#9 水はめぐり、命潤す
雨に濡れる木々が、青さを増してゆく。
嬉しそうに空を見上げていた美月さんが俺に向き直った。
「
彼女が瞳からこぼれる涙を指先で拭う。
君のためなら命を捨ててもいいと思った──俺はその言葉を飲み込んだ。
「いや。みんなが
俺の肩の上にいたつづらが、するりと美月さんの肩の上に移動した。
「良かったね、ミヅキ」
「みーちゃん、この貸しは高いからねー?」
巴が俺の両肩に後ろからのしかかりつつ、美月さんに話しかける。
「巴くんありがとうございます……お金は払いませんけどっ……!」
「お前さぁ、美月さんからも金取るのかよ……」
「あははっ、みーちゃんの財布の
「おじいちゃん」
飛びついてきた美月さんを、宿禰さんが無言で抱きしめた。
「──オレの
降りしきる一面の雨の中、立ち尽くしている悪王子神。
「……しかし、
その言葉に、全員が身を固くした。
「神力使いよ。吹けば飛ぶほど
俺は少し考えてから答えた。
「短い一生だからこそ、今生きているこの一瞬を後悔したくないからです」
俺の言葉に、悪王子の瞳に差した光が大きくゆらめいた。
そのまま、くっくっと笑う悪王子。
「そこまでして
悪王子の
「我々の体に流れるもの──それは、『水』でございます」
「水だと?」
「山に降る雨は地中を流れ、やがて集まり川となり海に入り、ふたたび雲となる。水はめぐり、多くの命を
宿禰さんの言葉を黙って聞いていた悪王子が
「……明光があの時あれだけ必死だったのは、人の短い命を水で
考え込む様子の悪王子に、ヒルメ様が
「悪王子。貴方がどれだけ頑張っても巫女の気持ちは変わりませんよ。それよりも、たまには妻たちの所へ顔を見せてあげなさい。みな寂しがっていますよ」
ヒルメ様の言葉に、悪王子が懐かしそうな顔になる。
「──そうですね。久しぶりに妻たちの元へ帰ることといたします」
「ええっ! 奥さんいたんですか?」
「……
「奥さんが
巴が苦笑しながら俺を肘でつつく。
「夏輝。羨ましい事に
「なるほど。確かにそれなら、一人に絞らなくても済むな……」
つづらと美月さんの呆れたような視線を背後から感じ、慌てて話題を変更する。
「それにしてもお
悪王子神と並んだヒルメ様がふふっと微笑んだ。
「私達にかたちはありません。あなた方が望む姿が、私達の像を結んでいるのに過ぎないのですから」
やがて、雲間から金色の光が射した。悪王子が俺に向かって振り返る。
「神力使いよ。そう言えばまだ貴様の名を聞いていなかったな」
「
「……いい勝負であった。覚えておこう」
悪王子が口の端に美しい笑みを浮かべ、思わず見とれた。
死力を尽くして技をぶつけ合った悪王子と、初めて心が通い合ったような気がした。
「来年の雨乞い、楽しみにしているぞ」
「えっ? ちょっと待ってください。また悪王子さまと戦うって事ですか?」
巴が片手を挙げた。
「あのー。死にかけたから僕は来年はパスで」
「おい巴! お前がいないと乗り切れないだろ!」
「ははは」
悪王子が高らかに笑う。
ずっと不機嫌だった悪王子神が笑っているところを、初めて見た気がする。
「さあ悪王子、参りましょう」
「はい。姉上──」
ヒルメ様が悪王子を優しく促すと二人はヒルメ様の発する光の輝きの中へと消えていき、辺りは一面の
⛩⛩⛩
降りしきる雨の中、俺達は無事に
傘もささずに
抱き合って泣いている二人に傘を差しかける
巴と顔を見合わせて、ふっと一息ついた瞬間。
「ミー!」
どこからか飛んできた大量の
「こやつら!
「今日くらいいいじゃありませんか。せっかく美月も帰ってきたんですし」
「そんな訳にはいかん!」
一瞬にして
「じーちゃん、元気だな……」
「ああ。雨乞い神事の後とはとても思えない……」
⛩⛩⛩
イラスト
https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330656751457766
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