#8 眷属神

 住宅街の中に一塊ひとかたまり鎮守ちんじゅの森があり、赤い大鳥居がそびえている。

 鳥居の隣の『日彦神社ひのひこじんじゃ』と彫られた石を見て、美月さんが目を丸くする。


「──日彦命ひのひこのみことの神社が何故ここに……?」

 

 俺の肩からつづらが飛び降りて、石段を這いのぼりつつ言う。


常世とこよ現世うつしよ月姫神社つきひめじんじゃ日彦神社ひのひこじんじゃついの存在なんだ。ここに日彦神社がある──ということは、まだ現世うつしよへの帰り道は現れていないみたいだね。とにかく行ってみよう」


──まさか小さい頃に縁日で何度も訪れていたこの神社が、日彦命ひのひこのみことの社だったとは。

 つづらに続いて鳥居をくぐると、荒涼こうりょうとした風景が広がっていた。


 境内けいだいには立入禁止のロープが張られ、工事用のカラーコーンが境内のあちこちに置かれている。年初めの大雪で折れたままのご神木しんぼくがそのまま放置され、砂利じゃり隙間すきまから雑草が伸びている。


 手入れの行き届いた月姫神社との落差らくさを感じる。


 美月さんが悲しげに周囲を見回した。


信仰しんこうする人がいなくなると、このように荒廃こうはいしてしまうのですね。御祭神ごさいじんの力をほとんど感じません」


──ふと、背後から不穏な気配を感じた。


「──清楚せいそにして可憐かれん──うるわしき乙女かな!」


 美月さん目がけて、飛びついてくる何か。


「きゃあ!」


 美月さんの身体に巻きついているのは、金色の蛇。

 ベースの部分は白蛇なのだが、所々に金箔のような金色のうろこが生えている。

 あまりの身のこなしの早さに驚愕きょうがくする。


「──ものか!」

 

「おお……女体にょたいやわらかさよ!」


 金蛇が、美月さんの胸に頭をせる。


「んっ……! やめてください……!」


「何だこいつ! 美月さんから離れろこの化け物!」


 俺は前に飛び出すと、右手から神力を撃つべく構えた。


「お前、神力使いか?」


 そいつはそれだけ言うと、美月さんの体から飛び降りた。


──そして驚くべきことに、俺の姿に化身けしんした。


「夏輝くんが……二人?」


「この色情妖怪しきじょうようかいが! 勝手に人の姿になるな! 元の姿に戻れ!」


 俺は叫び、右手を前方に差し出すと神力をそいつ目がけて撃った。

 すると奴は不敵に笑い、姿を消した。


「後ろががらきだ」


 背後から声がしたかと思うと、手刀しゅとうが俺の肩に振り下ろされ、鈍い痛みが走った。


「──ぐっ!」


「物の怪や悪霊あくりょうは、だいたい背中や首の後ろから入り込む。後ろを守るのは、『常識』だぞ」


──見下したかのような物言いに頭に血が上って来るのをおさえながら、俺はバックステップで下がり、距離を取った。


 背後に回られないように注意しながら、もう一度神力を放つ。

 すると奴が、涼しい顔で神力を俺めがけて撃ち返してきた。


──つづらの神力が、奴の神力に相殺そうさいされて消滅する。


「それにしても、まだまだ神力を使いこなせていない印象だな。オレならもっと上手く活用できるのにな」


「何っ……!」


 驚く間もなく、そいつは不敵に笑うと空に向かって二発目の神力を放った。


 上空から俺めがけて渦巻うずまきながら落ちてくる、その螺旋らせん波形はけいは芸術的なまでに美しい。


 慌てて態勢たいせいを立て直し、指先から神力を八方に分散させて放つ。

 しかし、奴の大渦おおうずのような神力に比べると、ボリュームと勢いが足りない。

 認めたくはないが、奴と俺との間には圧倒的あっとうてき力量りきりょうの差がある。


──まずい。やられる。


 俺の姿に化身けしんした金蛇きんへびの放った神力が、まさに俺を飲み込まんとしたその瞬間、つづらが悲鳴を上げた。


兄者あにじゃ、やめてっ!」


 俺を襲う大きな神力のうずが、周囲に飛び散って消えた。


「──あ、兄者?」


「……つづらか。久しぶりだな」


 怖がっている様子の美月さんを後ろにかばいながら、俺は言う。


「おいスケベ妖怪! つづらの兄だか何だか知らないが名を名乗れ!」


「……口の利き方には気をつけろ。オレはこの常世とこよ創世そうせい日彦命ひのひこのみこと眷属神けんぞくしん、漢数字の『一』と書いて、にのまえだ。覚えておけ」


 にのまえ? ああ、『二』の前が『一』だから、『一』と書いて『にのまえ』なのか。


「おぞましい性欲せいよく権化ごんげがつづらと同じ眷属神けんぞくしんだって? 冗談は顔だけにしろよ」


「何を言う。オレはつづらと義兄弟の契りを交わしているんだぞ! ……おい無視するなつづら!」


 つづらがにのまえをスルーして、美月さんの肩の上に乗った。


「ところでにのまえ、さっきのは何だよ? お前は変化へんげの能力を持っているのか?」


「ハッ、オレは日彦さまの眷属神だからな! 己を媒体ばいたいとして、目の前にあるものの一部を複製ふくせいできるのだ」


 一部複製の能力──その範囲が個人の記憶や人格まで及ぶのか、効果がいつまで持続するのかは不明だが、はっきりしているのはにのまえが俺よりも強いという事実だけ。


──悔しい。

 俺は唇を嚙みしめた。


「……時につづらよ。その乙女はオレのために連れて来てくれたのか?」


「はぁ、兄者の女好きは相変わらずだね。違うに決まってるよ。この子はミヅキ。月姫神社つきひめじんじゃ巫女みこだよ」


「何と……月姫さまの巫女とは。ミヅキちゃん、月姫神社を退職してオレにご奉仕しないか?」


 突如、黄金色の光の矢が空から落ちてきた。

 にのまえが慌てて回避する。


「おっと……くわばらくわばら」


「兄者のおいたが過ぎると、日彦ひのひこさまの神罰しんばつが自動的に落ちるようになっているんだ」


「……」


──眷属神けんぞくしんのくせにご祭神さいじんから神罰しんばつを食らう奴なんているのか?

 呆れて言葉も出ない。


「時に、その男は何者だ? ミヅキちゃんをたぶらかそうとするやからか?」


 軟派男なんぱおとこでも見るような目で、俺を見るにのまえ


「たぶらかそうとしてたのはお前だろうが……」


「兄者。この子は常世人とこよびとのナツキ。月姫さまの神力使いだよ」


 つづらがこれまでのいきさつを簡単に説明し、何やら考え込む様子で聞き入るにのまえ


「……なるほどな。しかし月姫さまはどういう気まぐれでこいつに神力をお与えになったんだ? よりにもよって適性てきせいがない奴に」


「……適性がない? どういう意味だ?」


 にのまえの言葉に、ショックを受ける俺。


「容姿の良い奴は神力使いには向かん。恋愛の情はタチが悪く、はらいのさまたげになる。恋は人を狂わせ、思いも寄らぬ行動をさせてしまう『毒』だからな」


「いや俺モテませんよ? 今まで女の子が寄ってきたことなんてほとんど……」


「そんなはずはないだろう」


 にのまえが、俺の顔をまじまじと見つめる。


「む……! これは、百年に一度見られるか見られないかの悪相あくそうだ。女難じょなんをはじめ、火難、風難、水難、金難……あらゆる厄災やくさいを引き寄せる」


「それ、前にも言われたけど本当なのか……」


 ショックを受けている俺には構わない様子で、続けてにのまえが絶望的な一言を繰り出した。


「お前と一緒になる女はもれなく不幸になる。女が寄ってこない原因はそれだ!」


イラスト

https://kakuyomu.jp/users/fullmoonkaguya/news/16817330663375912425

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