#10 いつか羽ばたくその時まで

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 ユメミサマの騒動そうどうがあった翌日よくじつの夕方、ともえ叔父おじさんとお母さんがつきひめ神社じんじゃ挨拶あいさつにやって来た。


 農家のうか兼拝けんおがだという巴の叔父さんは巴とあまり似ていなくて、日に焼けてがっちりとした体型だった。


 小学校の先生だというお母さんは眼鏡めがねをかけていてキャリアウーマン風といった感じで、水色のスーツを着ていた。


 二人の後ろに、少し不機嫌ふきげんな様子の巴がひかえていた。

 俺とづきさんも、宿禰すくねさんと千鶴子ちづこさんの後ろから巴をそっとうかがう。

 保護者ほごしゃ同士のやり取りを見ていると、なぜか少し気恥ずかしくなるのは常世とこよ現世うつしよも同じらしい。


「我が家のごたごたに、づきちゃんとなつくんを巻き込んでしまって大変申し訳ありませんでした。巴を助けて下さって有難うございました」


「お二人とも頭を上げてくだされ。それよりも、巴くんが遊びに来てくれてまご達も喜んでおりました。また来てくだされ」


「有難うございます。うちでれたものでお恥ずかしいのですが、良かったら召し上がってください」


 巴の叔父さんが頭を下げると、ぱんぱんにふくらんだビニール袋を二つ、宿禰さんと千鶴子さんに渡す。


 中には、キャベツにアスパラガスにかぶ。採れたての野菜がぎっしりと詰まっていた。


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 日曜日。今日は氏子うじこ風祭かざまつりさんの家の、初宮参はつみやまいりの日だ。


 お祝いの赤い晴れ着をけた赤ちゃんが、風祭かざまつりさんの奥さんに抱っこされている。


瀬戸せとくん。まごが泣くかも知れんから、早くシャッターを押してくれ。早く早く」


 拝殿前はいでんまえに風祭さんの一家が赤ちゃんを中心に並び、後ろの方で礼服を着た風祭さんがそわそわしている。


「お待たせしてすみません。行きますよ。はい、ポーズ」


 俺は、慣れない手つきでずしりと重い一眼レフカメラを両手でかまえた。


 俺の隣で巴がでんでん太鼓を使って赤ちゃんの注意をひきつける。

 巴も今日はお手伝いということで、月姫神社の法被はっぴ羽織はおっているが、これが結構似合っている。


 赤ちゃんを中心に、スーツを着こなした風祭さんの息子さん、着物姿のお嫁さん、風祭さん夫婦とお嫁さんのご両親。

 両側に装束しょうぞく姿すがたの宿禰さんと美月さんも入る。


「ナツキ。レンズカバーが付いたままだよ。それに、ファインダーをのぞかないとピントが合わないでしょ」


 つづらが言った。


「ファ、ファインダーって何だっけ」


「カメラに小さなのぞまどがついてるでしょ。これを見ながらピントを合わせるんだ」


 肩の上のつづらの指摘してきを受けて、慌ててカバーを外した。

 白蛇に機械の使い方を教えてもらっているという微妙びみょうな状況の俺。


「おいおい、しっかりしてくれよ。真っ黒の記念写真が撮れるところだったぞぉ」


 風祭さんの声で一同が笑い出す。

 風祭家の皆さんの自然な笑顔を狙って、何枚もシャッターを切った。


 その時、大量のしらたまが、ミーミー鳴きながらカメラの周りに集まってきた。


「やめろ。お前達が写ると心霊しんれい写真しゃしんになるからっ!」


「そうじゃ。ね、ねっ!」


 づきさんの後ろに隠れようとする白魂達を、必死に追い払う俺と宿禰すくねさんだった。


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 無事お宮参りも終わり、笑顔で帰っていく風祭かざまつりさん一家を見送る。


こころもとないもんだね。赤ちゃんって。確かに、魔物まものに入られないか、事故じこわないか心配になるよ」


 巴がでんでん太鼓だいこをてんてんと鳴らした。


「守られなければ生きていけない危うさがあるよな。そりゃまもりが必要なわけだ」


「お宮参りも七五三しちごさんも、子どもが無事に成長することを願う大事な儀式ぎしきじゃよ。大きなけがや病気をしないで大きくなれること自体、奇跡きせきだとわしは思うよ」


 宿禰さんがそう言った時、一匹の鳳蝶あげはちょうが目の前をひらひらと飛翔ひしょうしていった。


 今は護られてばかりの無力な赤ちゃんも、いつかさなぎになり、羽化うかしてはばたく時が来る。


 その小さな体には、俺達の想像そうぞうしえない可能性が、無限にまっている。


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──一週間後の帰り道。


 地蔵堂じぞうどうの前まで来た時、巴が言いにくそうに切り出した。表情にも切迫せっぱくしたものを感じる。


「今日は僕の家で遊んでいかないか?」


「今からですか?」


「どうしたんだよ、急に」


朝採あさどひらい高級玉子食べ放題の他に、よもぎ団子とおしるこもあるよ。何なら将棋も手加減する。僕の飛車ひしゃかく金銀きんぎん、すべてなつにあげた状態から勝負してもいい」


「いいのかい、トモエ。ボク、高級玉子の丸呑まるのみなんて初めてだよ」


「わぁ……夏輝くん、どうしましょう。よもぎ団子におしるこですって」


「待って。これはわなだ。明らかにあやしい」


 俺は隣で目を輝かせているつづらと美月さんを片手で制し、巴にずいと迫る。


「どういう魂胆こんたんだ? 怒らないから正直に話してみろよ」


 巴が気まずそうに俺の視線をかわす。


「さ、産卵さんらんしたんだよ。ユメミサマが。うちの家の前のクスノキに、卵を何百と。それでみんなに幼虫の回収とお世話を手伝って欲しいんだけど。さすがに家の守り神だから、殺虫剤まくわけにもいかないし。ユメミサマの成長ペースからすると、あと数十年は幼虫のままだろうし」


「あら。困りましたね。クスノキならぬ、青虫あおむしの木ですか」


「そりゃ近所から苦情くじょうが来るレベルだな」


 巴の家の前のクスノキに、何百といまわるユメミサマの幼虫。害はないだろうが、想像すると少し怖い。

 富貴ふうき繁栄はんえいの神様というくらいだ、おそらくは繁殖力はんしょくりょくも最強クラスだろう。


 俺は少し考えてから言った。


「逃げるが勝ち」


 つづらを連れて一目散いちもくさんに走って逃げだす俺。


「ごめんなさいっ、巴くん」


 その声に振り向くと、美月さんが慌てて走り出すのが見えた。


「ああっ、みんな。待ってよ。友達だろぉーっ!」


 夕焼けの色を帯びた空に、巴の悲痛ひつうな声がこだましていた。


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■第5章、完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!


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