#7 俺の好きになった人が巫女さんだった件【後編】

「さよならなんか言うなよ。確かにふられたのはショックだった。家に帰れなくなって、違う学校に通うことになったのも計算外だった──でもそのおかげで俺は、新しい環境で多くのごえんを得ることができたんだ。──だから、雪那のことはうらんじゃいないよ」


 雪那の背中が、嗚咽おえつに震えた。

 後ろを向いたままのその顔は見えない。


「あたしも、雪那を失いたくない。だって、あたしたち親友だよね?」


 ゆりあが後ろから雪那を抱きしめた。


「ゆりあ……」


 雪那が振り返って俺に向き合うと、涙声なみだごえ贖罪しょくざいの言葉を口にした。


「夏くん、あの時はひどいことを言ってごめんなさい。クラスの男子にからかわれて、素直になれなくて……。本当は夏くんが……ずっと好き……だったの……」


 いつもクールな雪那の顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。


「いいんだ。──俺、嫌われてたんじゃないと分かって嬉しかった」


 力なく項垂うなだれた雪那の声が段々と小さくなり、涙声に変わっていった。


「でもそれを認めてしまったら、夏くんに負けてしまうんじゃないかって思って。負けず嫌いでごめんね」


「負ける? 俺は、雪那せつなと違って成績とか良くないし。雪那に勝てるとしたら、足の速さぐらいかな?」


 そう言うと、雪那は少しずつ落ち着いた様子になった。


「本当にそう思ってる……?」


「うん。完敗だ、雪那には」


 俺が両手を挙げて降参こうさんのポーズを取ると、宙を浮遊ふゆうしていたおびもの──蛇帯じゃたいがするすると雪那の体の中に戻って消えた。


 ゆりあが美月さんに頭を下げた。


「美月ちゃんだっけ。助けてくれてありがとう。改めて、あたしは白川ゆりあ。この子が高梨雪那たかなしせつな


蓬莱美月ほうらいみづきと申します」


「さ、さっきはハンカチを有難う……洗って返すわ」


 横目で美月さんを見た後、そっぽを向く雪那。

 美月さんがふふっと微笑む。


「別に返さなくてもいいですよ。雪那さんに差し上げますから気にしないでください」


「あんたに借りを作ったままの状態だと私が気になるでしょ!」


「あはは……では、お任せします」


 勢いを取り戻した雪那に、美月さんが苦笑している。


「そう言えば、白川さん。さっき私に何か質問していましたが……」


「ゆりあでいいよ。美月ちゃんって、瀬戸くんとどういう関係なの?」


 動揺する俺の隣で、美月さんが少し考えながら答えた。


「私と夏輝なつきくんですか? そうですね。うまく言葉では言い表せませんが……強いて言えば『家族』に近い存在……でしょうか?」


「……か、『家族』?」


「お、俺……いま美月さんの実家の神社に下宿してるんだ」


「なんだ、下宿か。焦っちゃった。美月ちゃんは神社の子だから物の怪に詳しいんだ?」


 ゆりあがほっとした顔になる。


「……話の辻褄つじつまが一切合わないけど、今日は不問ふもんにしとくわ。後でちゃんと説明してよね?」


 珍しいものでも見るような目で美月さんを見る雪那。


「これからは三人ともライバル同士、お互い正々堂々とがんばろうよ。私はもっと自分を磨くから。雪那と美月ちゃんには負けないからね」


 ゆりあが笑顔で宣戦布告し、困惑した様子の美月さん。


「あの……私は、ゆりあさんや雪那さんのお友達という訳にはいかないのですか?」


「ふふっ、ダメ。ライバルだよ」


「そうよ! さっき会ったばかりのあんたが友達なわけないでしょ! それから、ハンカチ返してお礼もするから、また必ずこっちに顔出しなさいよ!」


「そんな……」


 ゆりあが笑った。


「美月ちゃん、気にしなくていいよ。雪那がこういう事を言ってるってことは、もう友達ってこと。……瀬戸くん、また高校に戻ってきてくれる?」


「……ああ。いずれまた、近いうちに」


 俺の肩に移ったつづらが言った。


「ナツキ。さすがにそろそろ急がないと」


「わ、分かった! 美月さんの帰りの時間があるからちょっと送ってくる!」


「まだ六時前だよ? ……っていうか、その白蛇ちゃん今喋らなかった?」


「……えーっと……終電が早いんだ! それと、白蛇は守り神だから言葉が話せる」


「……まじ? だって蛇だよ?」


「終電がこんなに早いなんて、どれだけ田舎なのよ!」


 美月さんとつづらを連れて走り出す俺。


 桃色とオレンジ色のグラデーションに染まっていく夕焼けの中に、手を振るゆりあと雪那が見える。

 俺も美月さんも、負けじと手を振り返す。

 雪那が大声で叫んだ。


「美月ちゃん! あんたには夏くんを渡さないからね! それと夏くん! 必ず攻略こうりゃくしてやるから覚悟しときなさいよ!」


「あはは……どうしましょうか……」


「やっぱ女難じょなんそうは本当だったのか……」


 戦慄(せんりつ)していると、美月さんがぴしゃりと言った。


「女難の相と言うよりも、複数の女の子に優しくしていたのが原因では?」


 ぷいと背を向け、俺を追い抜いて先に走って行く美月さん。


「ちょっと待って。何か怒ってない?」


「──別に怒ってなどいませんよ」


「嘘! 絶対怒ってるでしょ。待ってよ!」


 あの神社の大鳥居まで、あと少し。

 俺達は黄昏時たそがれどきのアスファルトを走った。


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330662630862914

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