#6 雷公(らいこう)の加護

「次は本気で行くぞ!」


 怒りを増す悪王子の鬼気迫る形相ぎょうそうに、思わず背中に寒気が走った。


 悪王子の神力しんりきが増す。

 俺も神力しんりき充填じゅうてんし、次の攻撃に耐えられるように身を包んだ。


「夏輝、下がってろ!」


 ともえが素早く秘咒ひじゅを唱えるが、相手の方が早い。


「ははっ、もらったぞ」


 巴の二重結界を破り、つづらの神力の障壁も突き破って雷が落ち、俺を直撃する。


──間に合わなかった。目の前が、真っ白になった。


「痛ってぇ……」


 後ろに倒れ、尻餅をつく俺。周辺の土が、ぶすぶすとくすぶり煙を上げた。


「人間ふぜいが、神雷を食らって何故なぜ生きている!」


 ピンピンしている俺の姿を見て、言葉を失う悪王子。


「どうしてだと思います?」


 そう言いながら俺は、着ている法被はっぴの前を開いた。


 俺の法被はっぴの裏地に貼られた赤いお神札ふだを見て、悪王子が驚きの声を上げる。


雷公らいこうの雷避けの護符ごふか!」


「ええ。天満宮てんまんぐうにお参りしてきましたからね」


 神雷を受けてはしの方が一部焦いちぶこげてしまっているが、あと一回程度なら持つだろうと思われる。


──天満宮にまつられているのは、『天神様てんじんさま』。

 平安時代の学者であり、右大臣うだいじんとして重用ちょうようされていた菅原道真公すがわらのみちざねこうだ。


 『宇多上皇うだじょうこうまどわし、醍醐天皇だいごてんのう廃位はいいさせようとした』といわれのない罪を政敵からかぶせられ、都から遠く離れた大宰府だざいふ左遷させんされて無念のうちに亡くなった。


 道真の死後、清涼殿せいりょうでんに雷が落ちて多くの死傷者が出た。


 以来、道真は怨霊おんりょうとして畏れられ、学問の神『天神様てんじんさま』として祀られるようになった。清涼殿に雷を落としたので、別名を雷公らいこうとも言うらしい。


 俺達はヒルメ様の助言通じょげんどおり、天満宮にもうでて天神様──すなわち雷公の加護かごを得たという訳だ。


 そして今、宿すくさんが奏上そうじょうしているのは雷公への雷避かみなりよけの祝詞のりと

 悪王子の怒号どごうが響き渡る。


宮司ぐうじ! 今すぐにその不快ふかいな祝詞をやめろ!」


 一瞬びくりと身を振るわせ、動きを止めた宿禰さんが、ごほんと咳ばらいをした。


「──年を取ると、耳が遠くなっていけませんのぉ」


 再開される祝詞奏上、胸をなでおろす俺と巴。


「宮司! この悪王子社の祭神はオレだ! その命令を無視しようとは何事か!」


 ゴホゴホと空咳からぜきをしながら、聞こえないふりを続ける宿禰さん。


 この間まで悪王子に頭の上がらなかった宿禰さんの、現在のスルー力たるや。

 

 空に垂れ込める雨雲が、厚みを増してゆく。

 白い雷光らいこうひらめき、地上を明るく照らした。

 低い雷鳴と、うなる風の音。

 もう少しだ、もう少しで雨が降る。


 我を忘れて逆上する様子の悪王子とは反対に、次第に落ち着いていく俺の心。


 悪王子が力を増幅させ、神雷を落とす準備態勢に入る。


「夏輝。これさえしのげれば僕達の勝利だ」


 悪王子に視線をやったまま、巴が押し殺した低い声で言う。


「ああ、ラスト一本だ。頼んだぞ、巴」


 ともえが素早く秘咒ひじゅを唱えて二重結界を張った。

 慣れてきたのだろう、術の発動が速い。


猪口才ちょこざいな。雷公の護符など、お前達ごとこの神雷で焼き払うまでよ」


 五度目の神雷を、悪王子が渾身こんしんの力で放つ。


 強さを増した雷が、巴の二重結界を引き裂いて俺とつづらに直撃する。


「ナツキ。今だよ!」


「ああ」


 右手を高くかざし、溜めていた神力しんりきを一気に放出する。


 つづらの神力が悪王子の元へとはしり、悪王子の額に直撃した。

 神雷が、俺から大きくれて地面へと落ちた。


「バカな」


 その額からひとすじの血が流れ、その頬を伝って落ちた。

 悪王子が額を拭い、その手に付着した血を見て、声を震わせる。


「おのれ明光あきみつ! 許さん、絶対に許さんぞ」


 周辺の空気を揺るがすような、怒気のこもった声。


 俺を蓬莱明光ほうらいあきみつの姿に重ねているらしい悪王子。


 俺は、神力の放出で乱れた呼吸を整える。

 悪王子の美しい顔がゆがみ、額に青筋が立った。


 その身にまとう雰囲気が急変する。


 思わずぞくりと背中が粟立つような、湿り気を帯びた殺気。


「──口で言っても分からんなら、荒魂あらみたまとなって巫女みこを喰うまでだ」


 その涼やかな美しい瞳が、黄金色の蛇の目に変わった。


 ざわざわ、ざわざわと青い狩衣姿の全身が揺れたかと思うと、人から大蛇の姿へと変化する。


「おいともえ、やばいんじゃないのか。ラスボスじゃあるまいし、最終形態になるなんて聞いてないんだけど!」


 えーと、と目を宙に泳がせる巴。


「トモエ。神雷を五回耐えれば大丈夫って言ってなかったかい?」


「いやーつづら様。完全に僕の計算ミスです。悪王子さまが荒魂あらみたまに戻られた時の事までは考えてなくて」


 巴が頭を掻いた。


──ここへ来て、いきなりの戦局不利か。

 あともう少しで雨も降りそうなのに。


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330656181456133

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る