まれて初めて女子と一緒に通学しているのではないだろうか。

 彼氏だと間違われたらどうしよう。


──ああ、何という僥倖ぎょうこう

 俺は一人で浮かれながら、妄想もうそうの世界に一人遊びはじめていた。


 鳥居を出て右に曲がり、迷路みたいに複雑な古びた町の中を歩いてゆく。


 毛むくじゃらの丸っこい物の怪が古い家の裏戸から出てきて、別の民家の庭へ素早く入りこむのが見えた。


 鬱蒼うっそう山茶花さざんかしげった庭と、どこかかげりのある古い日本家屋。


「美月さん、今の何?」


羽毛うけげん、というものじゃありませんでしたっけ。じめじめと暗く湿った場所が好きで、みつかれると家に病人が出るとか」


「……」


稀有けう怪訝けげん、とも書くようで、『めったにない珍しいこと』という意味もあるようです。……夏輝くん。すごい顔してますけど大丈夫ですか?」


 せっかくの可愛い女子との通学タイムだったのに、気分をぶち壊された。

 しかも、不幸を運んで来る物の怪を見るなんて縁起えんぎが悪すぎる。


「邪魔しやがって! はらうっ、木っ端微塵こっぱみじん跡形あとかたもなく祓ってやるっ!」


「ど、どうしたんですか。夏輝くん。そんなことしてたら初日から遅刻しちゃいますよ!」


 怒りのままに羽毛うけげんを追いかける俺と、必死で制止する美月さん。


 俺のお花畑的はなばたけてき妄想もうそうは、いともあっさりとついえたのだった。


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330656506093917

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