#4 明日には消えてしまうかも知れぬ幻
「最初に大きな雷が一回、その後に連続して小さな雷が三回、最後の『本気でいくぞ』が一回。悪王子さまが力尽きて倒れたのがその直後。だから、五回を耐えさえすれば、こっちの勝ちだよ。……ただ、夏輝とつづら様の力だけじゃ不足があるから、じーちゃんと僕でバックアップする必要がある」
「さっきは身がすくんでしまったけど、なるべくナツキにたくさん神力を流せるようにボクも頑張るよ」
美月さんの膝の上でつづらが言う。
「うむ。
「──とにかく、できる限りの手を打たねばならん」
⛩⛩⛩
翌日の早朝、俺と
どこまで歩いても、日の光を受けて金色に輝く
風で笹が
スマホを取り出して地図アプリを手動で確認する。
山頂に至るまでの道は、異様なカーブを描いていた。
「何だこの道。まるで
つづらが俺の肩の上で首を伸ばした。
「悪王子神の本性は
「つづら。あんまり
話しているうちに、五霜山の山頂に到着した。
青く輝く
山頂には、白い石で造られた小さな鳥居と祠があった。
いつからある神社なのだろうか。紫外線と風雪にさらされて隣の
──「■■孁社」。
かろうじて、その文字だけが読み取れるのだが、何の神様なのかはよく分からなかった。
「ここは悪王子様と並ぶ、五霜山の守り神『ヒルメ様』のお社じゃ。お力をお借りしよう」
宿禰さんが
閉じた
「──悪王子が、まだ生贄を求めていると言うのですか」
心安らぐような声に思わず目をひらくと、目の前には
全員が
事の経緯を手短に話した後、宿禰さんが深く頭を下げる。
「ヒルメ様。
「──悪王子社の
「感謝を申し上げます」
その光が薄らいでいくに従い、ヒルメ様の姿も消えていった。
しかしなぜ、学問の神様である
⛩⛩⛩
天満宮に詣で、
明日の出発に備えて俺もつづらも早々に布団に入ったが、眠れなかった。
状況は
家人が寝静まった後の暗い廊下を歩いて台所へ向かう。
水を飲んでから寝直そう。
階段から誰かが降りてきたので、思わず足を止めた。
──月光に青く照らされた廊下に、浴衣姿の美月さんが立っていた。
⛩⛩⛩
冷水を入れたコップを一つ美月さんに渡し、もう一つは自分で飲み干して、ふうと息をついた。美月さんの顔色は冴えないままだ。
「……今まで何度も怖い目には遭ってきましたが、今回のようなことは初めてで」
「安心して。何としても結婚は
「夏輝くん」
美月さんが鈴の音が響くような声で俺の名を呼び、俺の浴衣の胸元に手を伸ばし、触れてきた。
「な、なにを……」
「じっとしていてください。御守りの
彼女が触れたのは、俺の首から下がっている御守りの紐だった。
そういえば、寝る前に首から外すのを忘れていた。
それにしても、距離が近い。髪から漂う清らかな香りに、くらくらと
もしかすると、彼女と二人でこういう時間を過ごせるのも、これで最後かも知れない。
けれど触れられる距離にある今なら、その
──どうする。
呼吸が苦しくなるぐらいの緊張の中で、その
それは、明日には消えてしまうかも知れぬ
でも、触れればきっと、現実のものになる。
俺は、おそるおそる両腕を彼女へと伸ばしかけていた。
少しずつ、ふたりの距離が縮まってゆく。
──その時だった。
俺の首にかかった御守り紐が、急に強く引っ張られた。思わず叫ぶ俺。
「美月さん、首絞まってる! 首!」
「ど、どうしましょう! なぜかさっきよりも絡まりがひどくなって」
美月さんが紐をほどこうとすればするほどに、絞められていく俺の首。
⛩⛩⛩
──深夜の月姫神社。
首を絞める御守り紐から解放された俺は、けほけほとむせていた。
「すみません。最初からハサミで切っていれば良かったですね。余計なことをしてすみませんでした」
しおれた様子の美月さんが、ハサミを
「いや、何かしてくれようとする気持ちが嬉しかったです。ありがとうございます」
正座してかしこまる俺。
身の危険を感じて俺の首を絞めたわけではないと知り、ひとまず胸をなでおろした。
「それにしても、俺達はこんな夜中にいったい何をやっているんだろうね」
「確かにそうですね」
そう思うとなんだか急におかしくなってきて、笑いがこみ上げてきてしまった。
美月さんもくすくすと笑いながら顔を上げた。
視線の先がぶつかり合う。再び大きくなる胸の鼓動。
俺もつられてうっとりと手を伸ばした。
しかしその手は繋がれることはなく、手のひらに乗せられたのはさっきの御守り。
「もう絡まっていませんよ」
「あ……ありがとう」
「夏輝くんと話して、少し落ち着きました。明日に備えてもう眠ります。おやすみなさい」
ちょうちょ結びにした帯の背中を見せ、階段を上っていく美月さん。
結局、俺が眠りについたのは明け方近くになってからだった。
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